その一
黒く細い糸を頼りにガーリーは早足で進んで行く。この細さだとだいぶ遠くまで行ってるのが分かる。話しかけても返事はない。
黒い糸はガーリーの前を同じスピードで蛇のように進んでいく。やがて糸の歩みは止まった。
「おい、ゼリー。見つけたんだな」
ガーリーは声をかけたが糸はまだ無言のまま。
糸を頼りにガーリーは歩く。糸はだんだんと縮み膨らんできて、小指程の太さにまで縮むと声を出した。
「修道院だ」
今度はガーリーが無言のままで歩き続ける。軽い息切れ。
「もう息切れか。やはり運動は必要だぜ」
「疲れるのはやらん」
ガーリーは答える。
糸はどんどん縮み集まり丸くなる。先端が見えた。先端が丸くなった黒い玉になるとバウンドし、ガーリーの肩に器用に乗るとダラリと崩れた。
「修道院だぜ。なんで修道院に入れるんだ?」
黒い玉だったモノが言う。
「修道院だった場所じゃないのか?」
ガーリーは答えた。
修道院が見える。カラスはもちろんだが、使い魔達も集まって来てる。
「ヘッヘっへ。攻撃してこないところを見るとくたばったかな」
ガーリーは笑って言った。
「探索が先だからな。すぐに魔法使うな……」
玉が言い切らない内に、ガーリーはガツリと玉を掴み、修道院の窓めがけて投げた。
「ゼリー、行って来ーい」
ゼリーは窓に当たる直前、フワッと広がり窓にぶつかるのを防ぐ。ゼリーが怒ったが窓の隙間からヌルリと入った。
ガーリーは辺りを見渡す。すっかり日が落ちて暗くなりもっと使い魔達が集まる。当然、他の魔物達も集まるだろう。
それくらい魔素が濃い。
ガーリーは思い切り息を吸った。久しぶりに濃い魔素だと思った。
ゼリーが戻って来るのを待ち切れず修道院のドアを開けた。ドアには鍵がかかっていなかった。
中は静かだった。ガーリーは呪文を唱えると三個の炎がガーリーの周りに産まれた。炎の中にはツノの生えた赤い鬼があぐらをかいて座ってる。
炎に揺らめくガーリーの影が大きく壁や階段に移る。
「ゼリー」
ガーリーは声を出すと上からゼリーが、頭に落ちてきた。
「ビビらせんなよ。危うく魔法使うとこだったろ」
「殺気はなかっただろ。アイツは抜け殻だ。けっこうな場所だぞ。ここは。封印してある扉と箱がある」
「俺様の出番だな。任せろ。どこだ?」
ガーリーの言葉にゼリーは身体の一部を伸ばし手の形に変えて指を指した。
「まずは地下だ。空気は澱んでるぜ」
ゼリーは言った。
「一応唱えておくか」
とガーリーは呪文を唱えた。見えない膜がガーリーを覆う。毒素や麻薬を身体に通さない防御系の呪文の一つ。
冷たい階段を降りると、二つの部屋。その奥に敷物で隠してある小部屋。部屋の床に扉。おそらく更に地下室へ通じるのだろう。
扉には頑丈な魔法がかかってる事を素人目にも分かるように呪文が書かれてあった。
「ガーリー分かるか?」
ゼリーも分からないらしい。ゼリーの問いにガーリーは首を振る。
ガーリーは解呪する呪文を唱えたが、動かない。二、三個立て続けに違う呪文を唱えるも開かない。
「まじかよ」
ガーリーは信じられない口調で言う。
「闇じゃないんじゃない?」
「光か?面倒だから使うか。ソニアの神よ。封印しめしソナタの心を解放せよ。アプト」
ゼリーの、待て。の声と同時にガーリーは最高の解呪呪文を唱えてしまった。が、扉はピクリともしない。
「ガーリーでも無理なんだな」
「床をぶち抜くか」
「無理だね。壊したらまるごと消えると思う。対価が違うんだ」
「ムカつくなぁ」
「鍵穴あるぞ。鍵を探せって事か」
「早く言えよ。無駄に魔法使ってしまった。タダじゃないんだぞ」
「だから待てって言ったじゃん」
「アイツはどうした?」
「ダメだね。抜け殻だ」
「どれだけの魔法を使ったんだ?」
「見に行くか?箱も二階だ」
「もちろん」
ガーリーとゼリーは二階へ向かった。
