店番でほげーっとしてて視線は正面。店の外(店は開放タイプ)をとおるものを視界に入れている?
中学生が通った。
・・・・中学生のときが一番楽しかったなぁ、、、
特に、1年のときだなー
と思い出が、、
高度成長期も後期に入った時期であった。
まだ学歴も高卒が当たり前の時代。必要ない勉強などしないのがあたりまえだろう?ということ。高校も高専(高等専門学校)や工業高校、商業高校などが多く存在しその学生も多かった。「必要な勉強をするのがあたりまえ」と、人間として人間社会としてとてもあたりまえで自然な思考の社会であった。
ま、当然資格なども本当に必要なものしか無く、世界各国のそれらに比べても特に異常に多いというわけでもなかった時代。
日常的にはキチがほとんど居なかった時代なわけだ。
さて、中1。
入学すると、大概親か親戚から万年筆(もちろん安いもの、すぐ壊すはずなのでw)を入学祝いにもらうのは多かった時代。
当然私もだし、クラスの男子の多くは同様だった。
万年筆って、ペン先と逆の端を持って振るうと、インクが出てくる、というか、飛ぶ?んだよね。
で、入学早々気があったヤツと何がきっかけか忘れたが、万年筆を武器に戦争。
幸い、俺らは他の者に被弾させないようにしていたのか他の者達が逃げるのがウマイのか、流れ弾に被弾した被害者はいなかった。
が、詰め襟脱いでシャツだったので、、、白より青(紺)が多いほどの被弾率なお互いだった。まぁ接近戦だからな!
シミ、広がるし?
多分職員室お説教コースだったと思うが記憶に無いw、もうこの頃からいらんことは記憶しなかったようである!さすが自分♪
以降、3年間、そいつとその連れと3人で阿呆をやっていく形ができあがった。
あとから一人加わったけど。
いたずら?グループ認定だったろうなぁ、職員室や同級生達には。
笑わせる、阿呆をするのが好きだった感じ?
無意識に?生徒のヒエラルキー潰してたし?(その存在が俺ら子どもたちには悪いものだと感じたんじゃないかなぁ、今思うと)
↑
クラス委員長≒勉強がトップの者、が概念としてできあがっていた。
俺らには関係無いイベントであったはずなのだが、
誰だろ?3人の中で誰かが言い出したんじゃないかな?
クラスを支配できるんじゃないか?委員長になったら・・
とかさ
で、
俺はなるのを断固拒否(間違ってなった日にゃめんどくさすぎる)、というより、そのために
ニキ(万年筆戦争の相手)を推す。がきデカ(仲間3人目)も自分は嫌なので、載る。候補決定。
で、どうやったのか覚えていないけど、だいたいクラス全員から確約もらって、当日。めでたく素直に当選、大量得票w
複数回のクラス委員長経験者2名が居たクラス。本来、その2人のどちらかが、という話だったのだが。
不良じゃないけど、勉強も下からのが早く、まじめなんぞとはとても言えないガキまんまな3人組の1人、それが委員長になったわけだ。
先生も「お前らだな?」って苦虫おいしそうだった。
でだ、
裏切り・・・
まじめになりやがったぁああああああああああっつ!!!
困ったね?♪
いやまじまじめになって、高校でもクラス委員長やってたわw
しかも、後からまじった1人も影響をウケたのか、高校で委員長やってたわww
俺ら主犯格2名だけ高校行ってもそのまーんまww
おや?
って感じだったが、まぁ想定外に面白い結果が卒業後まで2つもツイてきたので楽しかった♪
ほんっとーに面白いことって、まじおもしろいんだよな?w後々でも。
なーんて回想w走馬灯の一部なのかなぁwwのんびりした走馬灯もありだし?ねーよw