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「捕食者系魔法少女」小噺Ⅳ

「捕食者系魔法少女」の短編を公開します。

第4弾は「国防軍の兵士から見たインクブスとの戦い」を描いた過去編になります。

限定要素の【登場したファミリアの紹介】がないため、今回は全体公開です。

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 夜を切り裂く汎用ヘリコプターのブレードスラップが静まり返った市街地に響き渡る。
 しかし、騒音被害の苦情が国防省へ届くことはない。
 侵略者によって、首都近郊の街から人影は消えた。

「DZまで残り3分!」

 機外の音に負けぬ分隊長の声を聞き、隊員たちは表情を引き締める。
 眼下を睨むドアガンに初弾が送り込まれ、機内の緊張が急速に高まっていく。
 既にスライド式の大型ドアは開かれており、編隊を組む僚機の姿が見える。

「政木!」

 それを横目に白髪交じりの分隊長は、隣に座る若い隊員の名を呼ぶ。
 親子ほど離れている年齢の両者。
 並び座る彼らは、人材が不足している国防軍を象徴する存在だった。

「な、なんですか?」

 分隊が有する無反動砲の1本を抱え、隊員は目を瞬かせる。
 緊張で瞬きの回数が多く、革手袋をした左手は微かに震えていた。

「気張るな、訓練通りにやればいい!」

 肩を力強く叩き、分隊長は朗らかに笑ってみせた。
 分隊内で実戦経験のある隊員は少なく、訓練期間は短い。
 それでも国防軍は投入せざるを得ない。

 国民と国土を害する怨敵──インクブスを駆逐するために。

「はい!」

 威勢の良い返事に、他の隊員たちも頷く。
 険しい表情が変わることはないが、適度に肩の力は抜けた。
 それを見届けた分隊長は通信に耳を傾け、パイロットと短く言葉を交える。

「──了解。よし、降下準備!」

 武骨なライフルを握り、ヘルメットの暗視ゴーグルを下ろす。
 若き隊員は質素な腕時計を撫で、鋭い視線を機外へ向ける。

 静寂に包まれた市街地の一角──元ショッピングセンターが視界に入った。

 スマート爆弾が命中した屋上駐車場には巨大な穴が穿たれ、火災の痕跡が残る。
 その上空には、卵型の小型ヘリコプター1機が旋回していた。

「我々は屋上から進入し、上階から捜索する!」

 機内を見回し、老年の分隊長は隊員たちへ告げる。
 2機の僚機が次第に離れていき、ドアガンの銃口が下方へ向く。

「敵を発見したら迷わず撃て、躊躇するな!」
「了解!」

 分隊は無反動砲を3本も装備しているが、それでも対等とは言えない。
 インクブスの外皮は銃弾を物ともせず、対戦車榴弾の直撃に耐える場合もある。
 その上、鉄板を素手で引き裂き、自動車並みの速度で走るのだ。
 対等なはずがない。

 月光に照らされた屋上駐車場が迫る──接地と同時に、隊員たちは機外へ飛び出す。

 ダウンウォッシュが吹き荒れる中、乗機の離脱まで四方を警戒。
 汎用ヘリコプターが離脱し、迷彩柄の人影は移動を開始する。

「足元に注意しろ」

 分隊長は声量を抑え、隊員たちへ注意を促す。
 5日前の爆撃で大穴の空いた屋上駐車場は、一部が崩落していた。
 横転した車両の脇を抜け、屋内へ通じる非常口へ到着。

 分隊長がハンドサインで突入を指示──訓練通りに、隊員は非常口へ突入した。

 各々の銃口が向ける先に敵の姿はない。
 分隊は非常階段へ進み、暗視ゴーグルで得られる視覚情報を頼りに階下を目指す。

≪10、こちら02、バックヤードに目標は確認できず、送れ≫
≪10、了解。捜索を続行せよ、送れ≫
≪02、了解、終わり≫

 突入した分隊の通信が流れる中、3階へ踏み込む。
 天井に穿たれた大穴から射し込む月光以外に光源の無い世界。
 瓦礫や倒れた陳列棚等、至る所に死角があった。

「10、こちら03、3階の捜索を開始する、送れ」
≪10、了解、終わり≫

 死角を注視しつつ、分隊は慎重に歩みを進める。
 本来、インクブスとの近接戦闘は回避し、火力で粉砕すべきだ。
 しかし、ここへ逃走を図ったインクブスは単独であり、2時間前の交戦で負傷している。
 国防軍の保有する火力に限りがある以上、掃討戦は歩兵が担う。

