流産アーカイブ #1

『ユア・ウーリッツァー』

「セリカって、いつもこんな感じなの?」
 ソファに座るユウカが言う。定位置を取られているから、私はテーブルに軽く腰掛けている。側には炭酸飲料の箱が置いてある。
「炭酸をお供に懐メロのラジオを聞くのが趣味って言えるなら、そうね」
有線ラジオ ”ラジオ・ワイヤ”から流れてくるのはCCRの『フォーチュネート・サン』。電話回線を通してPC-64経由で聴ける非公式の海賊ラジオ。これが寂しく一人暮らしをする私の夜を短くしてくれる。
『If you just turning in, hello and hello again you’re listening to 893.0 radio-wire!』
「拡現の自動翻訳つけなきゃ」
「でも、音楽聴くときは使わないほうがいいよ。下らない歌詞に気付かずに音楽を聴けるのは日本人の特権だから」
パーソナリティが喋りだし、オーグの自動翻訳に切り替わる。
『うちはダニエル、コール回線は051.03』
「コールっていつ使うの?」
「常連、っていうか、”ファミリー”だけ。もしネオロスに住んでるんだったら、電話したら命を救ってくれるかも」
「ネオロス……西海岸から届いてるんだ」
彼らは、ギャングに拘束されたリスナーを誰も傷つけずに助け出したこともある。それも生放送中に。
『ジャックだ。コールは113.08。曲のリクエストは323.07に送ってほしい。ちなみに、どのソーシャルメディアからも受け付けていない。俺らは頭にチップを入れてる訳じゃないからな。それに、信じられるのは生の声だけだ』
『世界が終わっても金と言葉とラジオだけは残るってね』
『そんな事誰が言った?』
『たった今、うちが』
会話に合わせてCCRがフェードアウトすると、次の曲のイントロが流れ始める。
『話変わるけど、東京は雨みたいだね』
『あそこは滅多に晴れないって聞いたことがある。どうして東京の話を?あんまりスシは好きじゃないんだ』
『なぜなら、この曲を東京のPC-64でいつも聞いてくれている女の子に贈るからさ。The Cultで”Rain”』
「すごい、なんでここが分かるの?」
「みんなが線で繋がっているから、ラジオ・ワイヤっていうの」
一人きりでラジオを聴いていても、私はきっと独りじゃない。世界はどこまでも繋がっている。

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