粗野な振る舞いの名前はガーリー・ストライク。強大な魔法を惜しげもなく使う魔法使い。
玉の名前はゼリー。変幻自在のスライム。
〜〜
その二
ブランズ村。ザメリカ王国とドシア王国の狭間にある大渓谷の一部にある辺境の村。
はるか昔、まだザメリカ王国とドシア王国が一つだった頃、神官達や僧侶達が修行をする場所で有名だったが、国が二つに別れたと同時に、徐々に世界から忘れ去られた村でもある。今では人口千人にも満たない小さな村。
そこで育ったらしいガーリー・ストライクが戦利品と共に帰って来たのは、旅に出て半年目の事だった。
村の入り口にはガーリーが帰って来たのを知った村人がすでに集まっていた。
村の酒場を経営してる村長役でもあるジニーの両親と抱き合った後、宝石の入った袋を渡す。ジニーの両親は袋の中身を机に開けた。歓声と拍手が上がる。ガーリーは皆に手を振り笑う。
机の上には色とりどりの宝石。
子供達がガーリーに群がる。ガーリーはもう一つの袋を渡した。その中には綺麗な貝殻や、キラキラと光る海砂が入っていた。
その晩は宴会が朝まで続いた。
昼前には村人の誰もが昨夜の事が何も無かったかのようにいつもの質素な生活を始めた。
宝石は商売人が少しずつ様々な街で金貨に替えて、村の財産となる。
ガーリーの事も宝石の事も村の秘密だった。
ガーリーはバージリン村の離れにある今は使われない修道院を住処としていた。
村長には何も変わった事がない事を聞いていたが、ドアの前に赤ん坊が置いてあるのは知らなかった。
「おい、こりゃエルフの赤子だぞ」
肩に乗ってた黒スライムのゼリーが言った。
「誰が置いたんだ?エルフなんて危険だぞ。下手すりゃ戦争になるぞ」
ガーリーは言った。
警戒して家へ入る。静かだし気配は無し。変わった箇所も無し。ゼリーが触手を何本も伸ばし家中を探す。
「何も無し」
ゼリーが言った。ガーリーは赤ん坊とカゴの中を探すも手紙も何にも無かった。が、香ばしい匂いがした。
「産まれてるぞ」
ガーリーがゼリーに言った。
「何が?あ、ひょっとして?」
「そう。臭いぞ」
「取り替えれば」
「俺が?何で?」
言い合ってる時に赤ん坊が泣き始めた。
「どうするよ?」
とゼリー。
「どうするもなにも。着替えなんかないぞ。とりあえず風呂入ろうか」
ガーリーは言い、汲み井戸の前で呪文を唱えた。水が動き出し、丸い水が宙に浮く。それをうまく風呂桶まで誘導させて、また呪文を唱えた。小さな炎が現れ水の中に沈める。水がお湯になるのが分かる。
「赤ん坊入れるなら熱くない方がいいぞ」
ゼリーが言った。ガーリーは赤ん坊を脱がす。香ばしい匂いが風呂場を充満させる。
「おい、女の子だぞ」
ガーリーはお湯をかけて女の子を洗い、風呂に入った。
「名前はつけない方がいいぜ」
ゼリーの言葉にガーリーはうなづく。
愛情が湧くのを防ぐためだ。
風呂から出て赤ん坊をゼリーに任せ、ガーリーはまた村の酒場に戻る。
村長は居なく娘のジニーが店番をしていた。
両親は二日酔いで寝てると言った。
「起こそうか?」
「いや、いい。なぁ誰か俺の家を訪れなかったか?」
「誰も来てないはずだよ」
ガーリーはうなづく。修道院へ行くには村を通るしか道はない。あとは、修道院の裏のカタコンベ(地下墓地)。崖に作られた半壊してる居住区。だが道順はガーリーとゼリーしか知らないはずだ。
「村でみてあげるよ。乳母もいるし」
「それがエルフの子供なんだ」
ガーリーの言葉にジニーは少し驚くも、
「赤子なんでしょ。関係ないわ」
と答えた。ガーリーはしばし考え、
「後で乳母と父親を。出来れば日のあるうちに」
とジニーに言った。
数刻もせずに村長と乳母がやって来た。
〜〜
名前は難しいし。
その一は伏線張り過ぎてるし。
その二はおとなし過ぎるし。
さて悩み中(笑)