 コンクリートが剥き出しになった柱を横切り──重々しい足音が響く。

 一斉にライフルの銃口が向き、敵を捕捉する。
 そこには、射し込む月光を背にして陳列棚を踏む異形の姿。

《けっ…雄ばっかりかよ》

 そう吐き捨てる口には犬歯が生え、眼には落胆が浮かんでいた。
 肩口の裂傷は塞がり、風で赤い毛並みが揺れる。

 その容姿は、まさに狼男──NATO報告名では、ライカンスロープと呼ぶ。

 駆逐すべきインクブスを睨み、隊員たちはトリガーを絞る。
 戦いの火蓋は切られた。

「こちら03、接敵!」

 鉄火の光が闇を切り裂き、階下まで銃声が反響する。

 ライフルの弾丸が破壊したのは──粉塵を被った陳列棚だけ。

 赤毛はフロア内を駆け、柱や瓦礫を盾にして分隊へ接近を図る。
 数発が直撃するも、その程度では怯みもしない。

「田井は閃光弾、吉田はパンツァーファウストを!」

 分隊は後退しつつ、弾幕でライカンスロープの接近を遅らせる。

「了解!」

 そして、隊員の1人が閃光弾の安全ピンを抜く。
 赤毛がタイルの剥げた柱へ飛び込んだ瞬間、すかさず投擲。

《あぁ?》

 足元へ転がってきた物体をライカンスロープは直視した。
 隊員たちは暗視ゴーグルを跳ね上げ、次の行動へ移る。

 炸裂──閃光と音が世界に溢れた。

 1秒に満たない刹那、それでもインクブスの脚が完全に止まる。
 その貴重な時間を無駄にはしない。

「後方の安全確認!」

 弾頭先端の信管を伸ばし、無反動砲を肩に担ぐ隊員。
 後方に障害がないことを確認し、照準を合わせる。

《くそが!》

 照準は、顔面を押さえた赤毛のライカンスロープ。

 トリガーを引く──後方に猛烈な爆風を噴き出し、弾頭が飛び出す。

 直撃の瞬間、ライカンスロープは飛翔物に反応した。
 しかし、その姿は爆炎に飲み込まれて消える。

「やったか…?」

 黒煙と粉塵が立ち込める様を見て、隊員の1人が訝しむような声を漏らす。
 対戦車火器の直撃、地球上の生物であれば即死だ。
 役目を終えた無反動砲が投棄され、鈍い音がフロアを反響する。

「まだだ、油断するな!」

 そう言って老年の分隊長はヘルメットの暗視ゴーグルを下ろす。
 銃口は依然として敵を指向したままだ。
 隊員たちもマガジンを交換し、ライフルを構え直す。

《──やってくれるぜ》

 黒煙を突き破って現れた影へ、すぐさま銃火が放たれる。
 しかし、その全てを振り切ってライカンスロープはエスカレーターより階下へ飛び降りた。

「10、こちら03、敵は2階へ逃走、送れ」

 分隊長が状況を報告しながら、エスカレーターへ駆け寄る。
 階下を見下ろせば、血痕がフロアの奥へと続いていた。
 手負いのインクブスらしからぬ逃走に、老年の分隊長は眉を顰める。

≪10、攻撃を続行せよ、送れ≫
「03、了解、終わり」

 最大限の注意を払って、分隊は停止したエスカレーターを下っていく。
 人類とインクブスでは機動力に隔絶した差がある。
 しかし、ショッピングモールという閉鎖空間を選択したインクブスに退路はない。

