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『ドン・カルロス』について

「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」の「私は王の息子だというのに」の、補足を。


まずは、公開時に補足することができず、申し訳ありませんでした。岩波文庫『ドン・カルロス』を読もうとしたところ、入手困難で、公開日に間に合うことができませんでした。もっと早く手配すべきでした。すみません。


作中で、フランソワがアシュラにささやいてみせた、セリフのことです。岩波文庫で探してみたのですが、みつかりませんでした。


佐藤通次氏の後書きによると、原書は、約5年に亘って書かれており、1787年の初版は、非常に長いものでした(しかも、詩と散文の、2種類!)。その後(1801年と1805年)、詩形の方を、さらに短縮したものが、今、出回っているそうです。


フランソワの好んだセリフは、改稿の間に、消されてしまったのでしょうね。彼のいたころは、かろうじて、古い版か、あるいは、散文体の方が残っていたのだと思います。でも、私達は読むことができません。残念です……。



このセリフは、実際には、家庭教師が聞いたものです。「すらりとした長身、美貌の孤独な青年が一人この詩を口ずさむ時、何か危機迫る悲壮な雰囲気が漂っていたと先生は回想して」(塚本哲也『マリー・ルイーゼ』)いたそうです。



『ドン・カルロス』を読み始めてすぐ、能力がありながらも、何も任せてもらえない孤独な王子に、フランソワが重なり、胸を衝かれました。実際のドン・カルロスは、結構、アレだったようですが、シルレル(シラー)により、完璧に、昇華されています。



ところで。

『ドン・カルロス』には、ボーサ侯という、王子の親友が登場します。マルタ騎士団所属で、とにかく、カッコいいんです。私、思ったんですけど、この作品は、ボーサ侯を取り合う、父と息子の、骨肉の嫉妬の物語、ということで、いいですか?

(各出版社様。新訳刊行の暁は、ぜひ、この路線でお願いします)

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