本編作成前に短編を作成していたのですが、カクヨムには連載と短編を分ける文化がなさそうでしたので、お蔵入りしていました。
完結間近ということで、近況ノートで公開します。
内容的には本編とそこまで変わりません。
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気が付いたら赤ちゃんで、ファンタジー世界に転生していた。
目が覚めたとき、視界に広がるのは豪華なシャンデリアと、どう見ても赤ん坊の体。
「あら、目が覚めたの?ウリア」
そして右から視界に入ってきたのは、優しげな表情をした綺麗な女性だった。
暗めの長い銀髪と、日本では見られないような蒼い瞳。
まるでお姫様のようなきれいな女性。
(これ……転生?憑依?)
典型的なインドア派だった私は、休日を漫画やゲーム、アニメに費やしていた。
その中には日本人の少年少女が事故に巻き込まれるなどして、異世界に飛ばされてしまう転生なる設定がある。
まさか自分がそうなるなんて、思ってもみなかった。
「ウリアは本当に頭がいいわね。これは将来有望かな」
生を受けて3年。
お母さまからの話を聞いて、この世界がどういったものなのかがうっすらと分かってきた。
ミストフィアと呼ばれる世界。
剣と魔法あり、そして私はウーレリア・アルトリウスという名前らしい。
私の前世の知識は誰にも伝えることができなかった。
お母さまやメイドさんに伝えようとすると、ひどい頭痛で伝えられなくなる。
この世界でのルールのようなものだろう。
前世と切り離して、新しい世界として楽しむのがよさそうだった。
アルトリウス家はエディンバラ皇国における伯爵家らしい。
このアルトリウスという名前に聞き覚えがあるものの、家名以外は私の知っている小説、アニメ、ゲームにはなかった。
そして聞いてはいないが感じたこと。
私のお父さまはお母さまをおそらく愛していない。
というのも私が生まれてから3年も経つのに、数えるくらいしか姿を見ていないからだ。
お母さまがお父さまの話をするときは、いつも顔を伏せていた。
政略結婚なのだろう。夫婦仲が冷え切っているのは目に見えていた。
「あとは適性だけね。でも大丈夫。ウリアはきっとすごい適性を持っているわ。お父様の娘だもの」
この世界には剣も魔法もある。
どのくらい魔法を使いこなせるか、どのくらい剣の才能があるのか。
そういったことをステータスのような形で知ることができるらしい。
私は転生者だ。それならば何か転生特典があるはずだろう。ステータスも高いはずだ。
強力な魔法か、はたまた剣豪のような剣の才能か。
適性検査は明日。楽しみだ。
「ウーレリア・アルトリウス様の適性は……以下のようになります……」
適性診断員の人が紙をお父さまに渡す。
この日ばかりは一緒に来てくれたお父さまは、紙を見るなり顔をしかめ、それをお母さまへと突き出した。
それを見た瞬間、お母さまは泣き崩れてしまった。
「ウリア。お前の適性はすべて最低のFだ。平民にすら劣る」
お父さまの言葉に、私の頭は真っ黒になった。適性が、最低?
ショックを受ける私を、お母さまは強く抱きしめてくれた。
お母さまも辛いはずなのに、私がショックを受けないように、温かい言葉をかけてくれる。
「お前と結婚したことが、間違いだった」
お父さまはあまりにもひどい言葉をかけ、その場を後にした。
この日以降、お父さまがお母さまの、私の前に現れることはなくなった。
お母さまは体調を崩し、2年後に病気でこの世を去った。
私が5歳のときに、私のせいで、優しいお母さまはいなくなってしまった。
私は6歳になってもなんの魔法も使えなかった。
どれだけ努力しても、どれだけ勉強しても、なんの成果も得られなかった。
剣も魔法も私には使えない。私は無能だ。
なんのために転生したのか。
なぜ自分がこの世界に居るのか。
お母さまの命を奪った私に、生きている価値などあるのか。
そう思い詰めていた時に、お父さまはひさしぶりに屋敷へと帰ってきた。
新しい妻と、義兄と義妹を連れて。
「紹介しよう。私の新しい妻のリリス・アルトリウス。それとお前の義理の兄になるグラム・アルトリウス。最後に義理の妹であるエヴァ・アルトリウスだ。決して全員に迷惑はかけないようにしろ。リリスのいうことをよく聞くように」
急に紹介された義理の母、兄、妹。
それに驚くが、私はそれ以上に妹の名前が頭の中でぐるぐる回っていた。
エヴァ・アルトリウス。
地下鉄の広告で見たことがある。
この赤い髪に赤い目。女性向け恋愛ゲームにおけるライバルキャラだったはずだ。
実際にプレイはしていないけど、広告や動画のCMでも見たことがある。
『お姉様にはふさわしくないわ。全部、私がもらってあげる』
その台詞と共に全身アップになる切れ目の少女。そう彼女こそが――
「お姉様!私、お姉様が欲しかったの!よろしくね!私はエヴァ!エヴァだよ!」
女性向け恋愛ゲームにおける……ライバルキャラ?
