突然ですが、エブリスタというサイトでHJ文庫のコンテストが開催されております。
VRMMO作品も募集とあり前日譚を本気で少し書いてみたのですが、本編にぶちこむ場所が今はないので近況ノートにあげさせていただきます。
あちらでコンテスト用に書くかは未定ですし、応募規定まで書けるかもわかりません。なのでこれはこれで短編としてお楽しみください。……なお、お楽しみくださいといいながらこの話は大変に暗いので苦手な方は飛ばしてくださって構いません。
ではでは。栗毛聖女も引き続きよろしくお願いいたします。
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「お母さん、お母さん……っ!」
いつもは簪をさした栗毛色に染めた長い髪が棺の中で広がっている。眠っているのは春奈・ラズベリー、その棺に縋りつくような格好で泣きじゃくることしかできない紅碧毛の娘、ラピス・ラズベリーは理不尽なこの世界を憎んだ。
「なんでお母さんなの? どうして、どうして……、お母さんの綺麗なお顔が傷だらけなの? ……どうしてお母さんが死ななきゃならないのっ!?」
死装束に身を包み、綺麗に化粧をしたその姿は悲しみに打ちひしがれながらも幻想的で美しいとさえ思えた。しかし、それとは対照的に死亡原因となった事故の爪痕は春奈の顔に深く刻まれていた。
「……ラピス」
後ろで薄墨色の喪服を着たラピスと同じ髪の色をした男、父のジョン・ラズベリーが悔しさで苦い思いとねっとりとした口の中の感触を握りつぶすが如く、拳をつよく、ひたすら強く握る。
―――別れは突然だった。
『今夜はラピスの好きなミートボールにするわね』
『やったー! お母さん大好き!』
ありふれた朝の会話をし、『いってきます』とラピスが言うと、『いってらっしゃい』とカバンを叩いて送り出してくれた。それなのに―――、連絡が学校へと入り、すぐに帰宅し玄関を開けて『ただいま』を言っても、『おかえりなさい』が聞こえない。
「おかえり……なさい……、お母さん……。ミートボールなんかより……、お母さんと一緒に食べるピーマンの方がいいよ……」
母、春奈が交通事故にあった。その報告を受けすぐに帰宅したラピスは、すぐ後に帰ってきたジョンと共に病院へと駆けつけたが、その時にはすでに目覚めることのない眠りについてしまっていた。それから手続きやらなんやらをし、翌朝に三人で家に戻ってきた。
「……お父さんがお母さんを見ているから、―――少しは寝なさい」
「…………うん。お母さんのことお願いね」
その日の晩にお通夜が行われ、昨晩からまともに寝れていないラピスは泣き疲れてフラフラの状態で、―――父の涙を見た。正直に言えばずっと母の傍にいたい。けれど、夫であったジョンが何も思わないわけがない。娘の前で言えないような語らいもしたいはずだ。自分ばかりがお別れを言って、父のお別れを言う時間がなくなるという後悔をさせたくないし、したくもないと思いラピスは素直に従った。
『昨日の昼前に起きた市バスと大型トラックの衝突事故ですが、原因は位置情報識別センサーが誤認したことによるものではないかと現場検証からわかってきました。それについての専門家から意見を伺いました―――』
自動運転車の整備不良、位置情報の誤作動による信号無視、自動運転技術が普及し事故率が低下した近年では稀にみる、死傷者が多数出るという大きな交通事故だった。
「……そんなことわかっても今更だよ」
病院で散々泣いたのにまだ涙が枯れることはないようで、テレビに映る事故現場では飛び散った車の部品や、激突した弾みでぶつかった壊れたガードレールと信号機が現実を突き付けてきて涙が滲んだ。
「……お母さん、……声が、聞きたいよ」
顔を合わせて会えるのは明日が最後。母の姿を、顔を忘れないと決意し、笑顔で……は無理でも泣かずに見送りたいとは思い床に就いた。ぼんやりとした頭で翌日を迎える。
「皆さん、本日は貴重なお時間をいただいて妻、春奈のためにこの場に集まっていただきありがとうございます。心から感謝御礼申し上げます。春奈は良く笑う人で、皆さんに囲まれて見送られてとても幸せだと―――」
火葬場で進行役の方から促されて棺の横でジョンが話し始めた。ラピスはと言えば母を忘れまいという気持ちでいっぱいいっぱいだったからだろうか、いつの間にか葬式が進み、隣でジョンが最後の挨拶をしているのを聞いては急に現実へと引き戻される感覚に陥った。
「―――あっ、私、言わなきゃ……」
思い出したのは本当にギリギリ、けれどまだ間に合う。ジョンの挨拶が終わり焼却炉の扉が開いた。
「お母さん、ありがとう!!!」
ご飯をいつも作ってくれてありがとう。毎朝起こしてくれてありがとう。育ててくれてありがとう。産んでくれてありがとう。一緒に鳴いたり笑ったりしてくれてありがとう。それからそれから……、いっぱいありがとう! 声がなかなかでてこず、それでもたくさんの思いを込めて、ありがとうをラピスは思い切り叫んで伝える。
「さようなら、それから―――いってらっしゃい!!!」
元気な声と合っていないぎこちない笑顔だった。煙が空へと昇っていき、ラピスのお別れの言葉を聞いた集まった者たちは全員が涙を浮かべた。ラピスが母から最期に聞いた言葉、もう聞けない言葉、その文字に起こせばたった8文字の言葉は空へと消えていった。
「……こんなにいい天気だったんだね。―――最高の旅立ち日和だよ、お母さん」
―――数日後、母はもういないというのを受け入れなくてはいけなくて、ラピスは父の忌引き休暇が終わると共に再び登校を始めた。
『私たちの宝物、―――ラピスは輝いてこそ宝物なのよ』
春奈のその言葉を胸に、辛くても一生懸命笑ってラピスは学校へと通った。けれど無理をしているのがどうしても出ていたようで、外国人だった父と同じラピスの|シルバーブランド《紅碧色》の髪は痛み、くすみ、最初は同情的で優しかった周りから次第に幽霊女や根暗と呼ばれ……、距離を取られいるのがわかって、辛くなっていきラピスは学校へ行くのをやめた。
「ごめんなさい……、お母さん……、私、輝けなかったよ……」
―――そして、不登校になり2年ほど経ったある日、このまま堕落していくだけだったラピスの人生を変えるゲームと父が出会わせた。
それは【月影オンライン】というMSOと略して呼ばれるゲームで、VRMMORPGとして最初のタイトルだった。