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小説の好みについて

 これまでに(市販本で)読んできた作品の中で、好みのものをあげていこうと思う。

 ヴラディーミル・ソローキンの「青い脂」は、私に小説をかけるかもという勘違いを引き起こした作品である。この作品で感じた価値観の転倒は、今でも私の指針となっている。
 トルストイやドストエフスキーらロシアの文豪のクローンに小説を書かせ、その時生成される「青い脂」をクローンの体内から取り出す、というあらずじである。体裁上はSFであるが、不条理のようでもあり、不穏な寓話のようでもある。
 この作品の型破りな内容は、私の物語観を変えた。テーマや教訓といった、普通の物語に存在する「軸」というべきものが、この小説には感じられない。共感できる登場人物もいない。当時の私にとっては大変衝撃的であった。もちろんこの小説はデタラメな話ではない。確固たる意図をもって「意味」が破壊されている。この破壊的な意図こそ、この作品の「軸」であると私は思う。

 「青い脂」とは対照的に、登場人物への共感から気に入った小説はカフカ「変身」である。
 この作品は多少なりとも私の心を救ったと思う。この話には救いがないが、それを読むことで救いがないことを受け入れる心の余裕が生まれたのであろう。
 私が見出した「救いがないことを救いとする」という奇妙な価値観は、拙著「虫の学校」に取り入れた。不条理を利用するとは、一見すると矛盾なのだが、現実世界は完全に筋が通っているわけでも、全く筋が通っていないわけでもないグレーゾーンである。今になって思えば、両極端の状況よりも捉え難いものを描こうとしたようだ。

 逆に私が嫌うものは、端的にいえば愛や友情や忠義といったものである。実は、こうしたものを避けてきたために小説自体それほど読めていない。これらのことを声高に叫ぶ物語はプロパガンダかと思えてしまう。大学で社会学の講義を受けてから、ますますこの種の観念に対して警戒心を抱くようになってしまった。いつか愛や友情をぶち壊しにする話を書いてみたいものである。

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