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閑話 『疾風の風』成長記録 vol.1

 始まりの迷宮で死にそうな目にあった俺達は、銀色のカブトムシに助けられ、後をつけていたCランクパーティに付き添われて|地下迷宮《ダンジョン》を出てきた。そんな、悔しくて、恥ずかしくて、情けない気持ちで宿へ帰って行く。



「今回の件はリーダーである俺の責任だ。本当にすまなかった」

 俺は宿について早々、メンバーを一つの部屋に集め謝罪した。

「いや、あれはみんなでやると決めたことだ。お前だけの責任ではない。むしろ、あそこで大きな音を立ててしまった俺の責任の方が大きい。申し訳ない」

 トマスは俺を責めるどころか自分が悪いと言う。

「うん、私も誰かのせいじゃなくてみんなのせいだと思う」

 メアリーも誰かひとりのせいにすることはない。

「救われた命、銀のカブトムシ様の教えを世に広めるのです」

 ヘレンも……ん? あれ? 何言ってるのこの子? 大丈夫? 重苦しい雰囲気が一瞬で解消されたけど。みんなの目が点になってるし……

 ヘレンの言葉は置いておくとして、せっかく重苦しい雰囲気が幾分和らいだから、いったん汗を流し、食事をしてから今後のことについて話し合うことにした。

 身体を拭き、みんなで食事をしてから再び同じの部屋に集まる。議題は僕らの今後についてだ。

「考える必要はありません。冒険者活動を続けながら、困っている人達を助け、銀色のカブトムシ教を広めるのです」

 話し合いは始まってすぐに終わった。ヘレンの一言によって。

 いや、銀色のカブトムシどうこうのところじゃないよ? 『冒険者活動を続けながら、困っている人達を助けよう』ってところ。奇しくも、みんなが思っていたことをヘレンが代弁する形になったのだ。



 翌日から俺達は、積極的にギルドのクエストをこなすようになった。特に今まであまりやってこなかった、他の冒険者が嫌がるようなクエストを。

 例えば、ここウェーベルの街の排水溝の掃除だとか、街に住むお年寄り達の家の掃除だとか、新しく家を建てるための木材を、街の外から運んで来たこともあった。

 これらのクエストは、確かに安くてきつい仕事だったけど、不思議と気持ちは穏やかになっていった。仕事をするたびにお礼を言われ、時には差し入れをもらい、人の役にたってると実感できたからだろうか。

 そして、それとは別に自分達の訓練も怠らなかった。強くならないと助けられない者がいることを知っていたから。人間、死にそうな目に遭うと考え方が変わるって聞いてたけど、それはマジだったな。あの時は『そんなことあるかよ』って思ってたけど、今の俺達がまさにそれだ。

 そんな生活を続けていると、何だか俺達の評価も変わって来たようだ。ギルドの職員からはやけに褒められるし、同僚達もやたらと俺達と飲みたがる。

 こうまで周りの態度が変わると、今までの俺達がいかに調子に乗っていたのかって話だよな。確かに今ならわかるけど、そん時には気がつかないもんだよな。それも含めてあのカブトムシには感謝しかない。




 それからすぐに、俺達のパーティーはランクが Eへと上がった。その時期くらいからだろうか、胸に銀色のバッジをつけ始めたのは。

 ある日の朝、宿で朝食を取る前にヘレンから手渡されたのだ。何でも近くの鍛冶屋の職人に作ってもらったんだとか。しかも、彼女が持つ全財産を使って何百個も……

 その時のヘレンの目つきが怖くて、みんな急いで胸につけたね。

 ちなみにこのバッジ、日を追うごとにつけている冒険者が増えていった。ただ、何となく今でも俺達はその話題には触れないようにしている。




 さて、ウェーベルでそんな生活を半月ほど続けたある日、クエストボードに護衛依頼が貼られているのに気がついた。王都までの商隊を護衛するクエストだ。

 俺達は話し合ってこのクエストを受けることにした。王都の方がこの街より断然大きいし人も多い。これを機に、色々なところを回り、修行しながら困っている人達を助けようと思ったのだ。

「この街にも大分教えが広まりました。次は王都で広めるのもよいでしょう。あっ、そうと決まれば信仰の証をたくさん用意しなくては」

 そう言ってヘレンは慌ててギルドを出ていった。彼女だけはひとりだけ目的が違うようだが、まあいい。俺達もクエストを受注した後、ヘレンの後を追うようにギルドを後にした。

 


