英雄祭典前の話になります。
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「シュヴァテ~、朝だぞ~」
「………ん」
「ほら、シーツ洗濯に持ってくから起きろ~」
「………さむい……あるじ、だっこ」
「あーはいはい、温まったら降りろよ」
「……ん」
仕方無さそうにシューを抱えたあるじは、肩にシューを掛けてシーツを取り替える。
このやり取りも冬になってから何回やったかわからない。でもあるじは何回でもくっつかせてくれる。
「むふふ……」
「……?……どうした?」
「……むー、ねむい」
「ま、冬はベッドが恋しいよなぁ……」
あるじの相槌はシューの本意とは全然的はずれ。別にシューはもう眠くない。
でも、眠いふりをすればあるじにくっついてられるからそうしてるだけ。
………ふふ、シューは天才。
あるじ、いい匂い。
使用人の嗜みって言ってもう少しすると柑橘系の香り付けをするけど、シューはいつものあるじの匂いのほうが好き。
なんか……おなかに響く感じがして好き。
あるじはそんなシューを運びながらカーテンを開ける。
それを合図に、あるじはシューの尻尾をぽんぽんと弾く。
「ほらシュヴァテ、そろそろ降りろ~」
「ん、わかった」
日の光を一杯に取り込んだ部屋の中で、もう眠いって言い訳は通じない。
飛び降りて精一杯伸びをする。
伸びをする時に尻尾と耳を震わせると、あるじが注目してくれるからいつものやってる。
あるじ、動物が好き。だから、シューのことも好き。
獣人で良かったって、いつも思う。
「じゃ、俺はランドリーに行ってるから、中庭に先に行っててくれ」
「ん!」
シューは窓を開け放つと、直下にある中庭に飛び降りる。
魔力をまとわせた足で衝撃を殺して、シューは安全に着地を成功させる。
中庭にはシューより先客がいた。
「狼、早いな」
「ドク……キュキュも」
「キュ~……」
座禅を組むドクと、その頭の上でまだ眠そうに溶けてるキュキュが挨拶をしてくれる。
実はこの二人、かなり仲が良い。
天司竜のウルと仲が良いキュキュは上位存在にもまったく怖じ気づかないし、自分に怯えないキュキュをドクは良く思ってるみたい。
朝は良く二人でいる。二人の相棒が揃って朝に弱いのも関係してるけど。
「……何してるの?」
「む、兎が外で遊びたいと言うのでな。兎の目覚めを待っている。兎との鍛練は敏捷の強化に効果があるからな」
「キュー……キュー」
「急がなくても時間はある。完全に目覚めるまでは無理をすることはない」
「キュキュ~」
「ああ、気にするな。お互い様だ」
こんな感じ。
キュキュは皆に愛されててうらやましい。
魔王城でもシューを怖がる人はいる。
でも、当然。シューがしたことはそうなっても仕方ないもの。
でも、
「狼も一緒にどうだ?敏捷の鍛練ならば、狼の力も大いに助かる」
「キュー……」
「うん、あるじとの日課が終わったら、一緒にやる」
シューを怖がらないみんなもいる。
それだけで……幸せ。
そしてなにより、あるじがいるし。
「シュヴァテ、お待たせ。じゃ、魔都に買い出し行くぞ」
「ん!」
■ ■ ■ ■
朝はあるじとの日課を楽しんで、昼はいろいろやる。
ドクとキュキュと一緒に鍛練とか。
森で逃げるキュキュをドクと一緒に追いかける。
魔王城に帰ったら、休憩中のフィーがシューの耳と尻尾の毛並みを整えてくれる。
「いつも、ありがと」
「いえ、シュヴァテ様のお世話も私の生き甲斐なのです」
フィーもあるじと同じで動物が好き。
ブラッシングは二人とも上手だから、どっちもきもちい。
あるじの時は……ちょっと変な感じになる時もあるけど。
その後は、たまにルーとネルがお茶を一緒にしようって誘ってくれたりする。
ゼラはあるじと一緒に討伐依頼に向かったらしい。
……シューも行きたかったけど、騎士達がいるなら怖がらせないように自重する。
シューは偉いから。
「それでね!その時リュートが!」
