お疲れ様です。
本編がえらいことになってる逃避(?)で、恋に悩めるスタンのSSを書いてみましたのでご笑納ください。
夜と朝の隙間のアメジスト、きらめく水面のアクアマリン、若草萌えるペリドット、虹を集めたオパール。
ショーウィンドウ越しに数多の宝石を眺めては、どれも違うとスタンは頭を振る。
目つきと顔色の悪い小男が宝石店を覗き込む。傍から見たら怪しいことこの上ないし、営業妨害とみなされるかもしれない。
だったら、さっさと入店すればいい。入店して、彼女に最もふさわしい贈り物を探せばいい。
頭ではわかっているのに、回転扉を押す勇気が持てずにいる。
自他ともに認める柄が悪い風体のせいじゃない。
本当に彼女が喜んでくれるか、不安でしかたないのだ。
誰もが振り向く魅力を持つのに、彼女は着飾ることに全く興味がない。
服は清潔で機能的であれば何でもよし。化粧も日焼け止めのみ。
唯一身に飾るのは月長石のピアスと白檀の香水くらい……だが、あれはどちらも母親の形見。
やっぱり、やめておいた方がいい気がしてきた。
そもそも深い関係になったのだってつい最近なのに、高価な宝飾品を贈るのはさすがに重いし引かれるかもしれない。
踵を返そうと振り返り──、かけて、動きが止まる。
よりによって一番見られたくない相手に見つかってしまった!
『気配に気づかずあっさり背後取られるなんて、ダサ。休みだからって気抜きすぎじゃない??』とかイヤミをぶちかますに決まって──
「何してんの??さっさと入ればいいじゃん」
顔と声は心底呆れ返っていたが、アードラの反応は意外なものだった。
「なっ、お前……、なんでここにっ?!」
「ここの店員で一番かわいい子とちょっと仲良くしててさ。そろそろ休憩時間だろうから会いに来たんだよね」
お前、三日前に銀行の窓口嬢を口説き落としたって言ってなかったか??その一週間前はパブの歌姫と手繋いで歩いてるのを見かけたんだが??
過去や境遇同様、仲間の私生活の詮索はご法度。だが、仮にも精鋭なのだから、痴情の縺れで刺される事態だけは避けてほしいところ。
「……ちょっと待て。なぜ扉を開ける」
「あんたがいつまでもうじうじ尻込みしてるから。見ててイライラする」
「じゃあ見るな」
「だってあんたが店に入ってくれないと僕がデートできないし。人の恋路ジャマしないでよね」
何が恋路だ。何人も同時進行してる癖に、どの口が抜かす?!
「あ、ダイアンちゃん??この不審人物、僕の仲間でさ。彼女への贈り物探してるみたい」
「おい、勝手に……」
「じゃ、あとはよろしく。この人愛想ゼロで接客大変かもだけど、頑張って。あとでデートしようね」
アードラの爽やかな笑顔を向けられ、ダイアンちゃんなる女性店員は頬を染め、かしこまりました、と、楚々と答えた。また一人、奴の毒牙にかかった……、と、軽く同情を覚える。
スタンの内心などつゆ知らず、張りきって接客を始めた女性店員に何が欲しいのか尋ねられ、しばし考え込む。
指輪は銃を扱うのに邪魔だしサイズを知らない。ペンダントも戦闘中に首や髪に絡まる危険性がある。あとは、ピアス、か。
ピアスなら、まぁ、宝飾品でも気軽に贈れる部類、か。
とはいうものの、今度はどの石がいいかが迷う。
彼女の美しさに霞むのは駄目だ。美しさに磨きをかけるもの、それもあからさまにではなく、ごく自然に。淡い月の光で輝きを増すような──
ふと、隅の方のショーケースを覗いてみる。
少し値の張る商品が並ぶケースらしく、他と額が一桁、中には二桁違う物もある。
オレンジがかった照明の下、艶々と黒光りするピアスに目が吸い寄せられた。
「すみません、それ、出してもらえないか」
「こちらの黒金剛石のピアスですね。かしこまりました」
ケースに厳重にかけられた鍵が外され、トレーに乗せて差し出されたピアスの石は形こそシンプルな球体型だが、深淵を思わせる闇色に心を奪われた。
この闇こそが月の光にふさわしい。闇があるから月は輝くのだから。
「このピアスをくれ。箱と包装も頼めるか」
「ありがとうございます。今ご用意させていただきます」
会計と包装の準備で女性店員が一旦奥へ下がっていく。
よく考えもせず直感で決めてしまったが──、否、今更不安がってどうする。
素直に『似合うと思ったから』と一言伝えて渡せばいい。
ごちゃごちゃ悩むな。考えるな!
数時間後、スタンが素っ気なくピアスの箱をロザーナに突き出した瞬間、押し倒される勢いで抱きつかれたのは言うまでもなかった。
(了)