• 異世界ファンタジー

SS書いてみました 

番外編の本編には入れられなかった小ネタをSSにしてみました

 ※ 魔領域深層制圧後で、遺跡・ダンジョンに入る前あたりの時期の出来事 (番外25話、30話)
 ※ 虫(蜘蛛)注意




 魔領域深層は、セイの脅威的なまでの癒しの力──【撫で力】によって、ほぼ制圧完了していた。
 勿論、広大な魔領域全ての魔獣を制圧するのは不可能だ。だが、一頭で街を全壊させられる程の力を持つボスクラスの魔獣たち複数が、セイに撫でられようと続々と寄って来る為、他の有象無象の魔獣たちは近付けず結果的に制圧と同じ状態になっているのだ。

 しかし、ロウサンが『まだ完璧とは言えないね』と納得しないので、今日も深層へとやって来た。ちなみにカワウソたちはスタンピードが起こる可能性はもう無いだろうと、ただただ魔領域を楽しんでいる……

『おぉお、おお……首のあたりも頼む』
「ここかな?」
『そこだ、おぉお、──!!』

 キュォ……ォ……とセイに撫でられて気持ち良さそうな声を上げていたグリフォンが、突然何かに反応して身を強張らせた。撫で待ちをしていた黒獅子と、鋭く長い一角を額に持つ青銀に輝く馬、三つの角を持つ狼の群れも鋭く振り向き、全員が同じ場所を睨みつけて警戒体勢になった。カワウソたちもセイの盾になる位置取りに変わっている。

(なんだろ? 多分、みんなが警戒するような魔獣が来てる……のかな?)

 気配がさっぱり感知出来ないセイは、みんなが凝視している木々の奥を、首を伸ばして見ようと頑張った。

 葉が殆ど無い代わりに小枝が多く、見え辛い森の奥に黒い影……いや、目前だ。いつの間に。
 セイよりも頭の位置が高く、宿屋のベッドよりも大きい巨大蜘蛛が、すぐそこまで迫っていた。

 常軌を逸した大きさの“虫”に対して感じる本能的な忌避感で、体が硬直した。すると背中に、フサッとした感触が。天狼のロウサンが真後ろにいた。
 セイ過保護過激派筆頭のロウサンが、巨大蜘蛛に攻撃しない。ということは、安全な相手なのか?

『制圧済みの魔獣だから、危険は無いよ。でも、セイくんが苦手な造形なら追い払うけど、どうする?』
「あー、初回に制圧したって言ってた蜘蛛なんだ。追い払わなくてもいいけど……」

 ただ、その蜘蛛が何の為に来たのか。
 蜘蛛からは何の感情も思考も読み取れず、圧倒的な存在感に対して警戒感が薄れない。
 しばしセイたちと魔獣全員VS巨大蜘蛛で対峙し、無言の時が流れた。

『……なんだよぅ。おれは仲間に入れないのかよ……』

 ガックリ、ショボーン、トボトボ……そんな擬音が聞こえてきそうだった。蜘蛛が後退する形で去ろうとしている。

(あ、なんか大丈夫そう)

 蜘蛛の空気感に“嘘”が無い。心底落ち込んでいる。
 そうなると話は別だ。基本的にセイは虫が平気なこともあり、肩の力を抜いた。

「待って、仲間に入りに来たんだ?」
『う、ぅん。みんな集まってて、楽しそうだったから……なにしてたんだ?』

 意外にオドオドとした喋り方だ。

「僕がみんなを順番に撫でてたんだ」
『ナデテ? ってなんだ?』
「僕の手のひらで、体の表面をこう……実際にやってみるよ、近付いていいかな?」
『おれはいいけど。……いいのか? おれ、何もしてないのにみんなから避けられるタイプで……』
「うーん、毒とかある?」
『ど、毒は無い。麻痺はあるけど、出さないよ』
「じゃあいいや。みんなはまた今度ね」

 他の魔獣たちが緊張感でピリピリしているのが可哀想で、一旦解散を告げたのだが、誰も立ち去ろうとしなかった。いざとなればセイを守るつもりでいるようだ。
 蜘蛛の言葉が聞こえているのはセイだけなので、みんなには巨大蜘蛛の実は小心者っぽい性質が伝わっていないのだ。