こんなに可愛くて、素直なのに?
……エヴァじゃなくてエナとかだったかもしれない。
よくよく考えると、プレイしたこともないゲームに転生なんて、ありえないしね。
私はそう思い、ゲームの世界に転生した可能性を頭から消し去った。
(最悪だ。よりにもよってこのゲーム……)
本番リリース前の残業続き。
終電で帰ってきた私はベッドに倒れこんで、そのまま眠りについた、はずだった。
次に目覚めたときには赤ん坊になっていて、わけが分からなくて慌てた。
泣いていると赤毛の女性が近づいてくる。
「エヴァ!?どうしたの?……お腹がすいたのかしら……」
エヴァ。そう彼女は言った。
よく見てみると、赤い髪に茶色い瞳のその姿は、何度も見たことがある。
隣のベッドから興味深そうにこちらを見ている赤毛の少年にも気づき、私は絶望した。
(エヴァラスかぁ……)
乙女ゲーム、Everlasting。通称エヴァラス。
乙女ゲームを大きく前面に出しながらも、実はRPGとの混合作品だったこの作品は、クソゲーとして知られる。
大きく広告宣伝を行いながらも、ここまで爆死したゲームは類を見ないほどだ。
そもそも、乙女ゲームとRPGを混ぜて上手くいくわけがないのだ。
フラグ管理はめちゃくちゃ、RPGパートのバランス調整も壊滅的、裏ボスに関してはチートを使用しないと勝つことができないくらいだ。
運営が間違いなくテストプレイをしていないにもかかわらず、一部のコアなファンが存在するクソゲー。それがエヴァラス。かくいう私もそのクソゲーファンの一人である。
なら、私の転生したエヴァ・アルトリウスとは誰か。
彼女は乙女ゲームパートにおけるお邪魔虫。つまりライバルキャラである。
主人公であるウリア・アルトリウスの義理の妹で、ウリアを徹底的にいじめるクズ女だ。
ウリアのものを全て奪い、やがては使用人以下の扱いをする。
魔法の標的にするといった非人道的なことも平気で行う最低な女だ。
学園では攻略対象との恋を何度も何度も邪魔をしてくる。
その理由はたった一つ。ウリアが幸せになることが気に食わないという自分勝手な理由だ。
原作のエヴァにとって、ウリアの不幸はこれ以上ない幸福なのだ。
そんなクズな彼女の最期は、RPGのパートで、敵キャラに無残にも殺される。
それも主人公ウリアのあずかり知らぬところで、である。
つまり、私が原作のエヴァ通りの行動をすれば、必ず悲惨な死を迎えるということになる。
冗談じゃない!
エヴァラスはクソゲーと言われているが、私は好きだった。
5周はプレイしたし、それだけ長くやっていれば主人公のウリアに対して愛着も沸く。
数々のライバルキャラに邪魔されながら、負けるな!と応援したものだ。
エヴァラスは本当に救いようがなく、多くの登場キャラクターは死亡するし、ウリアが死亡するルートがほとんどだ。
毎回ウリアを助けられなくて悔しい思いもした。
だからこそ、私がエヴァとして原作を変え、ウリアを助けたい。そう強く思った。
そんな気持ちがより強くなったのは3歳の適性検査のときである。
エヴァを始めとするライバルキャラは、ステータスが高く設定されている。
反対にウリアのステータスはとても低い。
ゲームの仕様上、仕方がない部分ではあるが、成長で苦労した記憶も強い。
ライバルキャラのステータスは原作では見ることはできない。
「素晴らしい!エヴァ!お前の適性は同学年でもトップクラスだ!」
とはいえこの世界では見ることができる。
そしてエヴァのステータスは、学園を卒業したときのウリアよりもはるかに高いものだった。
とくに火の適性に関しては大人すら凌駕している。
当たり前だろう。エヴァは約一名を除いて同年代でもっとも強いキャラクターだからだ。
その高い才能を存分に発揮し、原作ではウリアに火傷を負わせたりもしていた。
才能があっても親子そろって精神的にはクズ中のクズだけどね!
