Side:織田信秀
今年はなんと面白い一年だったか。夏に突如現れた黒い船が、尾張を変えてしまった。そんな一年も今日で終わる。
わしはひとり酒を飲んでおると、唐突に守護様に呼ばれた。
何事であろうか? 望むものは手に入るようにしておるはず。
「ひとりで飲んでも面白うなくての。少し付き合うてくれ」
「はっ、某でよければ……」
安堵した。何事かと思うたわ。
そういえば守護様はひとり酒を好まれると聞き及んでおったが……。
「わしもの、好き好んでひとり酒をしておるわけではない。人を集めると集まった者が大膳に疎まれた故にな」
なにも言うておらぬというのに自ら呼ばれたわけを明かされた。人を見るのに長けておられるのか?
「某ならばよいと?」
「そなたが大膳のような男なら呼んでおらぬわ。なにか求めておるわけではない。たまには誰ぞの話を聞いて酒を飲みたいと思うての」
前々から思うておったが、このお方は立ち回りが上手いのかもしれぬ。公の宴は別として、わしの立場では内々で酒を飲むために守護様をお呼びたてするわけにいかぬ。
疑心を減らし争いを避けようとしておいでか。
「そういえば、一馬は百二十人もの奥を呼んだとか。本領に戻さずよかったのか?」
「某も戻ってよいと申したのでございますが、大和守家の始末や流行り風邪の始末もあり残ったようでございます」
「面白き男よの。日ノ本の外の者故かもしれぬが、己が力を示しつつも過度に疑われぬように上手く動く。気が付けば己の居場所を得ておる。正直、羨ましいわ」
日ノ本の外の者。確かに、この言葉がもっともしっくりくる。あやつには我らとは違う信念がある。
無論、わしや三郎も信じ切っておるわけではないが、あの者ならば騙されたとて悪いようにはならぬのではと思える。
「斯波の家になど生まれねば……」
そこまで口にされた守護様は酒を一口飲むと、閉口された。
名門の家に生まれ、不遇の時を長く過ごされたことで表に出さぬ鬱憤が溜まっておるのかもしれぬな。守護様のことは今後も慎重に扱わねばならぬか。
「のう、弾正。いっそのこと天下でも狙うてみたらいかがじゃ?」
「お戯れを。某はもう若くはございませぬ。己の分を弁えておりますれば」
「あの者らが、十年早く来てくれればの」
戯言のように語りつつも僅かに残念そうにされた。天下というのは戯言であろうが、世をひっくり返すほど面白きことが見てみたいのかもしれぬ。
分からんではない。
「天下は無理でございますが、今少し面白きことは増えましょう」
「ほう、それはよいの」
三郎は乱れた日ノ本を己の力で平らげ、正したいと言うたことがあったな。織田の身分で出来ることではないが、今少し面白きことには確実になる。
一馬らがもたらした知恵や技は、尾張の力となり争いも呼ぶはず。
三郎に任せるのは今少し先であろうな。
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一年間、ありがとうございました。