別面、としていますが、分類としては昔日に属するかもしれません。
別面:過去と覚悟
振り返れば見える「過去」という光景には、まず真っ先に後悔が湧き上がる。
争いごとは絶えなかった。それは人同士であったり、神の権能の影響であったり、あるいは誰も想像していなかった災害であったりした。
誰かどうか守って。あの子をあの人をどうか守って。その願いと祈りが降り積もって、私という神格は出来上がった。
無事を。生存を。
願うしかない人々と、脅かされる人々と。その両方が存在したから。幾柱もの神が生まれる程に、それを願い祈る心が多かったから。そして、その為の神がいなかったから。
たくさんの命を奪う武器が創れても。山や谷や大陸だって壊せても。守るという事が……自分達よりも圧倒的に弱い存在と付き合う事が、最初の神々はとても苦手だったから。
行く当てが無く、けれど尽きることなく捧げられて湧き上がる、世界に降り積もった願いと祈り。そこから生まれた神は、私を含めて皆弱かったけど。だからこそ人を害さず守るという事が簡単だった。
だから守った。ひたすら守った。願いと祈りが聞こえる限り、持てる力の全てで守り続けた。
人は笑ってくれた。人は感謝してくれた。それが弱い私を少しだけ強くしてくれて、その分だけ、ほんの少しずつ守れる範囲は広がっていった。
でも――――守れなかった。
守って下さいと心の底から願われたのに。
共に守りますと、命を賭してくれたのに。
破壊の神々の権能は止まらなかった。止められなかった。あんなに願いと祈りをかけてもらったのにも関わらず、一握りもないような小さな場所しか残らなかった。残せなかった。
創造の神々に世界の再生を任されて。それを一番の友神も手伝ってくれて。外の世界から人を招き、少しずつ、本当に少しずつ、世界を直していったのだけど……結局は何もかもがばらばらなまま、最初の破壊の神の手で、世界の終わりは訪れた。
抱えた道具箱を返す当ては無く、かといって、今まさに唯一だった居場所を失った私達は、状況に流されるままにとある世界へ身を寄せた。
それは、外の世界から人を招く、という事を教えてもらった、世界の間を渡り歩く神の紹介だった。その神はどこかへ行ってしまったし、生まれたばかりの世界は既に神々の役割が定まっていて、私達のやる事というのは無かった。
――まぁでも、平和だね
――そうですね
私達を知る人が居ない。願いや祈りが数える程も届かない。それは、最初の内こそ不安だったものの……私は守る為の神。争いが、災いが、不安が、恐れが、人の心に無ければ出番はない。そして、出番がないなら、それでいい。
出番なんて、無くたっていい。神に祈り願う程、人が脅かされている。そんな事は無い方がいい。だから久々に、世界の片隅からのんびりと、この世界の神々の様子と、人々の生活を見守っていた。
世界が変わっても子供は相変わらず可愛いし、その子供はあっという間に親になるし、子供を守る親は強い。どうか守って、という祈りそのものが絶えている訳ではなかったのは、少しだけ悲しかったけど。
けれど。
その時は、来てしまった。
世界が無理矢理引き裂かれて、大きな穴が開く音。世界が終りかける時に、何度も聞いた不吉な音。それをこの世界でも聞くことになるなんて思わなくて。
前と違ったのは、私には力が無かった事。どうか守ってという祈り。誰か守ってという願い。守る為に費やされる誰かの大事な人の命。それが分かっていても、見ている事しか出来なかった。
神というのは、人に傾けてもらった心の分だけの力しか持たない。私達をほとんど誰も知らないこの世界で……私達に心を向けてくれる人なんて、居る訳が無かったのだから。
だから驚いた。
世界を渡る神が繋げてくれた縁の先に、再び繋ぎ直されたものが含まれていた事に。それが1つではなかった事に。何だかんだと言いながら、大体はいつも私より冷静な友神が、珍しくはしゃいでいた事も。
その縁のお陰で、私は誰も知らない神では無くなった。……ちょっと知られ過ぎじゃないかしらと思わなくもないけれど、力はあった方が出来る事は多いから。
今度、なんて、無くて良かった。
世界が滅ぶ危機なんて、無い方が良かった。
でも。
二度目は、来てしまったから。
あの時壊れてしまった事は変えられない。
あの時守れなかった事実は消えない。
そこにあるのは深い深い後悔だけで、きっと私が、その痛みと傷と冷たさを、忘れる日は来ないだろうけど。
――――“今度”は、守るよ
――――えぇ。“今度”こそ
失った事があるからこそ。
守る為の、絶対に揺れない覚悟になった。