『あの、真正面は怖いから、横からで……』

 セイの背中にへばりつくようにロウサンも一緒に移動したからだろうか。蜘蛛が小さく震えながら要求してきた。

「了解。あ、僕からもお願い、洗浄魔法かけて良い? 油っぽいのが取れたらマズイとかある?」
『脚の油は困る。頭と胴体のは、ただの汚れだよ……』
「分かった」

 綺麗にした蜘蛛の頭と胴の表皮はツルツルで、非常に硬そうだった。撫でても感覚あんのかな? 疑問に思いつつも、セイは横側から頭を優しく撫で始めた。

『わ、わぁ──……』

 感動の声を上げた後、蜘蛛は脚を折り畳むようにして地面に伏せ、動かなくなった。
 ピクリとも動かない……まさか死んでないよな……不安になりながら撫で続ける。

『はぁー、これは、みんな集まる。動きたくなくなるー。これ以上は駄目になるー』

 しばらくしてから、よいしょ、と立ち上がった蜘蛛はセイに『すっごい良かった、ありがとう』とホワホワした声音のまま礼を言った。

『あの、また来てもいい?』
「勿論だよ。次は順番待ちしてもらうけど……」
『待つよ。あ、貢ぎ物、なにが良い?』

 今この場にいる魔獣たちがセイにと持って来ていた物が積まれているのを、蜘蛛が見ていた。魔領域深層の断崖絶壁の先にある白い実の付いた枝や、洞穴の奥から取ってきたという何かの大きな卵の殻など。

 これらだって、セイが要求したわけじゃない。でも、要らないと言っても持って来るだろうな……この世界の魔獣たちは、不思議なほどみんな律儀なのだ。

「贈り物かー。とりあえず生き物はやめて欲しい」

 前回撫でていた魔獣が死体となって献上されたら、本気で泣いてしまう。

「僕としては特に欲しい物は無いから……」
「ちょちょちょ待てセイッ、ある! ある! ある!!」
「セイくんあります! あるんです!!」

 カワウソ型幻獣のアズキとキナコが超早口でセイを止めた。焦りのあまり語彙が消失している。どうした。

「糸や! 糸をもろてくれぇええええ!!!」
「後生ですから! 何卒糸を、糸を貰ってくださぁあああい!!!」

 絶叫だった。本当にどうした。

「蜘蛛くんごめん、僕の仲間が糸が欲しいって言ってて」
『糸? ……巣を作ればいいのか?』
「蜘蛛くんが巣を作ればいいのかって」
「ちゃうちゃうちゃう糸! 糸オンリー!」
「そこの木の枝でいいのでグルグル巻きにしてっ、とにかく糸をたくさんお願いします!!」

 そんなに必死に頼むような物かなぁ? セイと巨大蜘蛛は首を傾げた。まあ欲しいんならと、蜘蛛は足でぶっとい木を上下斬り倒し、太い枝も足でスパスパ斬り落とし、目にも止まらぬ速さで糸でグルグル巻きにした。続いてもう一本、同じように糸でグルグル巻き。更に短めの丸太を作り、真ん中に足を突き刺した。そのまま静止。足を上げた後、出来た穴の中に油が溜まっていた。

『こっちが、おれが移動したり獲物を保管する様のサラッとした糸。こっちが獲物を捕まえる為のネバっとした糸……あ、ゴミ付く……サラッとした糸で上から巻いとくよ。ネバ糸はくっ付いたら離れなくなるから気を付けて。で、この油を使ったらネバネバとれる』
「至れり尽くせり……ありがとう」
『いつか友達が出来た時に気をつけてねって説明する用に、いっぱい考えてたんだ。でも一生言うことないと思ってたから、言えて嬉しい』

 ヤバい、泣いてしまう。セイはもう一度蜘蛛の頭を撫でた。

『あの、また来る? おれ、来てもいい?』
「来るよ! 会いに来てよ!」
『ふへへ……じゃ、じゃあ!』

 蜘蛛は巨体としてあり得ない速さで木々の向こうへと消えて行った。
 そしてカワウソたちも信じられない速さで近付いてきた。目当ては当然、蜘蛛の糸。目を凝らしてやっと見える細さの透明な糸が、何重にも巻かれて白金色に光っている。

「これが……! 異世界で最高品質かつ高級品の布の原料としてド定番の人気を誇る、巨大魔獣蜘蛛の糸!!」
「夢にまで見た巨大魔獣蜘蛛の糸が、本当に手に入るなんて……! 感無量ですぅ!!!」

