新作のプロローグになります。
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「ほら、そこずれてる!足元見て!一瞬の遅れでも1人ズレればかっこ悪いよ!」
「昨日言ったでしょ!1回直したことを何度も直させないで!」
私立海口学園。
全国トップクラスの実力を持つダンス部があることで有名で、ダンス部に入るために全国から志望者が集まるほど。
その一角にある、中等部と兼用になっている体育館から響いていたのは音楽と、1人の女子生徒の大きな声。
メンバーたちが踊っている中、前に仁王立ちして矢継ぎ早にミスを指摘していく。
彼女こそ、現在のキャプテンの松本紫穂。
自分に対しても厳しいが、全国トップクラスを維持するべく、その指導はなかなかのスパルタ。
もちろんコーチも厳しいが、コーチの指導に映るまでもスパルタである。
さらに生徒会書記で、2人いる次期生徒会長有力候補のうちの1人。
容姿端麗、文武両道、成績優秀、スタイル抜群と見た目も内面も全て兼ね備えた超絶美人のJK。
ダンスの実力もすごく、指導役に当たるキャプテンの座を高2にしてすでに獲得していた。
規定により部長になれるのは高3だが、部長は主にイベントへの参加計画や大まかな練習スケジュールを立てるのに対し、キャプテンは細かい練習メニューの作成や基本指導を担う。
とはいえど、普通は高3がなる役職であることに変わりはなく。
この時点で異例だったわけだが。
普段の学校生活でも特徴があり。
この1年以上の間、告ってきた男子すべてあっさりと冷たい言葉で切り捨てていた。
たとえ先輩やイケメンでも、である。
そのあまりの返しの冷たさや、練習時の厳しさからついたあだ名が。
氷の女王、という呼び名。
そしてもう1人、ダンス部にはそこそこ厳しい人がいた。
この学園のダンス部のなかでは比較的珍しい部類に入る、男子。
ただし、彼はマネージャー兼簡易指導者という扱いだった。
今日も今日とて体育館の2階部にある観客席から指導していく。
紫穂と異なり、声を荒げることは少ない。
が、スパルタ具合で言ったら彼のほうが上だった。
「やっと形になってきたね。じゃあ次行くよ」
「キャプテン待って。まだ駄目。円が微妙に内側に入ってる人がいるし、膝を上げる高さが低い人もいるし、他にも上げたらきりがないくらいにある。気にならないことはまだ許容するけど、流石にこれじゃあ見た目がかっこ悪い。やり直し」
こんな感じで、なかなかOKが出ないのだった。
ただし、練習中でも優しい面はかなり見せている上に、練習時以外はかなり優しい。
実際今も。
「1年の佐藤さん、足首捻ったかなんかしたんじゃない?」
「えぅ?」
「上から見てたら気づくよ。動きがさっきまでと違って右足をかばいながらに変わってる。痛めたならすぐに抜けて保健室に行きなさい。歩くのが難しいなら肩貸すから」
「……貸していただいてもいいですか?」
「いいよ。今下行くから抜け出して待ってて」
そうして素早く下に向かうと。
「ごめんなさい、迷惑かけて」
「謝る必要はないよ。それより、こういう怪我をしたならすぐに言って保健室にいかなきゃ駄目。自分では大丈夫って思ってても、実は骨にヒビが入ってたとかもあり得るんだから」
「はい。次から気をつけます」
「ん。……とにかく今は保健室に行こう」
こんな感じで、部員想いの優しいマネージャーなのだった。
彼の名を中山蓮斗という。
そして俺のことである。
氷の女王よりも厳しいが、常に部員をよく見ている優しい人として密かに慕われていた。
ただし容姿は平均的、成績も中の上くらい、運動神経も平凡とどこにでもいそうな男子高校生だ。
そんな俺についたあだ名が、『冷徹の優男』。
さすがに告られたことはないが、どうにも声のトーンが上がる生徒がいるというのは気になるところ。
とはいえ練習時の厳しさもあるせいか、これと言ってアプローチを受けたことはない。
今日もまたいつもどおり、2人による超厳しいスパルタ練習が行われていた。
そんな今日も最終下校時刻が近づき、お開きになる。
お開きになるとすぐに立ち去る氷の女王。
いなくなった瞬間に、体育館の中は騒々しくなる。
「今日も氷の女王怖かったね」
「ね。いっつもあんな感じだけど出来るんだからすごいよね」
「ていうか今日マネージャーも途中から怖くなかった?」
「分かるー、あたしもそれ思った」
俺の役職が呼ばれた気がするので。
「俺がどうかしたか?」
「いえ、今日途中からいつもより怖かったなって思いまして」
「そりゃそうだろ。怪我したってのに無理して練習続行しようとしてたやつがいたんだから」
「うちのクラスメイトがすみません」
「いいのいいの。次からやらなきゃいいだけだから。それよりもう最終下校近いんだから早く帰りなさいよ」
「はーい。あ、先輩」
「ん?」
「キャプテンっていっつも怖くないですか?」
「まあ確かに厳しいわな。でもそれは君たちを想ってのことだからねぇ」
「私達を想って?」
「おう。だってさ、それこそ地区大会とかで勝ち抜けなかったときに、『ああ、あのときもっと練習していればな』とか思って後悔したくないでしょ?」
「確かにそうですね」
「でしょ?で逆にそれでも全力を尽くした、練習成果も全部出せたって思えて、練習内容もこれ以上できないくらいにやりきったって思えてればちょっとは悔しいかもしれないけれど、そこまで悔しくないでしょ?」
「んー、なんとなく分かるような気がしなくもないです」
「少なくとも練習が足りなかった、って後悔するよりはマシじゃない?」
「それはそうですね」
「そう。だから厳しくしちゃってるところはあると思うな」
「そういうことでしたか。ありがとうございます」
「礼はいいよ。いつでも相談してきてくれていいから」
「はい!」
そんなことをしていたらすっかり最終下校時刻に達しており、全員の帰宅を確認すると慌てて施錠を行い、下校する。
駅まで5分、海口駅からちょうどやってきた特急電車に乗ること約50分。
自宅の最寄駅まで到着。
そこから歩いて15分ほどでつく自宅。
両親は俺が高校2年生に進級すると同時くらいに長期海外出張に行っており、当面の間不在。
だが、同時に同居人が1人加わり、今は2人ぐらしだ。
ガチャっとドアを開け。
「ただいま〜」
すると家の奥からパタパタと足音を立てて走ってきて、そのままぴとぉと抱きついてくる女子が1人。
「おかえり〜。今日も後輩に捕まっちゃった?」
「ああ。紫穂の愚痴を吐く相手になってやったよ」
「ごめんね、私今日も厳しくしちゃった」
「いいよ、ちょっとずつでいいって言ったし」
「そう。……しばらくこのままにさせて」
雰囲気こそとっても丸く、甘えんぼな娘だが。
うちに住んでいるのは、あの氷の女王こと松本紫穂だった。
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続きは半年を目処に公開します。