≪03、こちら02、2階へ到達した、送れ≫

 バックヤードを捜索していた分隊が非常口より姿を現す。
 その位置は大穴を挟んだ反対側、されど援護を受けるには距離があった。

「03、了解、誤射に注意せよ、送れ」
≪02、了か──≫

 通信が途中で切れ、ライフルの銃声が響き渡る。

 目標と接敵したか──否、それは目標ではない。

 暗視ゴーグル越しの視界には、異形の影が複数体映っていた。
 柱や瓦礫の陰より四足で駆け出すライカンスロープ、数は3体。

《皆殺しだ!》
「応戦しろ!」

 分隊長の鋭い一声が、隊員の筋肉を硬直させなかった。
 即席で円陣を組み、1体に対して3門の銃口が火を噴く。
 頭部の被弾を嫌った2体は、距離を取る。

 なおも止まらない黒毛のライカンスロープ──銃弾を弾き、肉薄する。

 不気味な風切り音を響かせ、鋭利な爪が脆弱な人間を襲う。

《肉に用はねぇんだよ!》
「ぐぁっ!?」
「うわっ!」

 盾にしたライフルを両断し、ヘルメットや防弾ベストを切り裂いた。
 一撃で3人の隊員が倒れ、次の一撃が分隊長の顔面を抉る。
 赤い血が飛び散り、薬莢の転がる床面を汚す。

「分隊長!」
「このっ化け物が!」

 もう一撃を繰り出される前に、若き隊員は至近距離で連射を浴びせた。
 マガジンの残弾を全て黒毛へ叩き込む。

《おっと!》

 さすがのインクブスも一点を集中されれば、無傷では済まない。
 余裕の表情を見せながら、ライカンスロープは後方へ飛び退く。

 対する分隊の被害は甚大──分隊長含む4人が重傷。

 動揺を抑えるように、マガジンを交換。
 重度の裂傷を負った隊員と嗤う怪物どもを交互に見遣った。

「10、こちら03、敵増援と遭遇、分隊長含む4名が負傷、送れ!」

 分隊長の次に階級の高い隊員が、絶望的な状況を報告する。
 大穴の反対側では、非常口まで負傷者を引っ張る人影が見えた。
 分隊は完全に孤立し、魑魅魍魎に包囲されている。

≪03、こちら10──≫
《たかが数匹で何をする気だ、おい?》

 通信に耳を傾ける余裕はない。
 赤毛のライカンスロープが瓦礫の陰より現れ、月光を右半身に浴びる。

 失われた右腕の空間が歪む──骨が生え、肉が生まれ、腕を形作る。

 ライカンスロープと呼称される所以は姿形だけでなく、月下において身体能力が増大する特性にあった。
 非科学的存在に常識は通用しない。
 それでも1体であれば十二分に勝機があった。

《敵うわけないってのにな》

 しかし、実際には9体のライカンスロープが潜んでいた。
 今もブレードスラップを響かせる上空の眼から逃れ、増援を呼び出していたのだ。
 隊員たちの表情は険しく、避けられぬ死を直視する。

《手傷を負わせたことは褒めてやるよ……無駄だったけどな》
《命乞いしたら助けてやるかぁ?》

 しかし、恐怖に駆られ、醜態を晒す者は1人もいない。
 眼前の怪物どもに大切な者を奪われ、これ以上の暴虐は許さぬと国防軍の門を叩いたのだ。
 回答は、眉間へライフルの銃口を照準してやることだった。

《はっ…馬鹿が》

 ライカンスロープたちは姿勢を低く落とし、四足に膂力を蓄える。
 一度の突撃で決着するだろう。
 雲が月光を遮り、一面を暗闇が覆った。

 狼の頭は獰猛な笑みを浮かべ──鋭い風切り音が大気を震わす。

 不意に2体のライカンスロープが動きを止める。

《あ?》

 その首が落ち、綺麗な断面から赤い噴水が飛び散る。
 再生能力があろうとも即死。

 奇襲、それも人間業ではない──蒼い閃光が2階フロアの壁を貫通した。

 轟音を立てて吹き飛ぶ壁、巻き上がる粉塵。
 そして、ヒールの奏でる雅な足音がインクブスへ急速に近づく。

《ウィッチだと…!》

 劣悪な視界の中、甲高い金属の悲鳴が響き、火花が舞う。
 状況を飲み込めない隊員たちの耳に切迫した声が届く。

≪10、こちら01、ウィッチの突入を確認、送れ!≫

 その者たちは、インクブスに対抗する一縷の希望。
 物理法則を無視する非科学的存在にして、防人にとって許容しがたい非常識。

 人類の守護者──ウィッチのダイナミック・エントリーであった。

 重々しい風切り音の後、骨肉の断裂する異音が響く。
 再び顔を出した月光は立ち込める白、そして宙を舞うインクブスの腕を照らす。

「もう大丈夫ですよ」

 鈴を転がすような声が隊員の耳を撫でた。

「うぉっ」

 慌てて振り向けば、大きな蒼い瞳に己の姿が映る。
 音もなく佇んでいたのは、1人の少女。
 翠を基調とし、金の刺繍が施された装束を纏った姿は、まるで女神のよう。
 芸術品のように美しく、見る者を圧倒する。

