愛犬が死んでしまった。
2025年7月4日午前0時15分頃、私は画面越しに愛犬であるモコの死を目の当たりにした。
13歳9ヶ月生きた。マルチーズとトイプードルのミックスで、黒と白が混ざったグレーっぽい毛並み。黒が強いところもあれば白が強いところもある。目がまん丸で、耳が垂れていて可愛くて、とても美人だった。
私が高校生の時にまだ0歳のモコが家にやってきて、小さな4本足でぴょこぴょこ飛び跳ねるみたいに家の中を歩いていた。
最初は私の腕の中で緊張して、目がカッと開いていたけれど、歳を重ねるごとにモコとの距離が縮まっていった。
どんどん甘えん坊になっていって、モコは必ず家族の誰かしらのそばにいた。
その後、私は大学生になって上京した。
たまに帰るとモコが玄関までお出迎えしてくれて、嬉しいという声をあげて、うれションをしてくれたりして。とにかくすごく喜んでくれた。
そして、就職のタイミングでモコがいる実家に戻った。モコと一緒にいたい気持ちが強かったからだ。
その6年後には転職を決意して、また上京することにした。その時は仕事も恋愛も上手くいかず、逃げたくなってしまった。いろんな疲れる事象のあるこの場所から。
モコと離れるのは寂しいけれど、1年か2年で戻ろうとは漠然と考えていた。モコも高齢になり、最期の時は一緒にいたいと思っていたからだ。
今は転職を優先させて。という気持ちがあったのだと思う。
転職して1年後、戻る決意をした。
私が実家から引っ越しをしてからの1年、モコの体調が急激に悪くなっていった。
食欲のない日、寝てばかりの日が多くなっていった。
心臓が悪く、薬を毎日飲むようになって、余命1年だと言われた。帰ろう、と思った。
2025年6月21日の夜、実家に帰り、23日の14時か15時頃、電車に乗って一人暮らしの家へ帰った。
23日がモコとの最後の日になった。
私がアパートを引き払い、実家に戻るのは7月31日の予定だった。
だから、モコに「7月に帰るから心配しないでね。また一緒にいようね」と声をかけて、頭を撫でてから家を出た。
私は当たり前に7月も8月も、その先も、モコと過ごすつもりだった。だから、最後、モコにどう触れて、モコはどういう顔をしていたのかよく思い出せない。また会えるし、と思っていた。
それなのに。
日付が変わる手前、スマホの通知をみたら大量に妹と母から連絡が入っていた。22時になると睡眠モードになってしまうため、スマホが鳴らなかったのだ。寝る前になんとなくチェックして、血の気が引いた。
グループ通話で、ビデオ通話を家族がしていた。私が最後に入ると、母は泣いていた。
モコを抱きしめて、「心臓が止まりそう」と言った。モコはだらんとしていた。
状況を受け入れられなくて、呆然としてしまった。
「もこ、もこ、」と涙声で、小さな声で呼ぶことしかできなかった。ありがとう、も、大好き、も言えなかった。何が起こっているのか、わからなかった。
「心臓、止まったかな、」と母がぽつりと言った。
母がモコを抱き直すと、首がだらんとしていて、生きていないのだとわかった。
2日前から急激に悪くなってしまったらしく、その日は病院に連れて行っていた。明日も予約を入れていたらしい。心臓は安定していたが、脊髄の方がだめになってしまったらしく、本当に突然のことだった。
なんでもっと早く帰らなかったんだろう…
後悔でいっぱいだった。
8月に入社する会社はフルリモートのところを選んだ。モコが介護になりそうだったからだ。母と一緒に最後の1年間、モコと過ごそうと思っていた。
グループ通話を切った後、声をあげて泣いた。
ずっとずっと泣いた。眠れなかった。
次の日、午後休をいただいて実家に帰った。
玄関を開けてソファーを見ると、モコがいて尻尾を振っているのに。おばあちゃんになってからは玄関までくるのがきついのか、ソファーからこちらを見上げて嬉しそうに近づいてくる。はずなのに。
モコがこない。
和室に横たわるモコがいた。
触れるとかたくなっている。お腹はいつもみたいに息を吸ったり吐いたり、上下がない。
目が開いていた。閉じられなかったと母が言っていた。
尻尾も動いていない。いつもはあんなにも、ぶんぶん振っていたのに。
モコの耳とほっぺの匂いと、足の匂いを嗅ぐのが好きだった。頭の匂いも好きだった。
