お疲れ様です。
久々に体調不良で寝込んだため、今週はお姫様もおひとりさま英国女子(将来は外国の~の通称)更新お休みします。
代わりと言ってはなんですが、お姫様唯一の公式CPスタン×ロザーナのバレンタインSS置いておきます。ご笑納くださいませ。
一、ニ、三、一、ニ、三……。
Tシャツから伸びた常人と比べて青白い右手、鋼の光沢放つ機械の左手がダンベルを握り締め、交互に上下運動する。
機械義手装着直後は一番軽い重さでも三分と持たなかったのに、日に日に以前の、生身の腕の動きに近づきつつある。
軽快かつ一定の速さを保つ動きはそばで見守るロザーナを安心させた。
「調子が良いようだ!少し重いダンベルに変えてみるか??」
通りすぎるほどよく通る声が医務室を満たす中、イェルクはスタンとロザーナが並ぶベッドの脇へ近づき、別のダンベルを差し出す。
スタンはそれを受け取る代わりに、今まで使っていた物をイェルクに渡した。
新たなダンベルに変えてみてもスタンの動きは順調だった。しかし、一〇分を越えた辺りから動きが少しずつ鈍り始め、十五分ちょうどでイェルクが止めに入った。
額や首筋に脂汗を流し、青白さが増した顔色でスタンは斜め下から睨む。
「まだ続けられる」
「やめておけ。焦る気持ちは理解できるが、今日無理して明日の機能回復訓練に響いたら本末転倒。一気にではなく徐々に慣らしていくしかないのだから」
スタンの目線がイェルクからふい、と外される。ホッとしたのも束の間、懲りずにダンベルを握ったまま機械の左腕が上下し──
「もう!ダメよぉ??めっ!!」
鈍色に輝く手首を掴む。
ほぼ同じ位置にある薄青の瞳を懇願混じえて見つめれば、バツ悪そうにダンベルを下ろしてくれた。
「ロザーナがいてくれてよかった。顔色も良くないし」
「元々顔色なんて悪い」
「こらっ、揚げ足取らないのぉ!って、もうこんな時間!?仕事行ってくるわねぇ」
ふとチラ見した壁時計が差した時間に大慌て。部屋で待たせているミアにも悪い。イェルクへの挨拶も程々に、ロザーナはミアを迎えに一旦自室へ戻っていった。
※※
「さっ、そろそろあたし達も退散しよっかぁ」
本日の標的は捕縛。警察の呼び出し、武器の回収等ひと仕事終えると、大きく伸びをする。顔についた汗や血糊等の汚れを拭いがてら、ミアは黙って頷く。
「あたしお腹空いちゃったぁ!住処に戻る途中で何か食べてかなぁい??」
「うん、いいよ。あ、そうだ!お願いがあるの」
「なぁに??」
「ラシャさんから仕事帰りに何でもいいから板チョコレートたくさん買ってきてって頼まれてて。トリュッフェル(トリュフ)作りたいんだって」
「じゃあ麓の街西の屋台村行こっか。あそこはお菓子屋さんの屋台いっぱいあるし」
「ん!ありがとう」
本当は悪い意味で胸がいっぱいになる甘ったるい匂いは苦手だけれど。自分からは進んで行きたい場所ではないけれど。
でも、甘いお菓子を前にし、実際に食べてるときのミアやラシャの幸せそうな顔は好きだ。
幸せそうな顔と言えば……、意外なことにスタンも女子たちに負けず劣らず甘い物に目がない。普段は節制しているが、仕事の後や非番の日は必ず何かしら甘いお菓子を食べている。物によってはわざわざ生クリームやらメイプルシロップやら二割三割増しにするため、ロザーナは内心引き気味になることも、なくはない。
でも、(端からは大変判りづらいが)幸せそうだしまあいいか、と納得していた、が。
「最近は見てないなぁ……」
苦手な甘い匂いがぷんぷん漂う屋台村。色とりどりのうずまき模様の飴、乾燥果物やナッツ入りのクッキー、ブランデー入りのほろ苦いチョコレート、表層を粗目砂糖とカラメルで固めたプティングなどに目を輝かせる若い女性客たちは蜜に群がる蝶のよう。
どこか置いてきぼりを喰らった気分でミアについていきつつ、考えるのはスタンのこと。
機械義手と元の腕の皮膚との擦れ、神経との繋ぎ目から生じる激痛、機能回復訓練の進捗──、口に出さないだけで相当辛いに決まっている。幸せそうな顔なんてできる筈がない。
「待たせてごめんね!」
小さな身体に大きな紙袋を腕いっぱいに抱え、ミアが戻ってきた。
「随分たっくさん買ったのねぇ」
「ほ、ほら、もしも足りなかったら困るじゃない??」
「んー、まぁそうだけどぉ」
「あ!そうだ、これ、もらってくれる??」
「これ??」
ミアが目線で示したのは紙袋から溢れそうな板チョコレートの山の頂上、不安定にぐらついていたのはリボンで結んだ半透明の袋だった。
「おまけでもらったの。カカオ70%のチョコレートで紅茶の香りづけがしてあるし甘くないらしいよ」
「あたしにくれるのぉ??」
「うん。だってお菓子の甘い匂いも苦手なのに付き合ってくれたから。どうしたの??」
「え??あ、ううん、なんでもないっ」
ごまかすように笑みを深めると、おまけの袋をさっと手に取る。
天使の羽を生やした四つ足の可愛らしい……
「豚(シュバイン)??」
「幸福の豚(グリュックスシュバイン)だって。カナリッジで豚は幸福の象徴でしょ??」
──このチョコレート食べた人に幸せが訪れますように、だって──
※※
住処の城に戻るなり、うんと甘いミルクティーと砂糖なしのミルクティー、そして幸福の豚チョコレートを用意し、スタンの私室へ。
「にっ……、が!?」
「そーお??あたしにはちょうどいいかもぉ??」
ベッドサイドのテーブル席。
一口齧った途端に固まるスタンとは反対に、ロザーナは一個目をぺろっとたいらげ、二個目に手を伸ばす。
スタンの舌には合わなかったかなぁ。もぐもぐしながらちょっと反省する。
「もしダメなら無理しなくてもいいからねぇ??」
「問題ない。少し驚いただけだし、これはこれで美味い」
「よかったぁ。紅茶もお代わりあるからねぇ」
「うん、ありがとう」
そう言って、カップに口をつけるスタンは数ヶ月ぶりに柔和な笑みを浮かべていた。
幸福の豚のお陰かどうかは神のみぞ知る。
(了)