どうしても捨てられない帯がある。
仕事が変わるたびに行われた引っ越しでも、どうしても捨てられなかった。都会生活が合わず、実家へ強制送還された際も、東京に捨ててくることはできなかった。
その帯は付け帯である。
大学進学をきっかけに上京した私は、着物が着たい!という単純な理由から落語研究会に所属した。 女性噺家の存在は珍しく、“色替え”としても舞台で使いやすいため、所属してすぐ、舞台に立てることになった。
しかしアルバイトをしながら大学生活を送っている身に、着物一式を用意することは、到底無理である。どうしたらいいかと思っていた矢先、妹からこの現状を聞いた母親から着物一式が送られてきた。
もちろん新品ではなかった。母親の親(祖母)が和裁をしていた人だったため、昔作ってくれた着物だと言う。ずっと箪笥の肥やしになっていたし、もったいないから使いなさい、という、丁寧な手紙も一式に添えられていた。
その中に見慣れないものがあった。
それが付け帯だった。
付け帯の下に、母の手書きの絵が添えられた、付け帯の着付けマニュアルが挟まっていた。着付けも習ったこともない娘が、たとえ付け帯でも着付けるのは至難の業であると判断したのだろう。母のサポートに感謝しながら、私はそのマニュアルを見ながら、着付けをマスターし、何度となく舞台に上がっていった。
付け帯にした帯が祖母の形見であることを知ったのは、大学卒業後だった。
それも自身が一番よく使用していた、お気に入りの帯を壊して付け帯にしたと聞かされたのだ。
そんな大事なものをこんな形にしたことに対して、私は母を責めた。
「別に、サークルが楽しかったんやろ。よかったいね。」
怒る私を見ながら、母は柔らかく微笑んだ。
母自身は金銭的に難しく大学に行けなかった人だった。もしかしたら娘の大学生活を支えることで、自身の青春の憧れを重ねていたのかもしれない。
今年、サークルの同窓会が開かれると先日案内が来た。
久しぶりにこの付け帯を付けて参加しようかと考えている。