頭とほっぺを嗅ぐとフローラルな香りがして、トリミングのおかげだと思ったけれど、いつもの少し臭くなったモコが好きだったから、いつもと少し違うなと思った。でも、足の匂いは枝豆の匂いでいつも通りだった。
「モコちゃん、ありがとう。ずっと大好きだよ」
頭を撫でながら、やっと、言えた。
母は「モコ、望未が帰ってきてくれたよ。よかったね」と泣いていた。
それから、モコを抱きしめた。死後硬直がはじまっていたが、それでもなんとか抱きしめることができた。
いつもみたいに顔を舐めてこない。
私はモコの頭に顔を埋めて泣いた。
「2〜3日前にモコの夢をみたの。側溝にモコが落ちちゃって、急いで抱き上げるんだけど、痙攣しちゃって顔が見えなくて……それで目が覚めた」
私がそう母に伝えると、
「丁度そのくらいにモコの体調が悪くなったんだよ。最後は痙攣して、息が苦しそうで。虫の知らせだったのかもしれないね。でも、モコはのんちゃんに伝えたよ〜って言ってなかったな」
と、母は少しだけ笑っていた。
生きているモコに会った最後の日の朝、モコは起きて一階に降りたけれど、私が二階にいるとわかっていたようで階段を見上げて待っていたらしい。
母がモコを私の部屋まで連れてきてくれた。
私は尻尾を振って見上げてくるモコを抱き上げて「おはよう。来てくれたの?」と笑って、「じゃあ、一緒に下いこっか」と階段を降りた。
モコと散歩もした。
明るいうちと、夜に。
モコはもうあまり歩かなくなっていたけれど、「望未がくると嬉しいから歩きたいんだよね」と母がモコに声をかけていた。
私と散歩に行くとモコは必ず歩こうとしていた。
モコ、と呼ぶと、私を見上げて、尻尾をたてて、スキップするみたいに歩いて。
まるで笑っているみたいな顔をして私と歩いていた。
「モコ、楽しいね」
そうやって、声をかけた。
散歩から帰り、足を洗って拭いていると、「ベロが出てる。甘えてるの?」と母がモコを覗き込んだ。まだ私に抱っこされ、足を大人しく拭かれている最中だった。
母が写真を撮ってくれた。モコは少しベロを出していて、目はホワッとしていた。
あと1年、一緒にいられると思ってしまっていた。
寝る前、モコに「いつもありがとう。大好きだよ。長生きしてね。ずっと一緒にいようね」と抱きしめてから眠るようにしていた。
モコは、喉を鳴らして甘えてくれるから、それが嬉しくて、ちゃんと伝えたくて、何度も「可愛いね」とも声をかけていた。
モコ、どうしていないの?どうして動かないの?
何度も何度も思う。
もっと早く帰っていたら、最期、一緒にいられたかもしれないのに。最期、看取りたかった。どうして画面越しなの?どうしてそばにいられなかったんだろう。
火葬の日はどうしても仕事が抜け出せなくて、早朝に新幹線で戻った。仕事よりもモコの方が大切なのに。悲しい気持ちでいっぱいだった。
母のそばにもいたかった。モコの近くに一番いたのは母だったから。一緒に悲しんで、乗り越えなければ、と思った。
ふと涙が出てしまう瞬間がある。
もういないのに「モコ」と声をかけてしまう。
恋愛で悩んだり仕事で悩んだり。
そんなこと、モコがいてくれるなら、もうどうでもいいことだった。
モコがいてくれるなら、恋愛や仕事でどんなに傷ついてもよかったはずなのに。と何度も思った。
モコが生きてくれているなら、そんなことは些細なことだった。それなのに、目の前のモコの死が近づいているかもしれないことさえ考えず、呑気に傷ついていた。
本当に些細なことだ、モコがいないことに比べたら。そう今、強く感じている。
禅の言葉にもあるが、過去でも未来でもなく「今」を生きること。
だから私は母との時間やみんなとの時間を大切にしなければ、と思った。
いつかはみんないなくなってしまう。その時まで、ちゃんと生きようと思う。
モコとの思い出に嫌だったものはひとつもない。モコは私のことが大好きだし、私も大好きだ。
モコの愛も私の愛も、心と感覚でずっと覚えている。
いつか失うとわかっていたはずだった。
例え、過去をやり直せたとしても、何度だって初めて会ったあのショーケースの前に行くし、何度だって家に連れ帰る。
あの日、出会ったのがモコで本当によかった。
心の底から愛してるよ。ずっと大好き。
本当にありがとう、モコちゃん。