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安政六年九月一日(1859/9/26)-大村藩情報・開発経過-

-大村藩情報・開発経過-安政六年九月一日(1859/9/26) 
 ■次郎
  ・総括
  ・蝦夷地(樺太・択捉含む)防衛計画並びに樺太入植計画。

 
 ■精|煉《れん》方(総括:信之介)佐久間象山は全部回る。
  ・電力系全般……廉之助・東馬・村田蔵六・ブルーク・興斎・大野規周
  ・トーマス転炉開発研究(以下5人)※こちらを優先
  ・(転炉完成につき)クルップ砲開発研究
  ・(転炉完成につき)後装式(アームストロング砲/仮称)研究開発

  高島秋帆 -全体管理、大砲の施条技術と小銃の金属薬莢の調整。 
  武田斐三郎-大砲の施条技術の研究と開発。……北海道赴任のため欠員となる。
  大野規周- 榴弾の改良と信管のさらなる研究。
  賀来惟熊-後装砲の開発、特に装填機構の精度と耐久性の向上。
  田中久重-ピンファイアからセンターファイアへの移行、研究開発、無色火薬の研究開発
  ・魚油のけん化(水素添加)の研究。……ブルークと適塾の5人+杉亨二
  ・冷蔵庫の動力化(蒸気から電化へ)……高野長英+廉之助
  ・アーク切断、ガス切断、ガス溶接、鉛電池……信之介+隼人(炭素アーク溶接は完成)
  ・軍艦並びに海軍関係艦艇、武器弾薬は海軍工廠(海防掛)へ移行  
   
 ■五教館大学(賀来|惟準《これのり》・三綱。|惟舒《これのぶ》)。+ブルーク。
  ・石油掘削技術の研究開発(機械掘り)……適塾5人(綱掘りから更なる研究開発)
  ・(内燃エンジン開発につき)焼き玉エンジンの研究継続……+佐久間象山+杉亨二
  ・プレス機、圧延機の改良(抜き打ち蓋底完成)オランダ人技術者+佐久間象山+杉亨二
   
 ■医学方(一之進、宗謙、敬作、俊之助、イネ)+適塾メンバー
  ・伝染病対策
  ・新薬の研究開発、臨床。
  ※京都病院……洪庵&適塾メンバー
  
 ■火術方
  陸軍奉行
   高島秋帆+村田蔵六
   立石昭三郎・・・蝦夷地部隊責任者(ミニエー部隊、ジャスポー部隊)
   (武田斐三郎)・・・五稜郭、弁天台場造成
    新式銃と大砲を用いた戦術運用
    ・武家連隊(1,200名)ならびに平民師団(18,000)の運用
 ■海防掛
  海軍奉行
   江頭官太夫(+次郎左衛門)+田口俊平(艦隊司令)
    ・沿岸警備と艦隊運用(設立)
    ・飛龍(G73.5t)・昇龍(G360t)・蒼龍(G360t)・徳行(G400トン)・至善(400t)・瑞雲(800t)・祥雲(800t)
    ・瑞鳳(ネームシップ)・祥鳳・天鳳・烈鳳(S1,000t)
    ・1,700トン級1隻(清鷹・ネームシップ)就役・同型艦オランダに発注済み(輝鷹・2番艦・1859/10回航)
    ・北海道、小笠原、千島列島、樺太、琉球周辺諸島の測量
    ・領内島嶼部ガス灯による灯台建設他
    ・鋼鉄製軍艦の研究開発
 
 ■産物方(お里、賀来惟熊)
  ・茶・灯油(ガソリン)・石炭・石けん・生糸・干鰯・鯨油(鯨全般)・椎茸他・運輸業
  ・精煉方による製品の販売(ガラス・紡績等)

8件のコメント

  •  遂に姿を見せた1700t級コルベット清鷹と輝鷹の2隻、オランダから回航する輝鷹の船乗りたちは『図面ありきでも設計したオランダで作る方が早い』と普通思ってるだろうから「ヤーパンにもう同型艦がある!?」と混乱したりして(^皿^;)作中でこの2隻が比較されれば大村とヨーロッパの技術格差も見えてくるんだけど(金剛4姉妹は英国製の金剛が他の三姉妹と比較して微妙にスペックが高かった事実から大正の頃はまだ日本は追いかける側だった)あんまりスペック話ばかり掘り下げても話のテンポが悪くなっちゃうかなぁ、せめてオランダで12万両掛かったお値段が川棚工廠製なら幾らになったのかくらいは知りたいとこですけど(読者の予想的に2割ぐらいお安くなってるんじゃないかなーと思ってます、さすがに半額は無理よね)しかし薩摩が旧式小型な外輪船のお値段2万両•幕府が江戸-京都間の電信に3万両でそれぞれ『高いなぁ』と渋い顔をしてるのに大村はその数倍の投資を平然と行ってる事実がジローさんと仲間たちの独走っぷりを物語ってますな(^ ^)

    〈応援コメに書くと顰蹙買いそうな読者の悪知恵〉 
    儲け話
     ①鋼→銅→天保銭の錬金術
     ②間近に迫った南北戦争で合衆国の戦時公債を底値で買い漁る
    武器
     ①ロケット兵器の早期実用化、信之介さんが弾道飛翔体の専門家なら電子機器を使わぬ打ちっぱなしのスターリンのオルガンや歩兵携帯のバズーカ砲•RGPなどはこの時代の資材でも充分に再現可能
  • コメント有難うございます^^

    おおお、なんだか心の中を見透かされていたような値段設定!wスペック的にはやっぱり和蘭製のほうが若干……?