 カワウソたちが泣き崩れた。そこまで?
 早く帰ろうと大騒ぎするカワウソたちをハイハイと宥めつつ、待っていた魔獣たちを撫でてから、家へと帰ったのだった。

 ・◇・

「はぁっはぁっはぁっ、まずは性質の把握からやっ」
「手が震えますね! あっ、しゅごい!」
「……あのさぁ、怖いんだけど」

 家へ着くとカワウソたちは、他の素材の研究や作りかけの魔道具も全て放って蜘蛛の糸に夢中になった。その興奮具合が変態じみていて引く。

「ほっっっそ! やわらか!」
「色も透明ですし、これで罠を張られてたらマジヤバですね。んあー手触り最高ですぅ」

 聞いてないな……。カワウソたちはサラッとした方の糸を手に取って、非常に息が荒い。
 そして尻尾で糸を切ろうとした。が、失敗した。
 糸はゴムのように延びただけで、切れなかったのだ。キナコが試しても結果は同じ。

「嘘やろ……俺らの尻尾やぞ、ありえへん。待て、本気出す」

 アズキは小さい手で合掌スタイルになり、深呼吸。精神統一。焦茶色の尻尾が鈍く光っていく……そして鋭く、一閃。
 結果は、アズキの負け。細い糸は切れておらず、糸巻きと繋がったままだ。
 興味を惹かれたセイも糸を手に取った。風魔法で切れないか試したが敗北。へーすごいねーなんて言いながら引っ張っていると、フツリ……と糸が切れた。

「あ、切れた。延ばしてくと切れるっぽいね。でもだいぶ延ばさなきゃいけないみたいだけど」
「なるほどなるほど。それはそれとして、プライドの問題として、この糸は絶対に尻尾で斬る」
「そっかぁ。頑張って」

 アズキとキナコ、そして見ていたロウサンの闘争心に火が点いたようだった。
 庭にそれぞれのサイズに合わせて、まず二本の頑丈な棒をセイが土魔法で作る。延ばして切った糸を、その棒にロープのようにピンと張った。
 棒へ糸の接着は、ネバ糸の方を使用。セイは蜘蛛の足の油を付けた手袋を使って触ったので問題なく。テンション上がり過ぎて浮かれポンチになっていたアズキがうっかり素手で触ってしまい「ちょ、離れへん! 指がッ、指ガァアアアッ!」「ア⚪︎ンアルファ!?」「素材としては嬉しいけども!」と大騒ぎする一幕もあったが、それはさておき。

 糸切り練習は、アズキとキナコは尻尾で振り抜くだけなので、まだやりやすい。しかしロウサンは極細で透明な糸を、氷撃という大きな氷柱で狙わねばならないので、まず当てるのに苦戦していた。
 でもロウサンは初日に巨大蜘蛛を制圧済みだったはず。今更どうして糸と格闘するのかと聞けば、制圧方法が不意打ちだったから、だそうだ。

 魔領域深層の上空から蜘蛛を発見し、気付かれる前に氷撃を蜘蛛の全身を囲う形で、ギリギリ体に掠る位置に、連続して上から撃った。身動き取れなくさせて、正面から最大級の殺気と威圧をぶつけ、そのままプレッシャーを与え続けた。時間が経ち、蜘蛛がほんの少し動いた瞬間、顔めがけてやはり掠るように氷撃を撃ち込み、両眼の前に切先が来るよう氷撃を浮かせた。ここで蜘蛛が完全に戦意を喪失したのを雰囲気で確認し、制圧完了とした、と。

 なんて、えげつない……次に蜘蛛くんに会ったら抱きしめてしまいそうだ。

『あの時、この糸を出されてたら、俺が負けてたね』

 氷撃がやっと糸に当たった。しかしやはり切れず、延びただけ。それを見てロウサンは、ふふ、と笑った。全身から青白い燐光が小さな稲妻となってパリ、パリパリッと音を立てている。こわ。

『良いね、面白い。セイくんといると、本当に退屈しないよ』
「……まあ、ほどほどにね。アズキくんとキナコくんも」

 困難に打ち勝つことに燃える戦闘狂共の為に、糸セットを複数作ってからセイは家へ入って行った。


 翌朝、安定して尻尾で糸を斬れるようになったと大はしゃぎして報告してきたカワウソたちは、休憩も取らずそのまま糸の研究へと突入。どの長さまで延ばすと切れるのかをひたすらデータ取り。魔力を流してのデータ取り。合間に魔法で燃やしたり凍らせたりしている。
 ロウサンは苦戦していて、氷撃を槍から鎌や両刃形態にしたり、足の爪や噛みつきなど試行錯誤を繰り返していた。
 そして夜。

