※本編、72話~75話のときの話です。
我、レイクキャット。名前はまだない。
我、ここラーゼ湖に住まう魔物である。いわゆるラーゼ湖の主。なぜなら、我がラーゼ湖とその周辺で、一番強いからな。
もっとも、ラーゼ湖はラルゼの森の中にあるのだが、その森の奥には我よりも強い魔物がおる。さらに森の奥にある迷宮の下の方にいけば、もっともっと強い魔物もおる。
とはいえ、森の奥の魔物や迷宮深層の魔物が、わざわざラーゼ湖に現れることはない。これまではない。なので、我、安泰。
ラーゼ湖の近くには、ヒトが住む大きな都がある。確か、エルーゼという名の都市。なぜ、そんなことを知っているのかというと、時々、その都から冒険者と呼ばれる者たちがこの湖に訪れてくるからな。
我、かなり長生きしてる方だから、ヒトの言葉も覚えている。頑張れば、短い時間なら人の姿を取ることもできる、偉い魔物なのだ。
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我の居場所は、湖の中央。我がこの湖の生態系の頂点だからな。それに中央は、湖の中で一番深い場所。何かあったとき、泥の中に潜る余裕が一番取れる場所だ。
我、ナマズの魔物。だから、ちょっとだけ臆病。それも仕方がない。我、この湖で一番強い理由は、ステータスレベルが一番高いだけだから。実は、戦う力があまりない。
長く生きているから、スキルの種類は豊富に持っている。だが、我、あまりスキルレベルが高くない。だって、普段は湖の中にいるからな。
火の魔法?――水の中でどうしろと……
雷の魔法?――感電してしまうわ!
剣術スキル?――ヒレしかないんですけれど?
弓術スキル?――同じく、ヒレしかないんですけれど?
槍術スキル?――以下、同文。
ということで、いろんなスキルは持っているが、我が得意なのは「水」と「威圧」のスキルのみ。
だが、残念ながら湖の魔物は、皆、「水」関係のスキルが得意。なので、「水」のスキルの有難みが薄い。
結局、一番使うのは「威圧」のスキル。
なんたって、魔力を垂れ流せばよいだけだから簡単。
我、魔力が多いので、威圧すれば、皆が跪く。
「頭が高い!」
これ、我の好きな言葉。というか必殺技。
威圧しても向かってくるような相手がいれば、我、即逃げる。
怖いからな。
幸い、ここ百年ほど、我よりも高いレベルの魔物や人が近づいてきたことはない。
あと、我、ナマズの魔物だから危険を察知するのは得意。もちろん、その危険は地震だけが対象ではない。
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「ボス、誰かが近づてきています!」
ある日、フナの魔物、フーナが報告に来た。
「うん?冒険者か?珍しいな」
誰かが湖に近づいていてきているという報告だ。この湖にわざわざ来るのは、たぶん冒険者。というか、実力ある冒険者でないと湖までたどり着けない。
そして、ここ一年ほどは、冒険者は訪れていなかった。半年ほど前に、白鳥の魔物、スワワンが訪れた時に聞いた話では、この国のキングの奥さん、いわゆるクィーンが呪いを受けたらしく、すごくごたごたしているそうだ。
ちなみに、我、ラーゼ湖のキング。クィーンはいない。募集中。できればスタイル重視で……
「ユースリカたちの報告では、街道からヒトが2名、ハムハムとヒヨコが一匹ずつ近づいてきているそうです」
ユースリカは、湖周辺を飛んでいる虫の魔物。見た目、蚊に似た姿だが血は吸わない。というか、口がないから血が吸えない。我と同じく、魔力が主食。小さく弱いが、数が多いので湖の周囲を警戒してくれている。
「従魔を連れた冒険者なら、薬草目当てだろう。放っておけ」
この湖を訪れる冒険者のほとんどが薬草目当て。ここでしか採取できない薬草もあるからな。
冒険者たちがそこそこ強ければ生きて帰れるだろう。かなり強ければ目的の薬草を採取する余裕もあるだろう。そして――もし強くなければ、魔物の晩御飯になるだけだ。我、関係ない。
しばらくすると、再びフーナが現れた。
「ボス!湖のほとりに、ハムハムたちが集団で水を飲みに来ました。タガタガメが食事に向かいました」
「放っておけ」
魔物の世界は弱肉強食。弱い魔物は集団で行動して身を守る。だが、集団を蹴散らせる力を持つ魔物の前では単なる食材。これも世の理。我が関わることではない。
うん?
我の髭がピクピクし始めた。これは何か良くないことが近づいている予兆。
その時――
ド―――――ン!
遠くからすごい爆音と振動が伝わってくる。
ひーーーっ
衝撃波が我を襲う。
うわうわうわうわ
我、何とか衝撃波に耐えたが、報告に来ていたフーナは白目を向いた。ああ……我、横たわって水面へと向かうフーナをただ見ているしかできない。
しばらく経つと、今度は新たなフーナが報告に現れた。
「ボス!大変です!タガタガメ、全滅です!」
「な、何!」
おそらく、さっきの衝撃波を生んだ「何か」のせいだろう。少しずつ、身が震えだす。
ヤバい。これ絶対、ヤバいやつ……
我、息を殺して身を潜めることにする。いざとなれば、泥の中に逃げ込むし。
――しばらく時間が経ったけれど、いやな予感がどんどん膨らんでいく。
!!!!!!!
突然、我の頭上に、とんでもない魔力の塊が二つ現れた。
ガタガタガタガタ……
我、知らず震えている。
やばいやばいやばい……
何かとんでもないものが、我の頭上の水面で暴れている。これは戦っているのか?
気づかれたら、我、即終わる。
動いちゃダメ、動いちゃダメ、動いちゃダメ、動いちゃ……
我、身動き一つ取らないようにする。
「ボス!どうしたんですか!」
フーナ、うるさい!我、今、置物になっているだけ。話しかけるな!
思わず、報告に近づいてきたフーナに威圧を向けると、水面の大きな二つの魔力の塊の動きがピタリと止まった。
ま、まずい……
今の威圧の魔力を察知されたのか?
さらに、湖のほとりからは、さらに大きな二つの魔力の塊の気配がした。
そのうちの一つの魔力が、湖の中を調べていることが分かる。その魔力の気配が、我の体をすり抜けていく。
おそらく、我が誕生してから最大の危機が訪れたようだ。
我、ピンチ!
今まで以上に必死になって気配を消す。
やがて……
再び、二つの魔力の塊が水面でバシャバシャし始めた。さらに、湖のほとりの魔力も、その探索の手が他に向かったのが分かった。
……我、助かったのか?
だが、油断してはいけない。いつ、再びこちらにその魔力の矛先が向けられるのかが分からないのだから……
我は石、我は石、我は石……
一生懸命、気配が外に漏れぬように集中した。
そして――我の胃が張り裂ける限界が近づいた時、夕方間近になって、ようやく水面の大きな魔力を持つ何かがいなくなった。
「ボス!冒険者、帰りました!」
分かっておる!分かっておるのだが……
まだ、我、髭がピクピクしておるぞ。なぜ?
その日の夜――真の恐怖が待っていたことを我、知ることになる。
(後編は1/25に公開予定です)