 護衛依頼の当日、俺達は街を出たところで商隊の人達と合流した。商隊は馬車3台分。護衛も俺達を含め3つのパーティーが雇われている。

 Dランクパーティーひとつと、 Eランクパーティー2つだ。お互いに自己紹介を終えた俺達は、王都へ向けて出発した。

 護衛の最中はそれほど大きな問題は起きなかった。時折、街道に魔物が出たりもしたが、全てEランク以下の魔物で難なく撃退できた。
 それより気になったのは、ヘレンがやけに商人達と仲良くなっていたことだ。王都への旅が始まってすぐに、ヘレンは積極的に商人達に話しかけ、時には商人達の馬車に乗っていることさえあった。護衛なのに。

 そして俺達が無事に護衛の任務を終えて、商人達と別れるときに俺は見た、依頼者である商人達全員が銀のバッジを身につけていたのを……
 もちろん俺達は見て見ぬふりをしたけどな。ついでと言っちゃ何だが、護衛の冒険者達も全員つけていたよ。一体いくらかけてるんだよ、そのバッジに……




 さて、護衛の任務を終えて俺達は王都へとやってきた。ここでもまた、人助けをしながら自分たちの実力を伸ばすつもりだ。今日はまだ日も高い。クエスト達成の報告がてら、冒険者ギルドに行って長く貼られている人気の無いクエストを受けるとするか。

 俺達は王都の冒険者ギルドで荷物の配達のクエストを受け、まずは王都の地理を勉強することにした。



 王都の生活にも慣れて来たある日、仲良くなった冒険者からおもしろい話を聞いた。何でも最近不思議な事件が起こったらしい。行方不明になった人達が突然帰って来たというものだ。それだけだとよくありそうな話だが、そいつは、オークにさらわれていた女性二人と女の子一人が、猫に助けられてオークの集落から戻ってきたというのだ。

 その話を聞いた大抵の冒険者達は、そんなことあるわけないだろうと笑い飛ばしていたが、俺達はそうじゃない。世の中には信じられないかとが起こることがあると知っているから。おそらくその猫もあの時のカブトムシのように人助けをしているんじゃないのかな。

 その話を聞いたときにヘレンの顔がちょっと怖かったのは、俺の気のせいであってほしい……

 ただ、俺達はその話に大いに影響を受けた。何せ、オークはDランクの魔物。上位個体ともなればそれ以上になる。まだEランクの僕等に手に負える相手ではない。
 もしまた次に同じようなことが起こったとしても、このままでは指をくわえてみているしかない。早くランクを上げなくては。

 俺等はそれから今まで以上に強くなるために努力を重ねた。時には先輩の冒険者にお願いして、格上の魔物を倒しに行ったり、頑張って貯めたお金でより強い武器や頑丈な防具を買ったりもした。ここで意外と役に立ったのがヘレンだ。彼女が広めている銀のカブトムシ教が、思ったより冒険者や商人の間に浸透していたのだ。

 『銀色のバッジをしている者は信用できる』

 なぜかそのような考え方が広まり、銀色のカブトムシのバッジをつけているだけで先輩冒険者は俺達を気にかけてくれるし、商人達は何も警戒することなく俺達によい物を売ってくれる。時には割引までして。
 一度、『そんなことをして騙されたりしないのか』と聞いてみたが、銀のバッジをつけて悪いことをすると、一週間以内にその者の姿は見えなくなるそうだ。何それ。マジ怖い。

 この効果は、この銀色のカブトムシ教の教祖とも言えるヘレンがいればさらに高まる。ただ、当の本人はそれよりも最近、孤児院や比較的貧しい暮らしをしている人達の間で広がっている『黒猫教』が気になっているようだ。
 まあ、向こうの教義がこっちと同じように『困っている人を助ける』だったから、特に敵対することなく済んだのはよかった。もっとも、向こうの『助ける』はどちらかと言うと『施し』がメインらしいが。

 ともかく、おかげで俺達の装備は充実し、レベル上げもはかどり、ここに来て3週間ほどでDランクへと上がった。これはかなり異例の速さらしい。

 そんな時だった。あの事件が起きたのは。

 孤児院の女の子が誘拐されたのだ。Dランクに上がったばかりの俺達は、すぐに捜索隊に名乗り出た。これこそ俺達の出番だと思ったね。



 孤児院に着いた俺は、すぐにシスターから話を聞いた。他のメンバーには誘拐の痕跡が残ってないか調べてもらっている。シスター達からはすごく感謝された。上位ランクの冒険者達が偶然出払っていて、捜索を引き受けたパーティーの中で俺達が一番ランクが高かったから。まあ、高ランクの冒険者達が残っていたとして、この報酬でこのクエストを受けたかどうかは疑問だが。

