俺の名前は小早川隼人25歳ニート……だったのは前の世界の俺だった。今の俺は、魔人族のハヤト。泣く子も黙る魔王子だ。
俺がこっちの世界に転生してきたのは2年前……あれ? 3年前だったかな?
とにかく、ニートだった俺は日雇いのバイトで夜の交通整理をしてたらよ、居眠り運転の車が突っ込んできて……そっから先は覚えてねぇや。
気がついたら真っ白な部屋にいてよ、アスタ……何とかって言う女神さんに転生しないかって誘われたもんだから、ここフォル……何ちゃらって世界に引っ越してきたんだわ。
それに転生者の特典ってことで種族を選ばしてもらったんだけどよ、身体も強くて魔法も使えるってのがいたから、この魔人ってのを選んだのよ。ついでにスキルを2つくれるって言うからよ、"鑑定"ってのと"雷魔法"ってのをもらうことにしたわ。
その後、気がついたら魔王国デモナイズって国に飛ばされてたんだわ。
デモナイズには魔王ってのがいて、国を統治してたんだけどよ、こいつがまた強いのなんのって。せっかくいい感じで転生させてもらったってのによ、全く歯が立たないだわこれが。
ただ、2年? 3年? かけて鍛えたからよ、魔王以外には負ける気はしねえ。あ、いや、一人いたな。何とかって魔王の幹部が。あいつはやべぇ。"鑑定"の結果はたいしたことねぇのに、俺の直感があいつには近づくなと言ってるな。俺は昔やんちゃしてた頃、この直感に何度も助けられたからな。多分間違いないと思うぜ。
でだ、ついこの間、魔王に呼ばれてミシティア帝国の第3皇子だかを殺してこいって命令されたんだ。さすがの俺も人殺しなんてしたことなかったからよ、断ろうかと思ったんだが、魔王のやつは聞いちゃくれなかった。失敗したら俺を殺すとも……そういわれちゃやるしかねぇ。
魔王が言うには、俺ひとりでも大丈夫だとさ。だけど、念のためもう1人呼んでいるって紹介されたのが、見てびっくり、なんと聖国の聖女様だったんだよ。名前はサヤカ・カミシロ……いやぜってえ俺と同じ転生者だろ!
こうして2人でミシティア帝国に行くことになったんだけどよ、人殺しの命令はともかく、サヤカとの2人旅は楽しかったぜ。サヤカは向こうで23歳の時に自殺しちゃったんだとさ。詳しくは聞かなかったけど、職場のいじめっぽい感じがしたな。
サヤカは種族選びで人族を選んで、スキルを6つもらったんだとよ。『俺は2つだったのにずりぃぜ』って怒ったら、『最初の説明で言ってたでしょ!』って逆に怒られちまったよ。
とにかくサヤカは人族に転生して"身体強化"、"敵意察知"、"聖魔法"、"結界魔法"、"生活魔法"、"料理"を選んだんだとよ。最後の"料理"っているのか?
まあ、そんなスキル構成だったのと、転生先がアウグネス聖国ってところだったから、あれよあれよという間に聖女に仕立て上げられちまったわけだ。実際、サヤカの聖魔法と結界魔法はすごくてよ、傷はすぐに治るし、魔物の攻撃は全部防いでくれるし、さすがは聖女様って感じだったぜ。
そんなサヤカがなんでこんな任務を引き受けたんだって聞いたらよ、教皇ってやつの命令だって答えてくれた。何でもそいつは聖国のトップらしく、めちゃくちゃうさんくさいやつだってさ。聖国に怪しげな煙を撒いて、国民の思考力を奪って物言わぬ労働力としてこきつかってるんだとか。
聖国めっちゃやばいやん。
そいつが言うことを聞かないと、国民を殺すって脅してきたもんだから仕方なく引き受けたんだとよ。もう一回言う。聖国めっちゃやばいやん。
お互い似たような状況だったからか、すぐに打ち解けることができたし、実際2人で旅をしてたらよ、転生してからのお互いの話はもちろん、昔話にも花が咲いてそりゃ楽しかったわ。
だけどよ、帝国に近づくにつれどんどん俺達の雰囲気は重たくなっていったんだ。そりゃそうだよな。人殺しなんてしたことないし、したいとも思わない。だけど、逃げ出すわけにも行かない。仕方ないから、ふたりして悪役キャラになりきって、ゲームだと思うことにしたんだよ。そうじゃないと、心が壊れちまいそうだったから。
そんで帝国に入ってすぐに、サヤカの方に暗殺者集団から連絡が入った。ってか、聖国の暗殺者集団って何だよ。神をも恐れぬ所業だな。聖国めっちゃやばいやん。
