捕らわれた守護神ネルのエネルギーが尽き、幻夢界の中心であるエスシ地方のエネルギーバランスが崩壊する。それによって創造神四柱も甚大なダメージを負い、崩壊に拍車をかける堕落族によって幻夢界は滅びていく。
これがどの幻夢界でも共通の結末であった。ネルの救出、四柱への警告、堕落族の抑制。思いつく限り、最悪の結末を変えようと、並行世界を渡って何度も試して来たが、どうしても幻夢界は崩壊の道を進んでしまう。
異界送りはひび割れた空を見つめる。
創造神の一人、空神が弱り、幻夢界自体の空間が崩壊しかけて空が割れている。地上でも土地が焼かれ、生命が失われ、海に飲まれといくつもの災害が起きている。何度も見た光景だった。もうじきこの幻夢界も終わりを迎えるだろう。
「おーい、まだ帰んないの〜?」
崩れかけの世界で、緊張感のないのんびりした声が異界送りにかけられる。その声は異界送りが上半身だけを出している鏡の中――ユニライズ基地からだ。
鏡からひょこっと顔を出す同僚の時空渡りが、異界送りの眺める世界を見てやれやれと笑う。
「終わった世界に残ってたって時間の無駄じゃん。早く次の世界で試そうよ」
「分かってる。でももう聖都崩壊周りの可能性は全部潰しただろ? 正直手詰まりだ。他の世界で試したって結果は同じ――」
「はいはい、文句言っても仕方ないでしょー? アタシたちはカミ様のために働けばいいの。人形があーだこーだ考える必要ないんだから。ほら、早く行くよ」
時空渡りは鏡から顔を引っ込め、基地の方へ帰って行った。異界送りは不満げに口を歪め、去っていく時空渡りの毛先を見送る。
時空渡りがいればどれだけでも、何度でも時間を巻き戻せる。失敗も無駄にした時間も取り返せるが、巻き戻した記憶を引き継いだままの異界送りと時空渡りの体感時間は変わらない。
一つの並行世界で何度も時間を巻き戻し、崩壊から逃れるために未来を変えてきた。途方もない時間を過ごした二人だが、この世界を諦めることにより、その尽くして来た時間は無駄になった。時空渡りは何も感じていない様子だが、何一つ収穫がなかった異界送りは悔しさややるせなさを拭えなかった。
「ボク達はあとどれだけの世界でこんなことを……」
亀裂の入った空を睨む。
すると、どこからか風が通り過ぎていった。ただの風ではない。妖力のこもった、力強い風だ。
「なんだ?」
異界送りは周囲を見回す。崩壊に乗じて暴れた堕落族によって、ほとんどが灰にされた森に、一人の獣天狗が立っていた。無謀ながらも鬼の堕落族に挑んでいる。
あれは負けるな。
そう思って目を逸らしかけた異界送りだが、次に起こった出来事に目が釘付けになる。
獣天狗の頭上に堕落族と同じ棘の輪が浮かんだのだ。
「なっ! あいつ堕落族なのか……!? でも、堕落族同士で争っている……? どういうことだ?」
異界送りは二人の戦闘を安全圏から見続けた。結局獣天狗の方が力尽きてしまったのだが、今まで堕落族と敵対する堕落族の情報はなかった。あんな存在がいたとは。
あの天狗を利用すれば、世界を新たな可能性に導けるかもしれない。
異界送りが幻夢界存続の鍵を見つけた瞬間であった。