• に登録
  • ラブコメ
  • 現代ファンタジー

なろうでこそっと

私の聖女見習い服は、道を転がって埃丸れになってしまった。

見えるところでは、解れや破れはなさそうで安心したよ。

パタパタと手で埃を叩きながらスリッチャー肉店までやってきた。

辺境都市の更に城壁外にあるパラスサイト教会御用達と聞こえは良いけど、要は屑肉を格安で分けてもらっている。逆の意味でお得意様なんだよね。



「スリッチャーさん、ごめんください。」



店舗に入り、挨拶をするとカウンターの奥から、ずんぐりとした体型にエプロンをした男が出てきた。



「やあ、トゥーリ。いらっしゃい、こっちは用意できてるよ」

「いつもいつもありがとうございます。ここんとこ予算厳しいから助かってますよ」



男の後ろから、小柄な女性が現れる。奥さんだ。



「うちだって、私がこんなでなきゃ、教会へ行けるのだけれどね」



大きくなったお腹をさすっている。

思わずに私は目を細めて、



「後、どれくらいで、生まれるのかなぁ? うちの教会で祝福授けますよ」

「その時には頼みますね。もう臨月入ってるから、後少しですよ」



もう、神々しいぐらいの笑顔で奥さんは答えてくれた。



「楽しみですね」



私の返事に旦那は皮肉混じりに、



「トゥーリが生むんじゃないのにか」

「私だって一応、女ですから。赤ちゃん見たいし」



奥さんの微笑みは癒しだね。



「ありがとうね」



お互い、にっこりとしている。



「じゃあ、早速始めますね」



私は一度、店舗を出て、門付きの典礼の準備を始める。バックから詩篇パサールや聖水の入った容器、ハンドベルを出すぐらい。

肉屋として生肉を扱うと、どうしても生き物の魂の残りというか澱みが溜まってしまう。祓っておかないと色々と差し障りが出てしまう。

聖女の勤めとして、浄化をして対価を得るんだよね。今回は、屑肉であるオファルを分けてもらう。魚屋も理由で余るアラをもらっていく。

通りから、店舗を仰ぎ見る。



ゆっくりと深呼吸をする。そして細くゆっくりと吐いていく、

ハンドベルを肩口で構えて一振りする。

澄んだ音の響くなか、容器を振って聖水を四方に振り撒く、そして、また鐘を一振り、

容器をポケットにしまい、詩篇に持ち替えて開く 。



再びハンドベルを鳴らして、前句を読み上げていく。



隣人よ

この詩篇を信じ行うは難し、

隣人よ

この詩篇を信じ行うものなれば

主は歓喜せん。

なれを祝福せん。

なれの信心と勇気を褒め称えるであろう。

なれ戒めをもって、行ずるものなれば無上の道行ならん。

淳善の地に住するなり、

隣人よ 隣人よ



ベルを鳴らす。



片手で持つ詩篇のページをめくり、魂送りの祝詞を読み上げる。



「あれっいつもとページが違うよ。文字も可愛いや。文言も似てるからな、まっいいや」



ベルを鳴らす。



隣人よ

主は言われた人の手は守りのて

隣人よ

主は言われた 人の手あるは 育みのため

隣人よ

両の手合わせ 扉を開き

紅蓮の中になれを返す。

汝を思い懐かしむものはいれども

汝を罵るものなし、

汝をなぶるものなし、

主の腕の温かみを思返す

主の糧の温かみを恩返す

汝の安らぎへ主は両の手を差し伸べるであろう。



   私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らす。



    我は故意願う 



   私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らす。

               



    主の御言聞く聖女よどとけてたもれ





   私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らす。



    主よ、守りたまえと 救いたまえと

 

 鐘の音が響く中、私の背中に怖気が走る。



  周りを見ると、地面から、壁から光の粒が湧いてきている。

最初はひとつ、二つ。だんだんと数が増えていく。

それぞれが浮かび上がって、空を目指していく。



目の前を光の粒が覆い尽くした、



 鐘の音の余韻が尽きよう時に、鈍色の画面の下から言葉が響く。



     我にも鐘の音ひとつ 聞かせてくれぬか。



   私、トゥーリは、大きく手を振り、鐘ひとつ鳴らず

                

     あい、わかった。そなたの思い 叶えよう。



  仮面の下、額にいる御方が答えた。



 私の目の前を覆い尽くす光の粒、全てが地より押し出され、肉屋の建屋だけでなく、隣近所、その屋根の上から、わずかに屋根から臨む城壁から、その奥から、瀑布を逆さにしたように光が立ち上がる。上空へ噴き上がっていく。





 光の噴流がしばらく続いたものの、やがて落ち着いて行った。

稀にひとつ、ふたつと登っていくものもあるが、終わったと思っていいかな。

額にいる御方は、それ程の力を使っていなかったようで、以前に比べれば、痛みも少ない。ヒリヒリするぐらいだった。よかったぁ。

肉屋の店舗からスリッチャー夫妻が出てきた。



「ありがとうだよ、トゥーリ。肩のあたりも軽くなって、気分もスッキリしたよ」

「私もだよ トゥーリ。なんか頭や肩を押さえつけられる感じが消えなくてねぇ」



夫妻の笑顔が、浄化がうまくいっている証になる。



「私も、浄化が上手くできて嬉しいよ」

「ところでな?」



スリッチャー夫妻はお互いの顔を見合わせてから、私をみて、



「なんか、死んだはずのおばあちゃんからの『ひ孫かい、ありがとね』って言われたの。あれは空耳?」

「へっ」



 私は、返事ができない。



「俺も、おっ死んだ爺さんの声で、『よくやった』って聞こえてきたんだ」

「へっ」



 確か、私は、ここに留まっている澱んだ魂の浄化を、主に願って届いたはずなんだけど、なんで'クチヨセ'みたいなことが起きてるの?なんで?



「じゃあ、トゥーリ。これオファルになるから」



 スリッチャーさんから包みをもらう。



「すぐにでも調理してくれよ。傷むの早いからね」

「ありがとうスリッチャーさん、すぐツクネにするね」 



 セリアんは飽きたとはいってるけど、毎回美味しいって食べてくれてる。

 そんな顔を思い出しながら、包みを抱えて帰ろうとすると奥さんから、声をかけられた。



「腸詰とかの端も入れといたから、食べてね、日持ちもするしね」

「神父も喜びます。酒のつまみに合うって。ありがとうございます」



 何より、セリアンとシュリンが喜ぶ顔が浮かぶ。

私は走って帰りだしたんだよ。

 でも、背中越しに聞こえてきたんだ。

 死んだ何某の声を聞いた、話をした。うっすらと顔が見えたんだと、慌てて、外に出てきた人たちが口々に言っていることを。







2件のコメント

  • ようやく発見しました。

    あのペンネームは、さすがにわかりませんでした。
    しっかりと捕まえたので、放しませんよ。

    で、早速、ブックマークしてきました。!(^^)!
  • ありがとうございます
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する