    これは…鋼を売って銅を得て、天保銭をつくる??
  •  清は戦乱の巷なのに日本の戦国時代みたいに人口が爆増してる時期で良質な鋼は官民共に欲しがっており当時も日本から数打ちの日本刀を購入してわざわざ溶融再利用する手間をかけてまで鋼材にしてましたからそこに大村の転炉製の鋼を持って行けば大売れ間違いなし!代金代わりに銅塊(これも中国の土鉱法て粗銅を精錬する際に分離して混ぜ物が多く処分するしかない溶銑銅のノロクズを買い取れば随分安上がり、大村の反射炉なら処分特価のゴミでも2/3ぐらいは銅材として精錬出来ますワ)を大村に持って帰りそれで薩摩島津が密造してた天保銭を作ると「百銭に相当する天保銭」だけど使われる銅の価値は半値以下と言う事は天保銭をひとつ作れば倍儲かる錬金術が発動する事に(・Д・)ちなみに幕末の日本は欧米の不平等条約で経済的に困窮したと言われますが外国の品々と日本の物品の流れの激しさに国内の貨幣規模が追いつかないぐらい沸騰したのも事実、結果「幕府は天保銭を密造していた疑惑が前々からある島津を咎めるのではなく逆に利用しようと公的に天保銭鋳造を認めて貨幣不足を補う策を立てた」流れになったので大村藩が密造するのは国内の経済規模を押し上げるって意味では“善”なる事だと思います(*'ω'*)法的には真っ黒でインフレの火種だけど、でも幕末どん詰まりに島津が幕府公認で5年で15万両(非公認の密造も同じくらい作り続けてたと言われる)の天保銭作ったり諸藩が藩札をガバガバ刷ってた事を思うと大村から今のうちに国内に毎年百万両の天保銭が流れてもインフレ率的には変わらないよーな、何より明治半ばまで公的貨幣として使われた天保銭が大量に作られた方がガチの紙クズになった諸藩の藩札(たぶん全国換算で5〜6千万両は軽い、幕末諸藩から藩札による売買を押し付けられた地方の商人が明治に軒並み没落した最大の要因)よりは長い目で見れば国も商人も民も皆んな幸せになるのではと愚考する次第です。
  • コメントありがとうございます^^

    今さらながらに思うんですが、歴史物って文献探すのに時間かかりますよね。皆さんよく知ってると思います。鉄鋼の需要にしても断片的にしか載ってませんでしたし(今回ググったんですが;;)ね。

    ちょっとまた調べてみます^^

    有難うございます^^
  •  藩札関連に歴史で絡む後藤象二郎さんが本作に出てたのでちょっと追記、維新政府が諸藩の藩札を買い上げるインサイダーな話を後藤象二郎さんが岩崎弥太郎さんにリークして後の三菱が出来た事を思うと大村藩の天保銭大増量の策はこのフラグをぶっ壊す可能性が高かったりして、まあ読者は資金力のデカさや中央の有力者との結びつきで明治の世を勝ち上がった岩崎弥太郎さんは梅田雲浜さんや渋沢栄一さんのような真面目な商才で頭角を表した人達と比べてそんなに評価出来ないんでザマァですが(^艸^)ちなみに維新政府が買い上げた諸藩の藩札は全体の1/4に過ぎずその上ズルい諸藩の幾つかは買い上げ後も藩札を発行し続けてあまりにも目に余る藩が偽札偽造として締め上げられるまで続いたとか、結果新政府の買い上げなかった藩札=紙クズは5〜6千万両と言われてんですよね(地方の商家は死ぬ)
  • コメント有難うございます^^

    なるほど、藩札買い上げの件はなんとなーく知ってましたが、そんなことが。

    なんでもありな時代だったんですねえ。
  •  242話ラストで──戒厳令が敷かれていたはずが、次郎の言うとおり人の口に戸は立てられない。そして噂は尾ひれがつくものなのだ。──とありますがジローさんの立場的には大村藩兵に“箝口令”を敷くのが精一杯な気が(・Д・)樺太の民も含めて戒厳令が出来たら情報も漏れなかったんでしょうけど割とアッサリ攘夷の志士に漏れてる辺り北前船なんかの船乗りたちから伝わってますよね(史実の長崎から広まったコレラ騒動も病人が大阪や江戸に現れる遥か前に全国に伝わってるから案外船乗りのネットワークの早さはバカに出来ませんな)
  • コメント有難うございます^^

    うーん、そうなんですよね;;

    次郎のできる範囲外は、どうしようもない;;
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