「お前ら、変わってるな?」
「そうか?」
軽く駆け足で南の森へと向かいながら、ルシアノがハルへと話しかけた。Bランクの冒険者の集まりだけあって、これぐらいのスピードでへばる者はいない。男性二人から少し離れた後ろからは、ソラとミレーヌが会話しながら並んで走っている。
「わざわざ貧乏籤など引く必要ないだろうに……まあ、俺は助かったんだが」
「ははは……まあ、あれだ。逆の立場だったら、あんたも同じことをしただろう?」
「ふん」
ルシアノが軽く鼻を鳴らすと、ハルが「くくく」と笑った。
「別に高尚な目的を持っているわけじゃないが、冒険者なら、たまには人の役に立つ仕事もすべきだろうからな」
チラリとハルを見たルシアノは、その言葉が虚勢を張っているのではないことを見てとっていた。
「そうか……まあ、せいぜい死なないようにな」
「心配しなくても、自己責任は分かっているから大丈夫だ」
冒険者の仕事は、死と向き合うことが多い。魔物や魔獣の討伐もそうだし、護衛の任務も同じだ。魔物や盗賊はこちらを排除しようとするのが常だ。自分の実力が足りていなければ、待っているのは「死」であることは確かだった。そして死の責任は自らが負うべきものだった。
「――そろそろ着くぞ」
そしてルシアノが、歩を緩めた。
日がまだ高い街道だったが、行きかう人々は少ない。ここまでくる間に、わずかにすれ違った程度だ。もっとも、一般市民が巻き込まれるようなことがあれば、戦闘を行うに当たって「お荷物」なのは確かだから、誰もいない方が助かる。
「ここだ」
ルシアノが指し示した地面には、街道を横切るように、5本の並行してうねる足跡がくっきりと残されていた。左からやってきて、右の森に入っていったのだろう。
「こっち側には何がある?」
右の森を指さすハルにルシアノが答えた。
「遺跡だ。古い遺跡が奥にある。かなり昔に発掘されてしまったがな」
「そうか……だが遺跡なら魔力溜まりがあるかもしれん。ビッグサーペントがそれに釣られた可能性はあるな」
「ああ」
「よし、じゃあ注意しながら、遺跡に向かおうか。ソラ、警戒は頼む」
「ええ。任せて」
ハルの言葉にソラが答える。そして、ルシアノがミレーヌに視線を送るとミレーヌが小さく頷いた。ミレーヌは虎の獣人と人族とのハーフだ。探知は優れている。女性二人が警戒に当たってくれるようだ。
「フォーメーションはどうする?」
「そうだな……」
ルシアノは少しだけ考えた。
この「調査依頼」のきっかけがルシアノだったため、自然とリーダーのポジションになっている。そして、残りの三人は特に疑問も抱かずに指示に従う姿勢を見せていた。「俺様」が多い冒険者が臨時のパーティを組んだ場合、これだけスムーズな連携はまず望めない。
「盾もできる俺が先頭を行く。その次がハル、そしてハルと連携がとりやすいソラ。最後尾はミレーヌに任せる」
「わかった」
「わかったわ」
「わかりました」
そして、ルシアノたちは森の中へと足を踏み入れていった。
■□■□
「ハル!」
「任せろ!」
「剣技」のスキルでビッグサーペントを切り捨てたハルが、ヘイトを集めていたルシアノと背中合わせになる。二人の正面では、それぞれ鎌首をもたげたビッグサーペントが口を大きく開けて威嚇していた。
そして、噛みつこうと飛び込んできた蛇を、ルシアノは拳で、そしてハルは剣を振るってむかえうった。
「うぉら!」
ドゴン!
「ハッ!」
スパッ!
