界樹編のボツ部分(34話前後)を供養。

※時系列的には大森林に向かう途中。






大森林へと向け、大陸中央へと移動する旅路。
その幾日目かの、道中にある街の宿で、俺達は丸卓を囲んでくっちゃべっていた。

「転移者のマメイ……『豆井』さん、ですか?」

向かいの席に座り、小首を傾げる隊長ちゃんに、俺はこっくりと頷く。
エルフの聖地へと向かう道中、同行する面子とあれこれ話して交流を深めるという事になってるんだが、ふとした拍子に以前出会った面白愉快なお嬢様とその先生について語る事となった。

話題となったマメイさんと縦ロールちゃんは、後に帝国に向かう予定であるので隊長ちゃんに話をしておいても良いと思ったのだ。
まー彼女も帝国最精鋭を謡われる部隊の長だ。俺がちょっと口添えした程度で露骨な贔屓なんてする訳も無いが、縦ロールちゃんの実力的に腕っぷしな意味での入隊条件はクリアしている筈。
将来有望な子がそっちに行くかもしれんで、と言っておく位はよかろ。

だが、今回の話題のメインは申し訳ないが素手ゴロ令嬢の方ではないのだ。

我ら元・日本人にとって重要な調味料を再現してのけた、彼女の恩師こそがお話の中心である。
――なんせ現時点で豆味噌を開発した人やぞ! たまり醤油も視野に入れてるって話だし期待感が高まるのを押さえられるだろうか無理だな!(早口

「テンションたっか。いや気持ちは分かるけどさ」

なんだよ、お前さんは味噌醤油と聞いてテンション上がらんのかシアさんや。

「上がるに決まってんだろ。聖都で話聞いたときはなんで帝国なんだって頭抱えたわ」

それな。いや、縦ロールちゃんの夢を応援したいっていうマメイさんの気持ちは分かるし、俺だって応援はしてるけどさ。やっぱ聖都に来てくれたらなー、って思っちゃうわ。

当人曰く、大豆――正確には大豆によく似た此方の豆類なんだが、に関わる食品実験は味噌の他にもあれこれと手を付けているらしく、擬きではあるが豆腐の様な物も作ってみたりしたらしい。
地理的な問題もあり、にがりの元となる海水が気軽に手に入らないので、これに関しては完成度が低いとか。今後も要研究、って話らしいが……。

「お味噌に豆腐……味噌汁が作れますね」

静かに呟く隊長ちゃんではあるが、その眼はギュピーンと音が鳴りそうな程に輝いている。
分かる、分かるぞ隊長ちゃん。飲みてぇよなぁ久しぶりによぉ! 
鰹節は無理でも、乾物の魚や茸はこの世界にもあるからね。出汁の方は擬き程度なら問題無いのだ。先のにがりと同じく地理的な問題で良いお値段するけど。

「そのマメイさんという方がお醤油まで完成させれば、色々な和食を再現できそうですね……お米が無いのだけが残念ですが」

あー……この世界で現代日本人が食って満足できる米って霊峰産のしか無いっぽいしな……。
いやまて、常食は無理でも米俵二、三俵くらいなら担いでもってこれるか?
鎧ちゃんフル起動で全力で行って帰ってこれば一月あれば……。

「えぇ……食い物の為だけに霊峰に行って《半龍姫》様と謁見なさるンスか……」

ちびちびと|麦酒《エール》を啜っていたトニー君が、信じ難い話を聞いた、と言わんばかりに呟く。
殆ど独白みたいな音量だったその声を拾い、俺の隣に座ったリアがミルクの満たされたカップから唇を放して顔を上げた。

「現実的じゃないと思うなぁ……《半龍姫》様にも迷惑かかっちゃうし、そもそもにぃちゃん精米出来るの?」

……び、瓶に入れて棒で突くスタイルなら……。

「俵丸ごとを全部そのやり方で精米とか苦行の域だろ」

間髪入れずに突っ込んできたシアの台詞がごもっとも過ぎて反論出来ない。
ちなみにお師匠は大きな水瓶に霊峰に自生している稲の籾を放り込み、掌底を打ち込んで衝撃を徹して10秒で精米するとか意味の分からない事をやっていた。
一回だけ見た事あるんだけど、すごい無造作に瓶の横腹を叩いたと思ったら、噴水みたいに剥がれた籾殻が噴き上がってみるみる内に殻と白米に分離されたからね。
世の武を磨く人々が目をひん剥くような超絶技巧で以て行うのが精米て。あのレベルの精緻な一打を再現するのに人生掛ける人だっているだろうに。

俺? 出来る訳ねーだろ(真顔

振動与えて剥がすまでは行けるかもしれないが、まず間違いなく殻も中身の白米も粉々になって茶色い米粉と化すわ。

うーん、米は無理っぽいな……となると、代わりに和食の主食となりそうなものが必要になるが……。

首を捻っていると、《虎嵐》とアヒージョっぽい料理をシェアしていたシグジリアが口の中のパゲットを飲み込んで軽く片手を上げた。

「小麦はあるんだから、良さそうな品種を選んでうどんとかはどうだ? 醤油出汁があるなら多少麺が適当でもそれなりのものにはなりそうだし、味噌煮込みという手もある」
「成程、うどんか。いいなぁ」

シアが力強く同意を示し、まだ見ぬ和食に思いを馳せる様に虚空を見上げた。

うむ、材料も小麦粉……確か中力粉だっけ? と、水と塩だけだからな。なんか生地寝かせたりとかもあった気もするが、そんなに金もかからんで揃えられるし、色々と試すには良いチョイスかもしれん。

