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自由競争の限界について:「第4回カクヨムWeb小説コンテスト」に参加いたします

 相羽です。

 お知らせ。



●新作長編異世界ファンタジーSF小説『少女輪廻協奏曲 ノギクとヴェドラナの愛』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887332558



 で、

 12月1日(土)よりはじまる、



●「第4回カクヨムWeb小説コンテスト」

https://kakuyomu.jp/special/entry/kakuyomu_web_novel_004



 に参加いたします。

 京アニ大賞に応募して落選した作品を加筆・改稿したものなので、最近僕がハマった作品のキーワード的には「アタシ 再生産」であり「ゾンビランドアイバ」ということで、今年のノリの集大成で12月はいくぞい、という感じです。

 どうでしょう。

 「カクヨムWeb小説コンテスト」は2016年の第1回の時も小説『非幸福者同盟』で参加していて、確か最高で読者選考期間中のコンテストのジャンルランキングの50位とかそれくらいに表示されるくらいまでいって、結局読者選考は通過できなかったのでした。

 今度はもうちょっとちゃんと準備して、新作でもう一回参加してみるかたちとなります。今回は、ちゃんと読者選考期間が終わる来年一月の終わりに、作品も完結するようになってるのでしたw

 同じKADOKAWA系列の賞(土台にあるのは自由競争)に自分も参加してみると言っていて、自己矛盾にもみえるかもですが(実は、論理学の捉え方、一般的に「論理」と言われるものをメタ論理的にどこまで想定するかによっては矛盾ではない)、それにしても競争で勝ち残った一部に大部分が集中しているなと。

 もう一つ、時間が間に合うようだったら僕も短編を応募してみたいと考えている、こちらの「カクヨム」さんの企画。↓



●【12月2日締切】小説×音楽×動画 新進気鋭のアーティスト「X→LIST+」新曲ストーリー原作者募集・応募開始!

https://kakuyomu.jp/info/entry/xlist_novel_start



 こちらの動画↓



https://www.youtube.com/watch?v=NnLftGgTnSw



 とか、今、僕は毎日聴いています。

 ただ、それでも再生数は現在400程度(この動画単体の場合。投稿されてる動画全部の総再生数だともっといきます)。テキストと動画を一概に比較できませんが、僕のブログの一日のPV以下です。(自慢したいとかじゃなくてね。実感をともなって比較できる一番身近なものが自分のメディアというだけで)

 競争をかなり上まで勝ち抜いて大部分(主にはお金とか広報リソースとかですが)が集中するステージまでは入らないと、たとえば商業のKADOKAWA系列の「カクヨム」さんとタイアップしたとしても、再生数的にはこれくらいなんだなと。

 現在、淘汰の末に様々な要因で勝ち残った『やがて君になる』や『ソードアート・オンライン(SAO)』などに人もお金も祝福も一気に集中しているのですが(そしてもちろん『やが君』も『SAO』も素晴らしい作品なのですが)、こういった一握りの勝者に全てが集中する力学を東浩紀さんの『ゲンロン0 観光客の哲学』では「スケールフリー(統計学では「べき乗則」)」の概念で捉えています。WEBを例にしてみると、ごく少数の強いページ(ハブ)に膨大な数のリンクが集中している一方で、大多数のページにはほとんどリンクが張られない。

 それは、まあ自由競争とか弱肉強食って、行きつくのならそういうことなんですが、勝者と勝者に付いていって恩恵を受けられる人はイイとして、勝利とは遠い場所で倒れかけてる人とか、もう倒れてる人とか、倒れてる人を何とか手助けしようとしてる人とかはどうなるんだろう……ということは十四年前くらいから考えていたりします……。

 もう本当に倒れ伏してる人を、ここ数年かなり見かけますヨ。

 最近のオタク業界(というようなものを想定するとして)を見ていると、表面的にオタク向けを標榜しながら、実質はオタクをパージして大リア充世界(「スケールフリー」の大部分が集中する側と相性がイイ)を作りましょう側の力学でやってるウェーブだよなと思われるものもけっこうあったりで。

 そして、当のパージされる側のオタクが、一生懸命パージしようとしてる側を支持していたりして、ええ!? どういうこと!? そういうことはあんまり考えないの!? と時々思ったりすることもあり……。(あんまり言わんでもいいことですが、この切り捨てられる側が、切り捨てようとしてる側を一生懸命支持してるという構図は、政治とか社会とかにも見られたりですな。マーケティングとか『影響力の武器』的な心理学とかを力として持ってる側コワイアルネ……)



●ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器: なぜ、人は動かされるのか』(誠信書房)

(この書籍も、購買心理学の話ではもう古典という感じですが……。今のマーケティングはAIを駆使したりしてきてるので……。)



 この力学「だけ」ではあかんでしょということで、たとえば東浩紀さんは「誤配」という概念を一連の「ゲンロン」の仕事で提示、実装していっておられるわけですが。



●東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』(株式会社ゲンロン)



 そのままだと強いページ(ハブ)に繋がるはずだったリンクを「接ぎかえて」、本来だったら届かないはずだった小さいページに届くようにしてみる(表面的には「誤って」配達されたように見える)……みたいな概念ですかね。めっちゃざっくりとは。

 僕は、「誤配」はだいぶイイなと思いつつ、もうちょっと「存在論」と「技術開発」を両義に用いて別解を提示、実装していけたらなら……ということを最近はやってる感じです。

 最近の活動、



●「少女☆歌劇 レヴュースタァライト最終回の感想~愛城華恋と再生産」の記事

http://aiba.livedoor.biz/archives/52420183.html



 とか



●小説「少女輪廻協奏曲 ノギクとヴェドラナの愛」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887332558



 とか



●「来年からやってみようかなと仮説とか準備してること」



 とかは、全てこの方向ですね……。

 やり直せる、ということを守りたいという気持ちがあったりします。

 強いページ(ハブ)になれなかったとしても、やり直して、再生した後は(たとえ小さいページだったとしても)その存在なりに報われる……というようなこと。

 僕の母親、十四年前は意識も戻らなかったのですが、現在は車椅子生活ながらある程度話したり短い時間なら補助してあげれば少し歩いたりもできます。

 これ、脳にダメージがあって一度壊れてしまったのですが、最近の研究だと、脳には一度壊れても、別な(神経の)経路を接ぎかえて再生しようとする力があるのが分かってきています。

 色々ありますが、ガチ論文とかじゃないのだと、ディーパック・チョプラ博士の書籍の話とかですかね。若干、スピリチュアルっぽい感じもある博士ですが(え)。



●ディーパック・チョプラ『SUPER BRAIN』(保育社)



 茂木健一郎氏(脳科学者として有名というか、Twitterで有名というか)とかも、推薦文書いてる本だよん。

 そんな話まで、世の中の話とかとリンクさせるの!? という感じですが(物理学とか生物学とかのモデルが、社会科学みたいなモデルにどのくらい適応できるのかという点には様々な立場があります)、十四年前に意識不明の母親に対して祈り、言葉をかけて、ということを僕がやっていた頃、母親の脳の方は接ぎかえる方向で再生をがんばっていたのかな、なんて思ったりもします。

 僕が一度ダメでも接ぎかえによって再生するのに助力するというようなことに本質的に惹かれるのは、もしかしたらその頃からもうはじまっていたのだろうか、などと考えてしまうこともあったりします。

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