「「ウギャーーーッ!」」
ビッグサーペントの悲鳴が重なり、地響きと共にその体は地へと伏した。朽ちた遺跡の入り口が見える大きな広場には、これで合計5匹のビッグサーペントが横たわることとなった。
「よし! これが最後だろう。ミレーヌ!」
ルシアノの呼びかけに、広場の入り口に生えていた大木からミレーヌが飛び降りてきた。
「はい。もうこの辺りにビッグサーペントの気配はありません」
「私の探知も、何もひっかからないわ。もう大丈夫よ」
同じく大木の影から現れたソラが杖を掲げて、「治療」のスキルを二人に掛けながら答えた。
「これぐらいの怪我など、唾をつけときゃ治るのに」
「……ミレーヌ、あなたは苦労しているのね」
「はい。ソラさん。お分かりいただけて嬉しいです」
ミレーヌとソラが顔を見合わせて小さく笑った。ここまでの道中、女性二人はかなり仲が良くなったようだ。
「それにしても、私たちは出番がなかったわね」
ソラが少し膨れながら言うと、ルシアノが笑った。
「そりゃ、その方がいいに決まってるだろ。なあ、ハル」
「まあな」
当然と言わんばかりのルシアノに答えながら、ハルは倒したビッグサーペントの頭を落とすために近寄った。ビッグサーペントは「仲間呼び」というやっかいなスキルを持っている。すでに死んでいるとは思うが念のためだ。
その時――
キーーーーーーーン!
「しまった!」
高い耳鳴りの音に、ルシアノはすぐさま遺跡の入り口へと駆け寄った。そして、入り口から顔を出して大きく口を開けて叫んでいるビッグサーペントを殴りつけた。
ドガーーーン!
強烈な音と共に、ビッグサーペントが吹っ飛ぶ。
「もう一匹いやがった。『仲間呼び』を使われた! 来るぞ!」
すぐに、全員がルシアノの元へと集まり、背中合わせで円形の陣を作った。そう、今の高音はビッグサーペントが「仲間呼び」のスキルを使った際の音だ。この音は近くにいるビッグサーペントだけでなく、ビッグサーペントを「捕食」する魔物や魔獣も引き寄せることがある。
周囲に、おびき寄せられるビッグサーペントや魔物がいないことを祈るルシアノだったが……
突然、強烈な異臭が鼻をついた。
「遺跡です!」
ミレーヌが小さく叫ぶと、強烈な圧(魔力)が遺跡の入り口から溢れてきたのが分かった。
「離れるんだ!!」
ハルの言葉に、陣形を変える4人。遺跡の入り口に向けて対峙する。前衛が男性二人、そして後衛が女性二人のフォーメーションだ。
「「「グルルルル」」」
嫌な臭いと共に聞こえてくる三つの唸り声。
「う、うそ……」
ソラの驚きの声を後ろに聞きながら、ルシアノの前に現れたのは――
三つの首を持つ魔獣、「ケルベロス」だった。
チラリと視線をかわすルシアノとハル。そして同時に頷く。阿吽の呼吸で戦いを決意した二人は、高ランク冒険者に相応しい資質を持っていたといえよう。
ケルベロス――高い防御力を誇り、三つの首が獲物を交互に噛み付き引き裂く様は、「魔城の番犬」と恐れられていて、数十年に一度しか目撃例はない。その目撃例も遺跡がほとんどだったが、まさかこんな朽ちた遺跡にいようとは……
ルシアノは唇を嚙みしめた。
ケルベロスはSランクの魔獣だ。放置はできない。万一、街を襲われたら騎士団が常駐していない街など半日でボロボロにされる。
もっとも本当なら、誰かを街に知らせに送り出したい。だが、ケルベロスに対して背中を向けるのは悪手でしかない。なぜなら、向かってくる敵には噛み付きや引き裂くといった物理攻撃しかしてこないが、逃げようとする敵には、三つの口から高い威力の魔法攻撃を放つからだ。
Bランクの自分たちが、どこまで食い下がれるかは分からない。だが、せめて首の一つ、いや手足の一本でももぎ取ることができれば、時間稼ぎはできる。今日、ビッグサーペントの調査依頼に向かったことを冒険者ギルドは把握している。異変を察知してくれれば、応援を呼ぶチャンスが作れるだろう。
ルシアノとハルは、それぞれのパートナーに後ろ手でハンドサインを送る。
そして、二人が頷いたのを気配で察したルシアノとハルは、すぐに行動に出た。
まず、ルシアノがケルベロスに「縮地」のスキルで近づき、一つの首を全力で殴った。
ボコッ!
鈍い音と共に、その首が横にぶれる。同時にルシアノの頭上からミレーヌが現れ、その首にナイフを突き刺そうとして――はじかれた。
固い!