「アズキくん、キナコくん、寝るよ」
「先に寝ててくれ。俺らはキリの良いとこまで進めてからにするわ」

 顔も上げずに言ったアズキの前にしゃがんだ。

「君たち、昨夜徹夜してたよね。キリの良いところって、今はどういう状況なのかな?」
「え、蜘蛛の糸のままやと細過ぎるから、布に加工しやすい太さに紡げへんかなって……」
「伸縮性を活かしたまま加工出来るちょうど良い太さを、模索していて……」

 いつに無いセイの圧の強さに、カワウソたちはしどろもどろで説明した。

「うん。じゃあ今、手が離せない工程じゃないんだね?」
「手が離せんことは無いけど……」
「あの、でも、せめて糸の完成までいきたくて……」
「寝るよ、体に悪いからね」

 セイは強引にカワウソたちを抱っこして寝室へ連れて行き、寝かしつけた。あの、あの、と抵抗していた二匹も、セイに頭を撫でられたら秒で寝落ちした。スヤァ……

「さて、次は。──ロウサンくん、寝るよ!」

 セイは庭で糸と格闘しているロウサンにも声を掛けにいった。
 切ること自体は成功しているのだが、一発で狙った通りに切れないから不合格なのだそう。

『俺のことは気にせずセイくんは寝てくれ。もう少しでコツが掴めそうなんだ』
「お昼も同じこと言ってたよ。行き詰まってるなら、かえって一旦休憩した方がいいと思う」
『自分の限界は分かっているつもりだよ。コテンくんの結界があるから、うるさくは無いだろう?』
「ロウサンくんが心配なんだよ。今日はさ、小さい子たちはみんなベッドでもう寝てるから、床にクッション敷き詰めて一緒に寝ようよ。ロウサンくん、僕の枕になってくれないかな?」
『! 勿論、良いよ。一緒に寝よう。家に入る前に洗浄魔法を掛けてくれるかい?』
「勿論、良いよ」

 同じ言葉を返して、二人で笑い合う。
 セイの周りには小さい幻獣たちが常に集っていて、独り占め出来る機会は少ない。ロウサンはご機嫌になって尻尾を振り回し、セイに擦り寄るようにして家へと入って行った。

 ・◇・

 数日後の魔領域深層。コテンの結界に守られつつ、目の前の激しい闘いを見学中だ。
 あれからロウサンはサラッとした糸を攻略後、ネバ糸にも苦戦の末攻略成功。そして蜘蛛本体との戦闘を希望した。
 蜘蛛の方に“戦闘訓練”という概念が無さそうなので、ちゃんと意図が伝わるかと心配したが、『たまに暇つぶしで罠にかかった魔獣を、殺し切らずに転がして遊んでるよ。似たような感じかな……?』となかなかエグい答えが返ってきた。戦闘訓練では、後に響く怪我もダメです。

 セイの通訳でルールを宣言し始まった戦いで、激闘の末、まさかのロウサン敗北。

「もしかして蜘蛛くん、魔領域深層の魔獣の中で最強?」
『どんな魔獣が相手だろうが負ける気はしないが、アイツだけは見かけ次第すぐに避けるようにしている』

 一吠えで魔獣の群れを蹴散らせる黒獅子様のお言葉である。ちなみにセイに撫でられ中である。

 “蜘蛛の糸”でずた袋、ボディバッグなどを作ってそこそこ満足したカワウソたちも、蜘蛛に戦闘を申し込み、敗北。糸でグルグル巻きにされて、ぽいっとセイの方に投げられた。蜘蛛、強い。

 魔領域へ行くたびに蜘蛛と戦い、ロウサンもカワウソたちも勝率を上げていった。それを見ていた他の魔獣たちも戦闘を希望するように。
 近付く前に避けられ続けていた蜘蛛は、戦ってみると意外と大丈夫だな、と魔獣たちに思われるようになっていた。
 セイが「蜘蛛くんは魔獣は食べないって言ってるよ。襲ってこられたら戦うけど、食べるのは普通の虫がよくて、特に羽虫が好きなんだって」と言ったのも大きかったのだろう。
 一緒にいる時間が増えて、言葉は通じないが自然と気が合う相手も出来たようだ。

 今も蜘蛛と青銀色の一角馬が、じゃれるようにして二匹でセイの所へやって来た。蜘蛛が空中に張った糸の上を一角馬が疾走する遊びにハマっているのだと、楽しそうだ。良かったねぇ。

 続々と、コカトリス、双頭の豹などが集まってくる。

「じゃあ順番に撫でてくね。みんな、よろしく」

 死の領域とも言われる魔領域。限定的とはいえこんな平和な状況になっていることを、人間は誰一人知らず、想像もしていないに違いない──

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