「これがリン様の味かぁ」
「……え?」
隣から聞こえてきた鈴葉の言葉に、リンは何の話かと固まる。鈴葉を見ると、一口食べたスイカを目線の高さまで持ち上げ、まじまじと回転させて観察している。
「さすが。高い妖力を持つ人の味は格別だ」
「誤解のある言い方するんじゃありません」
リンは小さく溜息を吐き、切り分けられて皿に乗っているスイカを一つ手に取る。口に含むとみずみずしく甘い味が広がる。
このスイカはリンが言霊によって生み出したものだった。見た目も味も確かにスイカであるが、全て妖力によって形を保っているもので、込められた妖力が味や食感などを感じさせている。つまり、食べ物のフリをした妖力の塊である。
幻夢界では本物の食料と、妖力で生み出された食料との二種類が普及している。基本的に食事を必要としない種族が多いため、食事から栄養を摂ろうとも、妖力を食べようとも、外部から力を摂取できることに変わりない。わざわざ農業に勤しむ者も少なく、街では食べ物を生成する能力持ちが、仕事として食べ物を生産していることも多い。
猛間の暑い時期に紅葉岳に遊びにきた鈴葉をもてなすため、リンはスイカを生み出した。妖力を込めて発した言葉を実現させる能力を使い、特上の甘味を持つスイカをいとも簡単に出現させられる。食を愛する者や生産する者が見れば嫉妬してしまうほど簡単に、一言『皿にスイカを』と言っただけで。
「リン様といれば何だって食べられますもんねぇ。いいなぁ」
趣味として食事を楽しんでいる者の一人、鈴葉が羨ましそうに言う。鈴葉の食欲は底を知らないと一途で有名である。
「そんな甘やかしたことしないけどね。食べ物の有り難みが分からなくなるでしょう?」
「有り難み?」
「そう。誰かが丹精込めて作った食べ物や、生物の命をいただくの。自然や誰かのおかげで手に入れられるものなんだから、当たり前に思ってはいけないわよ」
「ほ〜、なるほど」
話しながらもスイカを食べ進めていた鈴葉は、身の部分が無くなったスイカの皮を両手で持ち、目を閉じる。
「リン様の一部、いただきました。美味しかったです、ありがとうございます」
「むず痒いわ」
なぜか先程から自分を食べたというニュアンスで話す鈴葉に、内心溜息を吐きつつも、有り難みへの発言を撤回もできず、ジト目を向けるリンだった。
