• に登録
  • 詩・童話・その他

思い出は錆びる

今晩は。
アリサトタカラです。

いつも拙作「錆色の木曜日」をお読みになって頂き、有難うございます。


今回の近況ノートはですね。
「錆色の木曜日」ももう大体2周年くらいを迎え、先日に漸く再びの毎週更新を掲げましたので、前回のノートに記した通り、
錆色の木曜日というものに少し触れたいと思います。



「錆色の木曜日」は、元々ツイッターで遊んでいた「140字SS名刺メーカー」というサービスで思い出に在る写真に言葉を添えていたものを取り敢えず遺しておこうというだけの積りで作っていました。

まああの、結局SS名刺遊びはあまり続かず、代わりにこの場所で記憶となった時間を言葉に変えていくようになったのですが。


錆色の木曜日 について。


突然の話にはなりますが、自分はある出来事をきっかけに、どんなにだいじなひとのことでも、30分くらい見ないで居ると顔と声を忘れる、というモノを抱えることになりました。

友人や仲間、先輩や後輩、といった親しいけれど特定の時間しか会わないような方々の事は勿論、
それよりも多くの時間を共有する恋人や、朝夜家で毎日見る家族のことさえも例外問わず。

顔や声を忘れるといっても、一時的に思い出すことが非常に困難になるだけで、日常生活に支障はありません。会えば、ああ。あのひとだ。と割と直ぐに自分の中で合点がいきます。


ただ、それだけならよかったのですが
困ったことにエピソードも忘れてしまうことが徐々に増えてきたんですね。
割と盛り上がった会話も、何気ないやりとりも、こころから楽しかったと思った時間も
メモや写真を遺しておかないと欠片も思い出せない。


今は慣れましたが、不便は不便ですし、なにより、どうしようもない不安や哀しさに覆われて見えなくなってしまうことも多々ありました。

身体に特定の異常があるわけではないので、精神的なモノだと思います。
だからいつかは、気づいたらそんなことなくなっていた、というのも有り得ます。

そう分かりつつも、思い出せないことに

「思い出は錆びるのだ」と
思ったわけです。


どんなに綺麗な思い出でも、
生物と同じように時間をかけて年を重ね、
管理もされずに上から上から次々に新しい思い出が降ってきて、
蓄積される思い出は古いものから1秒毎にしわに沈み、根を張り、マンホールの先のように見通しのない深さまで伸びて、じわじわと黒ずんで蓋をしていく。

そういう錆びていく思い出を、根っこから掘り起こして、歌うように言葉を遺していくことで、沢山の錆をまとった自分が保たれて、錆はいつか塊になって宝箱になると信じて見つめていきたい。


だから錆色なのです。


木曜日は…単純に、「Jupiter」がすきなんです。「木」がすきなんです。一週間の折り返し下降側で少し気が「休」まるからすきなんです。「木」が、一生手放せないであろう絵と言葉と歌について自分に力をくれたので。「木曜日」がすきなんです。


だから、「錆色の木曜日」にしました。


いつか、この錆びた宝箱の中を眺めても泣いたりしないよう、これからも時間を遺していきます。

きっと、この宝箱の中身の何かが誰かにとっても錆びた思い出を掘り起こすスコップになれたら。


そんな願いをひそかに詰めてます。



それでは。



コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する