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なろうでこそっと 藍色の仮面聖女 第4話 ジャッジメント

 痛みに耐えて蹲っていると、いきなり頭の痛みがスッと無くなった。ほっとしたよ。あんなのが続いたらたまったもんじゃない。
 とは言っても妙に頭がすっきりしている。なんでと思いつつ、立ち上がり周りを見ると周囲の建物が壊れ崩れて瓦礫が山になっている。その周りに倒れている人が沢山、見えたんだ。
 うめき声さえ聞こえてこない。動いているのもない。音もしない。全てが停止している様に見えた。
 そんな中に巨大獣人だけが立っていた。あいつもキョロキョロと頭を振って周りを警戒している。

  あれ?

 倒れた者の中に見慣れものが見えた。アンバーの修道服に大雑把に切ったブロンドショートヘアの女。

  あれ、あれって私だよね?

 私が私を見てる。なんでぇ? おかしいでしょ。こんなことがあるの? 
 更に緋色の乗馬服に長いブロンドを三つ編みにしているレディ・コールマンも倒れ伏していた。私の体の方に顔を向けたまま、動く気配が無かった。
 もしかして、時間が動いていないのかな。
 目の前のことが信じられなくて、アワアワしていると、私が立ち上がるのが見えた。
 いつもつけている鈍色のマスクがないから、額か晒されているのが見える。そこには何やら紋様なものが描かれていた。その紋様が動いた。瞼が開く様にして現れたのは金色の瞳。
 えっ、待って、私の額には目があったの。じゃあ、私自身の目はどこなの。すると本来、ついている目が開いた。碧眼が見える。

『ウシュ🟰イルよ。かのものの裁定を』

  私の口から言葉が出た。でも私はしゃべっていない。じゃあ、誰が

「運命の女神シャイよ。で、あるか。では、この者の裁定を始める。罪状を述べよ」

『わかりました。ウル🟰イル』

 ちょっと待って、女神って! 私の口を使って神様がいゃべっていると言うの。
 
 私の体は、散乱している瓦礫を気にするでなしに、スルリスルリと巨大獣人に近づいていく。そして告げた。

「セリアン、其方はセリアンでよろしいか?」

 そう呼びながら獣人に更に近づいていく。

『其方はここに住まうグリンとフレキの娘』

 グルルッ

 異形な獣と化したセリアンは、威嚇のつもりか、それとも肯定の返事か、唸り声を発する。

『この幼き娘の名はセリアン。人を害し、物を壊した。そこには怪我をした者もいるだろう。命を失い、悲しい別れをした者もいるだろう。それが彼女の罪』

 女神シャイは、セリアンが起こしたことを述べていく。

『では、セリアン。自分の行いに弁明はありますか?」

 すると、巨大獣人が小さく呟いているのが聞こえてきた。

「壊せ あんなもの 蹴ろ 殴れ あいつを 引きちぎれ あいつらを」

「蹴ろ 殴れ あいつを  引きちぎれ あいつらを 壊せ あんなもの」こ

「引きちぎれ あいつらを 壊せ あんなもの 蹴ろ 殴れ あいつを」

 セリアンの呟きに怨嗟が輪唱している様に聞こえた。

『ウシュ🟰イルよ。暫し、お待ちを。どうやら、かの者の魂に邪なものが食らいついている様に思われる。これでは真実が語られない。取り除きます』  

 そう言って私の体は右手をあげて空に手のひらを翳した。

「ウシュ🟰イルよ。御力を使いますゆえ」

 身の危険を感じ取ったのだろう。巨大獣人が体をバンプアップさせて一回り大きくなる。そして大きく口けた。またものハウリングか。
 しかし、

『アドシントゥ プリモォス イノセンティア』 
 集え 原初のもの 無垢なるもの

 女神シャイは力ある言葉を発した。私たちの頭上の空に淡い光が集まってきた。更に渦を巻き出し収束していく。

『サンクトュス ヴェントス ディルテュス』
 聖なるかな。邪なるものを拭い去れ

 女神シャイは頭上へあげた手を振り下ろしていく。

 動くものもいない、ポッカリ開いた通りに空から発光する螺旋雲が落ちた。視界が光るものに埋め尽くされている。そして巨大獣人に絡みついていく。

   ヴォロロロオォー

 異形が己の体を食い尽くされていく恐怖に、苦悶の叫び声を上げていく。

 原初であり無垢なるものは無であり空虚である。その無が力に取り憑き、取り込み、貪欲に喰らい尽くしていく。聖だろうが邪だろうが区別なく喰らっていく。
 セリアンは遠吠えをしようと魔力を込めていたのが災いして、取り憑かれて肉体ごと魔力を補食されていった。そして手足が、地肉が、千切れ、細切れになって取り込まれていく。
 私の目の前で起こっていることは信じられないことだらけだよ。でもわかるんだね。これは御技である事を。

 無がセリアンの一切を食い終わったようだ。淡くなった光が霧散していく。雲が晴れていくと、そこには獣人族の少女が横臥しているのが見えた。小さい裸体を晒して蹲っている。赤かった獣毛が色素が抜けて白くなっている。