 さて、若くて美人のシスターによると、誘拐されたのはエイミーという4歳になる女の子だそうだ。昨日の夜、寝かしつけるときには確かにいたらしい。それが朝、目が覚めるといなくなったという。夜中にトイレに行ったという情報もあるということなので、誘拐された可能性が高い。残念だが、人が多いということは、それだけ犯罪者も多いのだ。

 孤児院の中にいる可能性も捨てきれないので、そちらは孤児院のシスター達に任せ、俺達はすぐに犯人を捜しに出た。だけど、王都は広い。情報を集めるにもなかなか捗らない。特に有力な情報もないまま、夜を迎えてしまった。



「くそ、小さな女の子が助けを求めているというのに、俺達はまた何もできないのか!!」

 俺は誘拐犯捜しが何の進展もないことに悔しくて、拳を地面に叩きつける。

「まだ、諦めるのは早いですよ。悪いことをする者は大抵夜に動き出します。今、怪しいところを見張れば見つかるかもしれません」

 俺達の中で唯一冷静なヘレンの言葉にハッと我に返る。確かにその通りだ。こんなところで諦めるわけにはいかない。

「よし、スラム街の方をもう一度『ドッゴォォォォン』……なんだ!?」

 俺がもう一度スラム街に向かおうと声をかけようとしたら、耳をつんざくような爆発音が聞こえてきた。慌てて音のした方に向かっていると、同じように爆発音を聞きつけた衛兵達がいたので合流し、一緒に音のした方へと駆けつけた。

 するとそこには、床に転がっている怪しげな男達と、なぜか鬼ごっこをしている子どもが3人いた。衛兵達はすぐに寝転がっている男達を縛り上げ、俺達は子ども達を保護し事情を聞いた。
 ここにいた子どもの一人がエイミーちゃんだとわかりホッとしたのだが、何だか子ども達の言っていることがおかしい。

 黒い猫が助けてくれたというのだ。

「……どこかで聞いた話だな?」

「オークの時と同じですわ。悔しいことに」

 僕の独り言にヘレンが苦々しげに反応する。それで思い出した。オークにさらわれた女性達も猫に助けられたといっていたな。また猫に先を越されるとは……どうやら俺達もまだまだらしい。

 俺達はその後、誘拐犯を衛兵達に任せ子ども達を連れて孤児院へと向かった。

 夜も遅かったがシスター達は寝ずに待っていてくれたらしく、子ども達と抱き合う姿を見て、とりあえず無事に子ども達を返すことができてよかったと思えた。シスター達に感謝されたときはなんとも言えない歯がゆい気持ちになったけどね。

 今回の経験を経て、俺達はまた自分達の力のなさを痛感した。

「なあ、みんな。俺達武者修行の旅に出ないか?」

 孤児院から出た俺はみんなに向かって切り出した。

 ここ王都は人が多いし、クエストもたくさんある。だが、あまりにも居心地がよすぎて必死さが足りなかったと思う。

 もっと厳しい環境に身を置き、色々な経験を経て、身も心も強くなりたいと感じたのだ。

「俺はいいと思うぜ」

「私もさんせーい!」

 トマスもメアリーも俺の考えにすぐ賛成してくれた。ヘレンも静かに頷いている。

「ありがとうみんな! それじゃあ、どこに向かうかなんだけど、まずはきょうわ『聖国ですわ』……えっ?」

 行き先を告げようとしたところで、ヘレンが俺の言葉を遮り、聖国に行こうといいだした。なぜ?

 トマスとメアリーもきょとんとしている。

 俺達が何も言えず固まっていると、ヘレンが静かに語り出した。

「今この世界で一番信者が多い宗教は何か知っていますか? そう女神教です。聖国とはその倒すべ……いえ、参考にすべき女神教の聖地なのです。
 そこで私達は信者を増や……信者の増やし方を学び、内部から食い……内部組織を真似させてもらうのです」

「あっ、えっと、うんいいね。俺も聖国に行こうと思ってたんだけど……別の大陸だよね?」

 まさかいきなり海を渡るつもりなのか? でも、ヘレンの目が怖くてはっきりとは断れない。助けを求めるようにトマスを見るが、目を瞑り完全に気配を消している。何だよそれ。それができれば、あの時ゴブリンに見つからなかったのに。
 メアリーは……ダメだ顔が真っ青だ。

「船で行きます。大丈夫、敬虔な信者に船を持っている商人がいますから」

「「「…………」」」



 こうして俺達は王都を離れ、武者修行(?)の旅に出ることになったのだった。

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