一本の小説を書いている時、そこで明確に作者の性別を意識して書く事は無い。もちろん経験した事は使うし、当該性別ならではの視点だってある。でも異性を書く時にその性別じゃないからと諦めず、可能な限りそうなろうとする。
それが物書き。
何が言いたいかと言えば、作者が女であろうと男であろうとどうでもいいんじゃないかって事なんですよ。作品さえ見てくれれば。作品だけを見てくれれば。
女性だから上手く書けた、男性だからこういう発想ができる。こういうのを書く男性は気持ち悪い、こんな表現を使う作品の女性は嫌い。そんな思考が大嫌いなんですよ、私。
でも、大なり小なり私を含め作者が女か男かで色眼鏡をかける事はある。
わかるんですよ、その気持ち。すごくわかる。メチャクチャ色気ある女性キャラを書けたのがおじさんだったら絶対どこか「あぁ……」ってなるし、メチャクチャにエモい場面を書いたのがおばさんだったら「あー……」ってなるのもわかる。若くてイケメン、美女であれと思いたくなるのは。私の心を奪ったのは、せめて素敵な容姿で会って理想の性別であれと思うのは。
何が言いたいかって言うと、ふと思い出したんですよ。
何年か前、仲の良いゲーム友達がいたんですよ。その人とはかなり仲が良くて、赤裸々な相談をされたりもしたんですよ。ちなみに私、ゲームでも何でも性別を不詳に一応してます。だって要らないでしょ、仮想空間に。
でまぁ、作品もかなり褒められていたんですよ。ぶっちゃけ熱狂的なまでに。でまぁある日、会いたいとか言われたんですよ。私は向こうの性別も年齢も把握していたのでガッカリするよなぁと思ってのらりくらりと躱していたんですけど、さすがにどうにもならなくなって苦渋の決断で答えたんですよ。年齢も性別も。
するとパタリと反応が無くなり、小説のフォローも消され、それきり。
え、私の小説が好きじゃなかったの? 勝手な自分の理想を描いた私に興奮していただけなの? なんて経験、数知れず。私としては別に隠す気はそこまで無いんですけど、あまりにあまりな事が続いたので割と(自分の中で可能な限り)中性的にこうして振舞っているわけなんですよ。
だから昨今のVtuberとか顔を出さない歌手とか気持ちはわかる。才能一点のみで見てもらいたいから。世の中は残酷なもので、圧倒的なレベルにないならば性別や容姿で判断される事が多い。そういうのってクリエイターとして嫌なんですよ。まぁそれを利用している人もいるけど、それって年取ったら長続きしないよね。
いや単なるお酒飲んで小説書いている合間の愚痴。いいかい、書き手なんか誰よりも夢を見たいんですよ。自作が売れる、有名になる、百年後も語られる、モテるなんて四六時中夢見てる。なんなら自分ができない人生体験を小説にしているようなもんですから。イケメンや美女になりたいなんて、そりゃああるわけ。
だからほんと、現実世界じゃ外見から人の評価をするのが当然だからこそ、こうしたネット社会ならば内面や純粋に小説が面白いかどうかだけを見て欲しいんですよ。