ルシアノとミレーヌの行動に合わせるように、今度はソラがハルに、補助魔法スキル「俊敏」をかけた。ハルは1.5倍に上がった素早さを生かしてケルベロスに近づくと、ルシアノとは反対側の首に剣を振るった。
ガキッ!
しかし、ハルの剣もケルベロスの首は容易にはじいた。
「遅緩!」
今度は、ソラがケルベロスに対して行動遅延となるのスキルをかけるが、「グォーーッ」と吠えられた。
「失敗したわ!」
ケルベロスの動きに変化はない。状態異常のスキルは、ハマれば効果は高いが、ステータスレベル差などによりレジストされやすい欠点がある。そしてケルベロスはSランクの魔獣だった。そのステータスレベルは、間違いなくここにいる4人よりも高い。
何より――
「魔城の番犬」と二つ名があるぐらい、ケルベロスの防御力は高い。ステータスレベル差がもしなかったとしても、攻撃を通すのは簡単ではなかった。
「ソラ! 俺にも速さと力の補助をくれ!」
ルシアノが叫ぶと、一瞬だけ戸惑い、そしてソラは補助魔法をルシアノへと連続して飛ばした。ステータスアップの補助魔法は、上昇したステータスに慣れていないと、かえって動きが悪くなる。だが……ソラはルシアノを信じた。
「俊敏!」「豪腕!」
ルシアノの体が白く光る。
「うぉおおおお!」
そしてルシアノは、再びケルベロスへと突撃した。
ドガーーーン!!!!
その威力は、ケルベロスの体を後退させるに十分だった。
「「「ワオーーーーン!!!!」」」
怒りに震えるケルベロスが、三つの首で一斉に吠え――威圧が4人を襲った。
「くっ!」
ハルが剣を盾にするが、次の瞬間、ケルベロスがその横を風のように通り過ぎた。
ブシュッ!!!
ケルベロスの牙に切り裂かれたハルの胸から血しぶきが上がった。
「マハル!!!」
ソラの悲鳴が上がる。だが――次にケルベロスが向かったのはソラだった。
「キャッ!」
その突進を受け、ソラの体が宙に舞った。地面をゴロゴロと転がるソラの足が捻じ曲がっている。さらに脳震盪を起こしたのか、ソラは立ち上がれない。
「ハル! ソラ!」
ルシアノが、倒れたソラに噛みつこうとしたケルベロスに後ろから拳をぶつけて体制を崩す。そのわずかな隙に、ミレーヌがソラを助け出した。
くそっ!!
こんな僅かな時間で、ハルとソラがやられてしまうとは……
二人とも命はまだ繋がっているが、ハルは出血が多く、ソラはまだ意識がもうろうとしている。ソラを連れてハルの側に移動したミレーヌが、ポーションをハルに使っているが効果は弱い。ねじ曲がった足の回復にも時間がかかりそうだ。そして――回復魔法はソラしか使えなかった。
ルシアノは、ハルとソラを守るように、ケルベロスの前で拳を構える。
何とか隙を作って、ソラとハルを脱出させないと……
ケルベロスから視線を外さずに、背中に回した手を使い、ミレーヌに指示を出す。
そして――ケルベロスは、頭を下げてゆっくりとルシアノへと近づいてきた。その口からは異臭と共に涎が垂れている。
ルシアノがタイミングを見計らい拳を振るおうとした瞬間――
「ウォオオーーン!!」
ケルベロスの三つ並んでいる首の真ん中が、大きく鳴いて口を開けた。
まずい! ブレスがくる!
狙いは――ルシアノの後ろにいるソラとハルだ。倒れた二人をミレーヌが戦線から離脱させようとしているのに気がついたのだろう。
くっ!
両腕を顔の前でクロスさせ、ブレスの衝撃に身構えたルシアノの前に――ミレーヌが降り立った。
「バカ!!」
そして、ミレーヌが正面からブレスの直撃を受け、ルシアノの頭上を越えて飛ばされた。
「ミレーヌ!!」
ドゴッ!
「くっ!」
吹き飛ばされたミレーヌは、遺跡の入り口に全身を打ち付けた。その口から苦悶の声と共に血が溢れ……そして、地面に倒れた。
「くそっ!」
素早く辺りを見渡すルシアノ。そして、動けるのが自分しかいないことを確認する。
もう覚悟を決めるしかない。「狂気」を使う!