その暗殺者集団によると、帝国近くの森で第3皇子のパーティーが魔物狩りをしてるんだとよ。こんな戦争中に魔物狩りとは、よっぽどのバカか罠のどちらかだろうけど、案外、魔王は帝国と繋がってるって言ってたからな、第3皇子とやらも捨て駒にされたのかもな。
事前の情報によると、そのパーティーは6人と3体の魔物で構成されているってよ。『3体の魔物ってなんやねん?』って思ったけど、第3皇子は召喚士だっていうから納得したよ。
確かBランクパーティーって言ってたな。やっぱり俺ひとりでも十分そうだろ。
んで、俺達がそのパーティーを見つけたとき、ヤツらは地竜と戦ってたわ。地竜相手に苦戦気味だったから、情報通りのBランクパーティーだなって思ってたら、一体別格のやつがいた。
鑑定したらスペリオルグリフォンって出てたよ。スペリオルグリフォンは確かB+ランクだったはずなのに、こいつはA-ランクだった。何かえらいスキルもたくさんあるし、ステータスも他よりましだったな。まあ、俺にとっちゃあくまで他よりましって程度だったが。
いきなり仕掛けるのも悪いと思ったから、とりあえず声をかけてやったら驚いてたな。ああ、魔物に絡まれたらうざいから気配を消してたんだっけか。スキルはなくても、それっぽいことはできるからな。
とりあえずサヤカに結界を張ってもらって宣戦布告してみたら、向こうも俺達のことを知ってたらしく、エルフの野郎がいきなり矢を撃って来やがった。だけど正直ホッとしたぜ。先に襲われたからな。これは正当防衛だって、自分に言い聞かせたんだ。
まあ、そこから先は予想通りだったな。
初手はスペリオルグリフォンに阻まれたが、そいつも俺に傷を負わせれるほどじゃないし、そもそも手加減してたからな。全く問題なかった。サンダーウェーブの魔法一発で2人と一体が倒れちまうしよ。ドレイクなんかは勝手に結界に突っ込んで墜落してるし、俺が負ける要素はひとつも無かったね。
向こうさんもそれがわかったんだろう、第3皇子が降伏を宣言して、自分の命ひとつで許してくれってさ。俺達も何人も殺すのはやだったからな、その願いを聞いてやったんだけど……
そこからが地獄だった。
何なんだよあの黒猫は。いや、黒猫じゃないだろあれ。いきなり念話で降伏しろなんて言ってきたから、サンダーランスをお見舞いしてやったら、なんと土魔法で防ぎやがった。
あの黒猫、俺の鑑定を欺くほどの隠蔽を持っていやがった。
後はもう何が何だか。結界は一発で破られるし、腕が切り落とされてるし、サヤカの結界は俺の方が薄いし、両足が切断されたときはマジ死ぬかと思った。
ありゃ反則だろ。なんであんなのがいるんだよ。
サヤカも首に爪を当てられて心が折れちまったし、もう本当に死を覚悟したよ。
でも、俺達は見逃してもらえた。
この黒猫がなんと転生者だったから……
いや、それから俺達は怒られた。正座させるために俺の足をサヤカに治させるくらい黒猫、いや黒猫様は怒ってた。隠蔽を解いた黒猫様を見てもう俺はびびり散らかしちまったね。
何がヤバいってまずお前、ステータスがヤバいだろ。攻撃力と防御力は俺の1.5倍以上、魔法攻撃力、魔法防御力、敏捷に至っては俺の3倍だぞ。勝てるわけが無い。それになんだあのスキルの数は50くらいあったんじゃね?
化け物だろ、あれは……
そんなやつが念話で怒ってくるもんだから、怒りの感情がもろに伝わってきて恐ろしいのなんのって……だけど、最後の最後あいつは優しかった。俺達が必死にここに来てからの生活を伝えたら、信じてくれたんだよ。まさか、年下だとは思ってなかったけどな。
それに、俺達が第3皇子を殺さないと、サヤカは教皇に国民が殺されてしまうこと、俺が魔王に殺されてしまうことを話したら、一緒にその二人を倒さないかと提案してくれたんだよ。
まさかこの世界で『日本人の困った人は見過ごさない』に出会うとは思わなかったよ。もちろん、あいつは召喚主の嬢ちゃんのためってのもあるんだろうけど、あの嬢ちゃんだけを守るって選択肢もあったはずだからな。
サヤカはその提案に乗り気だったし、俺もあいつが魔王に勝てる算段があるっていったから、その提案にのることにした。何だかんだで、人間を相手にするより魔物を相手にする方が気が楽だったんだと思う。
あいつは嬢ちゃんとお別れするために1日ほしいっていったから、もちろん俺達は承諾したよ。ってか、断れるわけないよな。
そんなんで俺達ふたりと黒猫様はまずは聖国目指して旅することになったのさ。