「……なんにせよ、その御仁が行う研究の完成待ちということならば、焦ることは無い」

《虎嵐》の言う通りではある。期待してしまうのは仕方ないが、マメイさんの研究成果待ちである以上、たまり醤油が俺達の口に入る迄にどれだけの時間が掛かるのか、全くの不明だし。

「まぁ、とにかく、今度ローレッタさん達に会えたら研究の進み具合を聞いてみようよ――そうだ、もし成果を分けて貰えそうならボクが何か作ってあげる! にぃちゃんは何が食べたい?」

まだ見ぬ和食がリアも楽しみなのか、目を輝かせながら悩ましい質問をしてくるので少し考え込む。
醤油ならやはり煮物やにくじゃが……これは煮込み料理とかでこっちに近い品があるし、難しく無さそうだな。
味噌なら味噌汁は当然だが……味噌ラーメンとかは難易度たけぇってレベルじゃねぇな。そもそもラーメンが|大聖殿《ウチ》の料理長に概要だけ伝えて丸投げするしか方法が思いつかん。
味噌田楽とか好きなんだけど、こんにゃくは流石に無理だしなぁ。加工の過程とかさっぱり分らんし。

……こうして考えてみると、やっぱり醤油の完成待ちになるな。うん。待ち遠しい(ガチ
取り敢えず、パッと思いつくのはやはり味噌汁と肉じゃがだな。

将来的には再現難度の高い奴も食ってみたいとは思うが、今の処は調味料さえあれば再現出来そうな品を告げてみると|妹《おとうと》分は気合を入れる様に胸元でグッと拳を握った。

「肉じゃがかぁ……よーしっ、そのときになったら食堂の厨房を借りるから、楽しみにしててね」

うん、マジで楽しみにしておこう。お師匠のトコにいる間もなんだかんだ言ってリアの飯は美味かったからなぁ。今から期待が高まる。

「……アリア。前から思ってたけど、お前そんなに料理出来たっけ? 以前はオレとどっこい位だったと思うんだけど」
「何年前の話してるのさ。たまに料理長に基礎を教わったりしてたし、家庭料理くらいなら今はそれなりに出来るよ。ミヤコさんにもコツを聞いたりした事があるもんね」
「料理長さんの後では、私が教えられる事はあまり無かったけれどね。アリアちゃんはとっても優秀な生徒だったし」

リアと隊長ちゃんが顔を見合わせて「ねー?」と笑い合っている傍らで、金色の聖女様のお口から「なん……だと……」という、どこか愕然とした呟きが零れ落ちた。
|妹《おとうと》に女子力で差を付けられているのがショックだったんやろか。
シアも前にサンドイッチ持たせてくれたり、俺とマンガ肉を再現する為の火魔法を開発したりと、全く出来ないって訳じゃないんだろうが……《《前》》に二人旅してたときはお互いに簡単な野営飯くらいは作ってたし。
俺がそんな事を考えている脇で、身近な二人の料理スキルが思いの外高かった事に動揺したシアさんは、心なしか焦った様子で|妹《おとうと》に詰め寄っている。

「待て待て、教わってたって……何時の間にだよ? 食堂でそんな事してたらオレだって気付きそうなモンじゃないか」
「何時って……大抵はレティシアがにぃちゃんと飲みにいったり変な店に行ってる間だけど」
「ぐぅっ……! そ、そう来たか……嘗てのオレの行動が此処でも跳ね返って来るとは……!」
「先輩、肉じゃがはアリアちゃんが予約してしまいましたが、お魚の煮付けとかどうです? 帝国なら魔法で冷凍保存した魚も市場で扱われていますし、先輩さえよろしければ腕を振るわせて頂きます」
「おいコラ、ミヤコ! 人が精神的ショックを受けてる横でシレっと約束を取り付けようとしてんじゃねー!」

そのまま姦しいやり取りを始めた三人を他所に、魔族領の夫婦はと言うと、話題に上がった料理についてのんびりと語り合っとる。

「……ふむ、聞いたことの無い品ばかりだが……お前の嘗ての故郷の料理だと考えれば興味も湧く」
「あぁ、大森林のエルフ共の料理、というのもあるにはあるんだが……喜んでもらえそうなのは前世の故郷の品だろうな」
「……魔族領に件の調味料が流通するのは先の話だろうが……何時かお前の故郷の味を、食してみたい」
「――うん。そのときは、必ず」

卓の上に乗せた手をそっと重ね合って、しっとりとした空気で微笑み合っている新婚さん達。此処だけ空気違くない?
そして、飲んでいた|麦酒《エール》に蜂蜜でもぶち込まれたような顔をしていたトニー君はと言うと。

「あ、お姉さん。この苦茶ってやつ一杯お願いするッス」
「えぇ……お客さん、これ女将さんが半分冗談で走り書きした品ですよ。地元の連中が賭けで負けた奴に罰ゲームでイッキさせてる薬草茶なんですけど……」
「それで間違いないッスよ。下さい、ジョッキで」

なんか"荒れた胃に優しい品、苦味に注意!"とかメニューの端っこに殴り書きされた明らかにおふざけ感が出てる品を注文している。
自身の杯を掲げて笑顔で言う彼に、ウェイトレスのお姉さんが「マジかこいつ」みたいな顔を隠さないままオーダーを受けていた。

――あー……なんというか、お疲れというかドンマイというか……まぁ、頑張れ?

「旦那、さも他人事で言ってますけど、そちらの御三方が騒いでるのはアンタが原因ッスよ……はぁ、飯を食おうにもこの甘ったるさじゃ食う気も失せるッス」

薬草茶を待つ間、残った|麦酒《エール》に口を付け。
まるで本来とは別の味がすると言わんばかりに顔を顰めると、トニー君はジョッキに残った中身を一気に飲み干したのだった。






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