艦長室の扉をノックして中の様子をうかがう。
「ジャーヴィスです」
「……どうぞ」
入室を許可するシャインの声を聞いて、ジャーヴィスは扉を開いた。
シャインはずっと部屋に籠って今朝から書類仕事をしている。
ジャーヴィスは彼の為の昼食が載った盆を両手に持っていた。
100種類焼けるパンケーキでも、一番得意なふわふわのパンケーキ。
口の中に入れると雪のようにすっと溶けて、バターと蜂蜜の絶妙な甘さにクラウスがメロメロになった代物だ。
「昼食をお持ちしました」
シャインはちらとジャーヴィスを見て、視線を再び机上の書類に戻す。
「ありがとう。前に置いといてくれ」
「……」
ジャーヴィスは無言で視線を投げた。シャインの言う「前」とは、執務机の「前」にある応接用の長机のことだ。
そこには今朝の朝食――丸パンに山羊のチーズと生ハムを挟んだものと玉ねぎのスープが入ったカップ――が手つかずのまま残っている。
「艦長――」
「悪い。15時までに海軍省に提出しないといけない書類を作っているから」
「朝食を食べてないんですか!?」
「いや食事はしているよ。だから安心してくれ」
シャインは書類を書く手を止めず、左手を上げて見せた。
そこにあるのは、何の変哲もないただのスコーンだった。
何故。
ジャーヴィスはスコーンに嫉妬する自分を感じた。
焼きたてのパンケーキよりも、先日買いだめして、かっちかちでパッサパサなスコーンの方をシャインは選んだからだ。
彼の偏食はわかっていたつもりだったが、これはやはりショックだ。
作った自分で言うのもなんだが、この白い湯気を上げるパンケーキは「今」が一番美味しく食べられる時なのだ。
冷えてしまったら何のために急いでここに持ってきたのか。
それを主張しようとジャーヴィスは口を開きかけた。
「なんだか、食べるのが勿体なくて」
「えっ?」
「この仕事が終わったら、頑張った褒美に君の料理を食べるよ」
(おわり)