目の前で大喜びするクズ親父――ウリアの父親ガゼル・アルトリウスに微笑を返しながら、内心では黒い感情を燃やしたものだ。
エヴァが愛されている間にウリアが蔑ろにされていると考えると、怒りでおかしくなりそうだった。
クズ親父にウリアのことを言ってやりたかったが、このときエヴァはウリアのことを知らない。
そのためウリアの情報は前世での知識に当たるとみなされ、謎の頭痛で伝えることができなかった。流石エヴァラス。転生特典はないくせに縛りはくれる。
クズ親父はエヴァに対して考えうる最高の教育を施した。
でもその一方でウリアには何の教育もしていないことを、原作をプレイしている私は知っている。
そしてその2年後、クズ親父は私たち家族を伯爵家へと迎え入れる。
馬車に揺られながら、微笑んでいるクズ親父も、幸せに胸を膨らませている母も、わくわくと輝いた顔をしている兄も、嫌いだ。
私はウリアになにもできなかった。
彼女を救うことも、彼女の母親を救うこともできなかった。
このあと、ウリアは更なる地獄に落とされる。
伯爵令嬢とは思えぬ扱いをされ、原作でも1,2を争う不遇な娘となるのだ。
でも、そんなことはさせない。私が、原作を変えてみせる。
そんな私の強い決意はウリアにあった瞬間にどこかへいった。
雑に揃えられた銀の髪。そこから覗く蒼い瞳。
そして、不安そうに私たちを見つめる、小さな小さなウリア。
次の瞬間、私はお姉様に抱き着いていた。
「お姉様!私、お姉様が欲しかったの!よろしくね!私はエヴァ!エヴァだよ!」
出会って数秒で、私はウリアの可愛さに堕ちたのである。
その後、私はお姉様にべったりになった。なにをするにも一緒。寝るときも一緒。
私のわがままで、お姉様は原作のような扱いを家で受けることはなくなった。
父親と義母と兄はお姉様をどう扱っていいか分かっていないが、少なくとも私の目の前で虐待するようなことはない。
そしてお姉様は、天使だった。
魔法、剣技をなんとかして習得したいお姉様を、私は原作の知識をフル使用でサポートした。
エヴァラスはクソゲーである。救いのない鬱ゲーである。
トゥルーエンドを迎えるために、周回プレイは必須だ。
でも、この世界は一度きり。初プレイでトゥルーエンドを迎えられるほど甘くはない。
お姉様を死なせないために、可能な限り、剣も魔法も強化する必要がある。
それに、他のライバルキャラもなんとかしなくてはならない。
皇国の皇女ローズ、エルフの姫ムース、月狼族の族長の娘ルナ、天才技師ミスト。
彼女達は間違いなく学園で邪魔をしてくる。
邪魔させないためにも、お姉様の強化は必須だ。
「エヴァ!見て!ついに治癒魔法を発動できたよ!……えへへ、っていっても一番簡単なやつだけどね」
「すごいよお姉様!この調子で行けば世界一になれるよ!」
私が導かないといけない。
何も知らないお姉様を、トゥルーエンドの先の、原作では存在しなかったハッピーエンドへと。
胸の高まりを押さえつつ、私は強く決心した。
8歳になるとエディンバラ皇国の貴族の子供たちは交流のために懇親パーティを行う。
このパーティは小規模なもので、他国の貴族たちは参加しない。
そういった世界的な集まりは学園に入学してからになる。
当然アルトリウス家も招待されており、原作でもエヴァはこのパーティに参加している。
もう分かると思うが、参加しているのはエヴァだけでウリアは参加していない。
そのため、原作ではこういったパーティがあった、ということが記されるだけだ。
けれども今回はエヴァが私なので、お姉様を置いて一人でパーティに行くわけがない。
私が行くならもちろんお姉様も一緒だ。
けれど、これがいけなかった。
なぜ原作でウリアがパーティに参加しなかったか、その理由をもっと考えるべきだった。
「あんた、能力ナシなんでしょ?貴族として恥ずかしくないの?」
「平民よりも力がないなんて、変なのー!」
「あなたみたいな人が来る場所じゃないのよ!」
8歳の子供は善悪の判断がつかない。