 そこへ女神は再び異形であったものに近づき、手を翳した。真っ白い裸体が仰向けになっていく。

『ダァ コル トゥルム』
 其方の心臓を差し出しなさい。

乳房と乳房との間に一本の筋が現れ血飛沫と共に開いていく、胸骨も現れ、肋骨が割れ開いて鼓動する臓器が見えてきた。

 何!、あれっ

 そう、鼓動をする臓器に、何かブヨブヨとしたものが取り憑いていた。見ていて悪寒がする。禍々しいものに思えてしまう。
 そんなブヨブヨとしたものに手を伸ばして、女神と化した私は無造作に掴み引っ張り出していく。臓器から引きちぎっていくんだ。

 ちょっと!止めてください。ばっちいじゃない。汚れっちゃうじゃないですか。

 思わず、叫んでしまった。手には、あったかくてグニグニした感触がある。そんなの伝わらなくていいからやめてえ。

 絶叫虚しく、私の体はセリアンから黒い塊を出し切ってしまうと力ある言葉を発し、

『アベルテゥム プルガトリウム マークシッラ』
  開け、煉獄の顎

それを虚空に開いた裂け目に投げ込んでしまった。そして見てしまう。裂け目の中には赤く血走った目をした黒い獣らしきものが、群れをなして我先にと肉片に食らいつき食べ切ってしまうのを。
あまりに凄惨なものを見てしまい、胃が絞られる感覚に苛まれていると、

「再び、問いましょう。セリアン、貴女の弁明は如何に」

自分の体を破られ、内臓を掻き回されたセリアンは手足を引き攣らせ、息も絶え絶えに、言葉を絞り出す。

「どっ、どいつもこいつも、あぁーっ、あたいたちを蔑みやがって、奴ら憂さ晴らしにシュリンをおもちゃみたく蹴っ飛ばしたんだぞ。あたいたちが何をしたっていうんだよあよぉ」

今際の際に命の迸りを見せて、セリアンの喋りが絶叫に変わっていく。

「あたい達の命はそんなことで弄んでいいものじゃない。シュリンは死にかけたんだぞ。このままじゃ、みんな殺される。あたいだってそうだ。そんなの嫌なんだよ。あたいも死にたくない。まだ小さい弟や妹も殺されたくない、どうすりゃいいかって悩んだよ。迷ったよ」

彼女の慟哭が続く。

「そしたらさぁ、あんたの処から帰ってから街に繰り出して怨みつらみを吐き出していたら、路地の奥から、あたいの怨みはらしてくれるって声がするじゃないか。あたいは、その話にすぐにのったさぁ」

そう言って彼女は自虐的にシニカルな笑みをを浮かべる。

「どうやら、あたいがバカだったみたいだよ。頼まぁって言った途端、路地の奥から伸びてきたのがズブって胸に刺さってな。なんか埋め込まれた感じがしたと思ったら気ぃ失っちまって。ありゃ緑色してたから木の枝かなぁ」

自分の行いを振り返り、セリアんの目から雫が垂れていく。そして静かに周りを見渡すと、

「ここの瓦礫の山って、もしかして、あたいの所為なのかい。悪いことしたねえ。世の中、そんなに都合の良い話なんてないってことだなあ。こんなことになっちまうなんて、。つくづく考えなしなんだね。あたいは」

 違う、セリアンだけが悪いわけじゃない。貴女を利用した奴が他にいるんだ。そんなに悲観しなくたっていいんだよ。彼女に伝えたいけど、今は自分の体を使えない。歯がゆいけど見るしかできないんだ。

『セリアン。貴方の弁明は宜しいですね。では』 

 それまで、セリアンの刻戒を聞いていた運命の女神が口上をあげる。
 そしてセリアンの開かれた胸に手を差し入れ、赤く鼓動する臓物を引っ張り出してしまう。セリアンの体が一度大きく痙攣して動かなくなってしまった。体と繋がる管が千切れ、流れ出たものが、既に動かなくなった彼女の体を染める。

『ウシュ🟰イルよ。裁定を』 

 女神は臓物を持った手を頭上へ翳す。そこに現れた紐で吊られた大皿に鼓動する臓物を乗せた。見ると側に大きな羽の乗った同じ様な大皿も出現する。これって秤? それにしても、なんて大きな天秤なの。セリアンの内蔵は何をされるの。

ー アルビテル ー
   審判

辺りに厳かな声が響き渡る。私の頭の中で聞いた声だ。
 そして私達の周りを沢山の光の柱が囲う。数えても私の両手両足だけじゃ足りない。もう1人いても少し足りないかな。
 でも、審判って何。セリアンを裁くというの?

 そんな中、大皿が動き出す。二つのお皿が交互に上下をした後、大きな羽の乗った皿が下がっていく。

ー インユーリア ー
  不正

 再び、私の頭の中に、声が響く。 

《リィーア》
 有罪

 辺りに、そんな言葉が次々と囁かれていく。どうやら立ち上がった光の柱が発しているよう。

 そして、響き渡る言葉を聞いていた運命の女神は、

『アベルテゥム プルガトリウム マークシッラ』
  開け、煉獄の顎

 虚空に裂け目の作ると、あろうことか大皿に乗るセリアンの鼓動する臓物をムンズと掴んで、そこへ投げ込もうとした。

「ちょっと待ってください」

 あまりの事に私は叫ぶ。兎に角、こんな事は辞めさせないといけない一心で、有りったけの意思を込めて絶叫した。そうしたら声が出た。私の口から言葉が弾けた。

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