「うんうん~、わかるわ~!リューくんって……」
「ん……あるじは寝るとき……」
内容は、我に返ると恥ずかしくなるほどあるじのことばっかり。
でも、嬉しそうに話す二人に負けたくなくて、シューしか知らないあるじのことを話したりする。
その時の二人の悔しそうな顔にほくほくする。
「くっ……今日は一本取られたわね……」
「ん~、ずるいわ~。おねぇさんも夜にリューくんの部屋に行こうかしら~」
「絶対ダメッ!」
「……あるじはシューが守る」
「二人ともひどいわ~……」
残念そうにするネルだけど、夜にあるじとネルは危険。
ネルはあるじの貞操を狙ってる節があるし、あるじは結構おっぱいが好き。
………シューも、まだ成長する………かも……。
夕方。
そろそろあるじが帰ってくる。
猫の獣人のミリーと一緒に庭の景観を整えながらその時を待つ。
「シュヴァテにゃん!リュートにゃんとは最近どう?」
「仲良いよ。あるじはシューのこと妹みたいに思ってくれてるし」
「妹?……でもシュヴァテにゃんって……」
「いいの。この身体の年齢はそのくらいだし」
「……そっか!うん、仲が良いのは良いことにゃ~!」
ミリーは同じ獣人として良くしてくれるから好き。
お姉ちゃんって感じ。
……たまに、群れのことを思い出す。
庭師の手伝いが終わって魔王城の廊下を歩いてると、向こうからアイツが歩いてくる。
「む」
「ん」
ゼラ。
あるじと一緒に仕事に行ってたからもうあるじも帰ってきてるかも。
「あるじは?」
「ルル様への報告に行っている」
「そ」
淡白なやり取り。
別にゼラのことが嫌いな訳じゃない。
でも、最近は少し、看過できない。
「ゼラ……今日、あるじと何かあった?」
「っ……いや?特に何も………」
ああ、嘘。
ゼラはあるじと何かある度に雌の甘ったるい匂いを強くするからすぐにわかる。
いつものゼラは嫌いじゃないけど、雌化したゼラは好きじゃない。
「そ」
「う、うむ」
ゼラはほっとしたみたいに通りすぎてった。
夜。
使用人の仕事が終わったあるじと一緒にお風呂にはいる。
これはシューだけに許された至福の時間。
「シュヴァテ、頭流すぞ」
「んふ~、あったか……」
あるじはシューの裸を見てもあんまり反応しない。
だから一緒に入れてるけど、少し複雑。
でも、時々恥ずかしそうにするタイミングがあるのが嬉しい。
今度はシューが洗ってあげたい。
たまに、
「リュー坊!我を洗うのじゃ!」
「キューー!!」
「はいはい、あんまり騒がないでくださいね」
「うむ!自分で洗うより楽なのじゃ!」
入浴の文化がなかった竜のウルが乱入してくる時があるけど、ウルはあるじに対してそういうのじゃないから許してる。
ウルに対しても反応しないあるじを見ながら、あるじがどうやったらシューに欲情するか考えるけど良い案が浮かばなくてへこむ。
まあ、一緒にいられればいいやって思い直してあるじに体を拭いてもらった。
「電気消すぞ~」
「ん~……ねむ」
今は本当に眠い。
ベッドで横に入ったあるじにくっついて身体をすりすりする。
あったか。
「寒いか?」
「ん」
「そっか」
あるじはシューの耳を押さえつけるように撫でる。
幸せ。多分、シューは今、すごい幸せ。
「おやすみ、あるじ」
「うん、おやすみ」
そのやり取りから少し経って、あるじの寝息が聞こえ始めた。
シューは身を捩って目線をあるじに合わせると、その首筋に口をつける。
人狼族にとってその行為は番の証。
あるじが起きてるときは恥ずかしくてできないけど、今なら。
「シュヴァリティナは……あるじを、愛してるよ………んぅ……っ……ふっ」
幼いふりをした、すごく卑怯な行為。
あがる息を努めて抑え、あるじの匂いを嗅ぎながら、バレないように手を動かす。
我に返ったら死にたくなるけど、生殺しにするあるじがわるい。
最悪な気分でそれを終えると、疲れた身体はそのまま眠りに落ちていく。
「ある……じ……」
こうして、シューの幸福な一日は終わる。