だから、思ったことを口に出す。
それがお姉様を傷つけるとは思ってもいないのだろう。
「お姉様は必ず強くなる。あんた達なんかよりも」
「でも今は弱いじゃん!」
「そうよ!出ていきなさいよ!」
「エヴァ……もういいよ……」
これが起きたのも初めてではない。
今日でさえ2回目だ。最初はお姉様は耐え切れずに逃げ出してしまった。
逃げ出したお姉様を見つけるのに苦労したものだ。
そのまままっすぐ帰ればよかったのに、こいつらに捕まってしまった。
お姉様は心配そうに私のドレスの袖を摘んでいる。
お姉様は良いというが、私としては納得いかなかった。
学園に行けばこれ以上の悪意にだって出会う。
卒業後は災厄とも呼ばれるような人たちとやり合わなくてはいけないのだ。
こんなところで、退くことはできない。
「何の騒ぎですか?」
凛とした声が響き、私も、お姉様に暴言を浴びせていた令嬢たちも押し黙る。
気楽に話してはいけない、そんな雰囲気がその場を支配した。
現れたのは輝くような銀髪をアップにした髪型の少女。その頭にはティアラが乗っている。
(最悪だ。このタイミングで……)
ローズ・フォン・エディンバラ。本名はロゼリア・フォン。エディンバラ。
ゲームにおけるライバルキャラの一人にして、公式チートキャラの一人。
身体能力、頭脳、外見、身分どれを取っても超高スペックで、それゆえに他人のことを見下す冷酷な性格の持ち主。
実力主義者で、身分が低くても実力があればそれを認めるという性格は聞こえがいい。
でもそれは裏を返せば、身分が高いだけで実力が低い人物は消え去るのが当然という過激な考えである。
もちろんそれは原作でもいかんなく発揮される。
伯爵家にもかかわらず最低ステータスを持つウリアを、彼女が認めるわけがないのだ。
ゲームでは彼女の弟であるアークのルートでメインとして妨害をしてくる。
本来ならば学園まで出番はないが、今日のパーティはエディンバラ皇国主催のため、当然参加している。
このタイミングで彼女に見つかるとは……最悪だ。
「ローズ様!聞いてください!このウリアとかいう子は伯爵家なのに、平民よりも能力がないのです!この場にふさわしくありません!」
その言葉に、ローズの目がつり上がる。
平民よりも能力がない。その言葉に、ローズは当然怒りを露わに――
「そんな理由で他人を見下すあなた達の方がこの場にふさわしくないと思いますが」
怒りを……露わに……?
「ウリアさん、申し遅れました。私はロゼリア・フォン・エディンバラと申します。私、実は同年代の友達がいなくてとても寂しい思いをしていました。よろしければ、お友達になってくださいませんか?」
「え……えぇ!?お、皇女さま!?」
「まあ、そんなに驚かないでください。私はウリアさんが気に入ったんです」
「あ、ありがとうございます……私のほうこそ、よろしくお願いします」
え……誰これ……。
「あら?あなたはウリアさんの妹ですか?よろしくお願いします。ロゼリア・フォン・エディンバラです」
その時、私は気づいた。
微笑んでいるが笑っていない目。少しつり上がった口元。そして差し出された手。
ローズではなく、本名のロゼリアを名乗る行動。
(こいつ!私と同じ転生者だ!)
差し出された手を見ながら苦笑いをする私。
ウリアは不思議そうな顔でこちらを見ている。
私の他に転生者がいる。
そのことで、一つの疑問が出てくる。
(これ……どうやってトゥルーエンドまでもっていけばいいの?)
このタイミングで仕掛けてきたのだ。ロゼリアだって原作を知っているに決まっている。
けれども方針に対して相談することはできない。
前世の知識を伝えようとすると、それがどんな方法でも頭痛でキャンセルされるからだ。
つまり、ロゼリアの動きを見つつ、予測しつつ、最善の選択をしなくてはならない。
私は内心で冷汗をかきつつ、仕方なくロゼリアと握手をした。
その様子を微笑んで嬉しそうに見ているお姉様だけが、私の救いだった。