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殴り合いで意思疎通を図る男たち

絵は東雲波澄。地味な色遣いでまとまっている彼女だが、妙にエロい女。
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 ミハエルの拳が、まるで粘土を捏ねるかのようにクリスの顔面を歪ませていく。だが、その度にクリスは血反吐を吐きながらも、獣のように食らいついてきた。その執念は、もはや感心すら通り越して、ミハエルの中に奇妙な感覚を芽生えさせていた。

「まあ、理解はできる」

 ミハエルは、ふっと息を吐きながら、殴りかかってくるクリスの腕を掴み、その勢いを利用して地面に叩きつけた。しかし、追撃はしない。ただ、見下ろすだけだ。

「わたしもね、まあ、ぶっ壊れた家庭に生まれてしまった。だから、子どもの時はかなり精神がぐちゃぐちゃな子どもだったよ、わたしも。そりゃあ、学校から帰ってきたら母がクソオヤジに毎日あばらを折られて血まみれじゃ、心も休まらん。で、八歳の頃から実戦だ。人殺しは八歳で仕事として経験した。戦争でな」

 その言葉は、驚くほど平坦な響きを持っていた。まるで、昨日の夕食の献立を語るかのように。その事実の重さと、語り口の軽さの乖離が、クリスの怒りをさらに煽った。

「理解したって、その手を取れるかよ!  人を殺した、その両腕がそれかぁ!」

 クリスは再び地面を蹴り、ミハエルに飛びかかる。その拳は、怒りと絶望によって、先程よりもなお鋭さを増していた。ミハエルは、その拳をあえて受け止めた。ゴッ、と鈍い音が響き、彼の腕が僅かに痺れる。

「まあまあ。ぶっ壊れた家庭で育ったわたしの存在が、君という男の心に間借りすればさ。君もちょっとは救われるんじゃないか?  傷の嘗め合いだけどな」

 ミハエルの唇に、自嘲と憐憫が入り混じった笑みが浮かぶ。その余裕が、クリスの最後の理性の糸を断ち切った。

「呪禁がどうした、人類風情が!  神にもなれず、何が呪禁だ!」

 クリスの拳が、再びミハエルの顔面にめり込む。今度こそ、ミハエルは僅かに顔を歪めた。

「暴力に訴えて!  貴様は人でなしだ!」

 血の味を確かめるように舌なめずりをしながら、ミハエルは心底呆れたように、しかしどこか楽しそうに、クリスの言葉を繰り返した。

「それ、この泥仕合で言うか?……二人とも人でなしじゃん!?  じゃあ、人じゃないから、殺してもいいのか!?」

 その問いは、クリスの掲げた稚拙な正義の御旗を、根元からへし折るに十分だった。クリスの動きが一瞬、確かに止まる。

「うるさいよ!  お前の計画なんて、空回れ!」
 言葉に詰まったクリスが、ただ叫びながら拳を振り回す。だが、その動きにはもはや先程までの鋭さはない。
「牛を食べるんだろうがああああああ!」
「おお! 人間って罪深いよな!? 他の命食べないと生きていけないんだぜ! わたしは思春期のころ自分が鬼に思えて仕方なかったよ!」
 ミハエルは、その乱暴な拳を軽くいなすと、まるで邪魔な小石でも蹴るかのように、しなやかな左足の回し蹴りをクリスの脇腹に叩き込んだ。

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