• 異世界ファンタジー

うつつな日常 01 黒猫


 暗い道路を歩いていた。歩いても歩いても人とはすれ違わない。確かなのは、ここが街中の住宅地で、今僕は家に帰る途中だという事。
 電灯がいくつも並び、足元を照らしてくれるが、近年問題視されてる歩きスマホをしている僕には、あまり有り難みは無かった。
 しかし、前を向かないわけにはいかない。
 それは子供の頃によそ見で電柱にぶつかったトラウマによるもので、定期的に画面から目を逸らさないと安心して歩けないのだ。
 でもそれは当たり前のこと。
 お偉いさんに言わせれば歩きスマホは論外なのだ。正直、そんな事は知っている。
 でも、手持ち無沙汰になると、ポケットに入っていたスマホを右手に構える僕がいる。
 詰まるところ僕は、スマホ依存者であった。
 そんなスマホ依存症の僕が、歩きスマホでの帰宅途中、習慣づいた前を見るという癖を行いながら夜道を歩いていると、一つ前に見た時には無かった筈のものが、電灯に照らされていた。
 それは一匹の黒猫だ。
 真丸い目を金色に光らせてこちらを見る様は、まるで肉食獣の様で、それでいて満月みたいであった。月が二つ、上に一つ。
 生憎空は曇りで月が隠れているのだが、目の前の月からは、なんらかの魔力が宿っているみたいで気味が悪かった。
 僕の心を覗かれている様で。
 心をどこかに置いてきた僕の生を、否定されている様で。
 だから僕は、走ってこの場を後にしたかったのだが、どうやら時間が止まっているらしく、身体が動かない。
 どうしたもんかと思ったが、結局どうも出来ずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 どれくらいの時間そうしていたかは分からない。ただ、気づくと僕は、家の前にいた。
 どうやって戻ってきたのかは分からない。
 今までの時間が嘘だったかの様に、僕は再び日常へと戻っていた。
 あれは一体何だったのだろうか。
 何故あの黒猫はあそこで、死んでいたのだろうか。あんな道路の真ん中で。
 僕には何も分からない。
 孤独だったのかもしれないし、縛られていたのかもしれないし、見つけて欲しかったのかもしれないし、甘えたかったのかもしれないし、嫌われたかったのかもしれないし、好かれたかったのかもしれないし、
 まだ生きてるって、証明したかったのかもしれない。
 死人に口無しとは、まさにこういう事を言うのだろうな。
 僕はそんな事を考えながら、普段の日常死活へと戻って行った。
 僕はもう生きては居ない。

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