「い、いつの間に…」
「あちらの方々は治療しました」

 非常口の方角を指し、少女は柔らかく微笑む。
 その際、細い左腕に通した円盤状の刃が月光を反射して輝く。
 現実離れした容姿、そして時代錯誤な武器を携えた少女もまたウィッチ。

「そちらの方も診せてください」

 重傷の隊員を見遣り、真剣な表情で告げるウィッチに隊員たちは場を譲った。
 綺麗な所作で傍に座り込み、しなやかな右手を床面に置く。

 不可視の波が広がる──周囲を翠の燐光が舞う。

 変化は一瞬で、劇的だった。
 裂傷が逆再生のように塞がり、重傷を負っていた隊員の呼吸が安定していく。
 魔法でなければ奇跡だ。

《まずは、お前だ!》

 赤毛を逆立てたライカンスロープの咆哮が轟く。
 背後に迫る蒼き斬撃を紙一重で躱し、翠のウィッチ目掛けて吶喊する。

「しまった!」
「畜生っ」

 奇跡に気を取られていた隊員は反応できない。

 ライフルの銃口が指向するより早く──世界の色が反転。

 白刃が空を斬り、血飛沫と異形の右腕が天井まで飛ぶ。

《な、にぃ!?》

 驚愕するライカンスロープの眼前には、シミターを下段から振り抜いたウィッチの姿。
 翠の装束を花びらの如く靡かせ、左腕に通したチャクラムを手まで滑らせる。

「逃がしませんよ」

 着地と同時に後方へ跳ぶインクブスへ投擲。
 月光を帯びる刃は、鋭い風切り音を纏って敵へ追い縋る。

《当たるものか!》

 迎撃は予想外、されど今宵のライカンスロープは塵芥と違う。
 人口密集地を強襲し、2人のウィッチを返り討ちにした強者。

 空中で半身を捻り、チャクラムを回避する──はずだった。

 瞬きの後、眼前には高速回転する白刃があった。

《あ?》

 その事象を理解する間もなく、首と胴は泣き別れる。
 月下に鮮血が舞う。
 落下していく己の半身を眺めながら、インクブスの意識は消失した。

「す、すごい…」
「圧倒的だ…!」

 全てのライカンスロープが骸へ変わり、隊員の口からは率直な言葉が漏れた。
 その中心で蒼いドレスを纏ったウィッチが、身の丈ほどもあるソードを軽々と振るう。

 刃から散った血が床面を彩り──骸が一斉に発火する。

 蒼き焔は、人体に有害なガスを生じるインクブスの死骸を焼き払う。
 事後処理まで行うウィッチは、稀だ。

「私の治療は完全ではないので、必ず衛生の方に診てもらってください」

 鋭い風切り音と共に戻るチャクラムを指で捕まえる翠のウィッチ。
 一面の蒼に照らされた少女の横顔は、驚くほど大人びていた。

「感謝します…」

 敬礼で応じる隊員たちへ微笑み、ウィッチは相方と共に床を蹴る。
 華奢な体躯からは想像もつかない跳躍。
 瓦礫や鉄骨を足場に、2人は天井に穿たれた大穴から夜空へ消えた。

「……あれがウィッチか」

 その姿を最後まで見送り、隊員たちは複雑な表情を浮かべる。
 戦死者を出すことなく、絶望的な状況を脱した安堵。
 庇護すべき少女と知りながら、その力に頼らざるを得ない失望。
 防人の名が泣いている。

「10、こちら03、送れ」

 小さくない無力感を噛み締めながら、隊員たちは次の行動へ移った。

 国防軍の方針は、静観──干渉せず、要求せず、命令せず。

 国家存亡の危機に悠長だ、と国内外で非難された。
 しかし、自発的に活動するウィッチが次々と現れ、第2の防人となった今日。
 ウィッチを軍属とした国家が敗北し、その声は黙殺されつつある。
 誰もが最善策を選択するものだ。

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