「拳闘士」スキルの「狂気」の技能は一定時間、全ステータスを倍にしてくれるが、その効果が切れれば動けなくなる。さらに、「狂気」の発動中は、ほぼ正気が保てなくなる。敵味方関係なく、動くものに拳を振るうことになる。
幸い今は、他の三人は動けないでいる。だから「誤射(フレンドリーファイア)」は考えなくて良いが、もし倒せずに効果が切れれば、確実に全員の命が奪われることになる。
それでも……
諦めるわけにはいかない。何の義理もないのに加勢を申し出てくれたハルとソラ。そしてルシアノのために無理やり「調査依頼」を作って同行してくれたミレーヌ。誰一人、失いたくはない。いや――失うわけにはいかない。
「ウォオオオオーーッ!」
ルシアノは、大声で気合を入れ、「狂気」の技能を発動させた。
ルシアノの目が紅く光り――
ドゴッ!!!
懐へと飛び込んだルシアノの拳が、ケルベロスを吹き飛ばす。
だが――
ケルベロスも一回転して着地を決めると、即座に反撃に出た。
ガウッ!!
ドゴッ!!
殴り、そして噛みつくルシアノとケルベロス。
そして――少しずつルシアノの体は血塗れになっていく。いくら「狂化」を使おうとも、もともとのレベル差は倍以上あった。そして、その地力の差は、ダメージの差となって現れつつあった。
「グオーーッ!!」
ルシアノがグラリと体制を崩すのを見逃さずに、ケルベロスは大きく吠えて飛び込んできた。
ブシュッ!
必死に躱したルシアノの右目から血しぶきが上がった。
「ぐぉっ!!!」
くぐもった悲鳴を上げるルシアノは、薄っすらとした意識の中で、それでも直撃を受けずに済んだことに感謝した。右目など失っても惜しくなどない。
そして――
ルシアノは拳を振り上げ続ける。
ドゴッ!
ガオッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
ガオッ!
ドゴッ!!
ドゴッ!!
ガ……
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
地煙を上げながら振るわれるルシアノの拳は、少しずつ、ケルベロスを押し始めた。あまりの猛攻に、ケルベロスの表情が明らかに変わった。
間もなく「狂化」のタイムリミットが訪れる。だが、そんなことは関係ないと言わんばかりにルシアノは猛攻を続けた。
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
ドゴッ!
「「「キャウン!!」」」
そして、ついに三つの獰猛な首から悲鳴が上がった。
相手は弱っている。
ここだ!!!
本能がルシアノを揺れ動かす!
「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
虎の咆哮がルシアノの口から放たれた。
!!!!!!
その咆哮から伝わるあまりの威圧に、思わずSランク魔獣であるケルベロスが腰を落とした。
「ウォオオオオーーッ!」
その三つの首が分岐する根元に、絶叫したルシアノの拳がぶち当たる。
ドゴオオオオオオオーーーン!!
「狂化」の技能が解けたルシアノが、意識を失う前に最後に聞いたのは自身の拳が放った轟音だった――
■□■□
とまあ、こんな感じのケルベロスとの戦いで、この目は失われたのさ。もっとも「狂化」中はあまり覚えていないから、途中から意識を取り戻していたソラから、あとで聞いた話だがな。
何? 目は治さないのか、だって?
必要ない。この傷は、いつだって俺に諦めるな、と教えてくれる。まあ、なんだ。言ってしまえば御守りみたいなものさ。
……え? ケルベロスは倒したのかだって?
まあ、あれだ。当時は俺もまだBランクだったからな。さすがにSランクの魔獣を倒すことは無理だったさ。だがな……あの三つ首のワンコは尻尾を巻いて退散していったぞ。
もっとも、逃げる様子は俺は見ていないんだがな。ワハハハハ……どうだ、すごいだろう。
ん? どうした、ミナト? 突然、変な顔をして?
はぁ? 後ろ? なんだ、後ろって?
!!!!!
いや、ミレーヌ……
え? 書類がまだ残っているって?……い、いや。それはあれだ、ちょっと、ミナトが話を聞かせて欲しいと……どうしても頼まれてだな――
あ!……おい! ミナト! 逃げるな! おい!……ミナト!!!!
(本閑話は2/22に公開予定です)