大学生になれば自動的に彼女ができるものだと思っていた。
だけど、それは幻想だと知った。
実際に大学に入学して一年が過ぎた。なのに恋人候補すらできやしない。俺が高校時代に描いていたキャンパスライフはまやかしだったのだ。
恋人とキャッキャウフフするだなんて一部のリア充にしか許されない権利なのだろう。
創作物はそれを拡大解釈して、さも当たり前のようにありふれた青春だといたいけな男子に錯覚させた。この罪は万死に値する。俺がなんのために勉強してそこそこ良い大学に入ったと思っているんだ。
もういい。そっちがその気なら俺にだって考えがある。もう夢なんか見てやるもんか!
──と、思ったのが最近のことであった。
「う~……気持ち悪い~……」
深夜。合コンの帰り道。
大学生と言えば合コンだろ! と期待に胸を膨らませていたのは過去のこと。
何度参加してもノリが合わず、彼女ができる気配すらない。どこかで失敗していたのか、いつしかお呼びがかからなくなっていた。
俺も灰色の大学生活を覚悟したところだったのでどうでもよかったのだが、今日は人数合わせで久しぶりに参加した。念押ししておくが、女子目当てではない。これも友達付き合いの一貫というだけである。
久しぶりの合コンだからって何も改善できず、ただ盛り上げ役として酒を一気飲みするだけ……。俺が急性アル中になったらどうしてくれんだ。責任は合コンの参加者全員にあるのだと主張させてもらう。
「やべぇ……吐きそう……」
道端で吐きたい衝動に襲われる。でもここで吐いたら人として大切な何かを失う気がして思いとどまった。
その時だった。
「あの、大丈夫ですか?」
地面を向いているばかりだった俺に、女の子の言葉が降ってきたのだ。
「……メイドさん?」
そこには黒髪ロングのメイドさんがいた。可愛らしい声だと思ったが、顔も可愛らしい。
着ているメイド服はリボンやレースがふんだんに使われている。胸元が無防備でスカートも短くてふっくらしていた。本職のメイドというよりメイド喫茶にいるようなメイドさんって感じだ。
なんでこんなところにメイドさん? 酔いが回りすぎて妄想が具現化しちゃってんのかな。俺メイド好きだし。タグにメイドが入っているだけでクリックしちゃうくらいにはメイドが好きだし。
「ああ、大丈夫……。ダイジョーブっすよ~……」
手を横に振って問題ないことをアピールする。たとえ吐きそうだとしても、見知らぬ女の子に助けを求めても仕方がないだろう。
メイドさんを愛でてみたいものだけど、吐き気がやばすぎてそれどころではない……。一刻も早く家に帰らなければ大変なことになる。黒歴史を生み出してはいけないのだ。
足早に家に向かう。揺らさないように気をつけたいのに、目の前には曲がりくねった道が続いていた。
頭がふわふわする。地面ってこんなにグニャグニャしてたっけ? すごく歩きづらいぞ。
「全然大丈夫じゃなさそうじゃないですか! 家まで送りますから、わたしに掴まってください」
突然、フローラルな香りがした。
メイドさんが肩を貸してくれたのだ。見ず知らずの酔っぱらった男に優しくするとは天使かよ。メイドさんマジ天使。
メイドさんの厚意に甘えさせてもらうことにする。じゃないと、今にも倒れて人として大事なものをぶちまけてしまいそうだったから。限界は近い……。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。小柄なメイドさんに体重を預けると、俺を支えるのが大変なのか何度も軌道修正させられた。
「あ……あー……そこ、そこが俺の家です」
ゾンビみたいな声を漏らしながら、おぼろげな意識で自分が住んでいるアパートを指差した。
ここでメイドさんとはお別れか……。
はっきりとしていない意識で、彼女とはここでお別れかと、それだけは寂しく思った。
「しっかりしてください。中まで連れて行きますよ」
そう思っていたのに、メイドさんは俺の体を支えながら階段を上がる。
マジかー。悪いよなぁと考えながらも、彼女の優しさに甘えさせてもらった。
「そこー……そこが俺の家ー……」
二階の角部屋。そこが俺の部屋だ。
メイドさんは俺が家に入るまで支えてくれていた。彼女の支えを失った瞬間、膝から崩れ落ちていく。
「おえ……」
帰宅した安心感のせいか、一気に吐き気が込み上げてきた。限界などとっくに超えていたのだ。
這いずってトイレまで行くと嘔吐する。酸っぱい味が俺に不快感を与えてくる。
「もう二度と合コンには行かねえ……!」
おえおえと何度も履きながら硬く決意する。これが夢の代償というなら割に合わないにもほどがある。
嘔吐を繰り返して、いい加減苦しくて泣きそうになっていた時だった。
「苦しいねー。つらいねー。嫌なもの全部吐き出しちゃおうねー」
甘い言葉とともに背中を優しく摩られる。それが誰のものかなんてわかり切っていた。
さっき出会ったばかりのメイドさんにそこまでしてもらう義理はない。むしろここまで送ってもらったのだってしてもらいすぎなほどだ。
だけど今はただただ苦しくて、彼女の優しさに甘えずにはいられなかった。
たくさん吐いて、たくさん水を飲ませてもらった。俺が意識を保っていたのはそこまでだった。
※ ※ ※
食欲をそそる香ばしい匂いで目が覚めた。
「あれ、俺はいつベッドで寝たんだっけ?」
昨日飲み過ぎたせいか記憶が曖昧だった。
合コンから帰っているところまでは記憶があるんだけど……。うーん、あれからどうやって帰宅したのか思い出せない。
「って、この美味そうなにおいはなんだ!?」
「あっ、起きたんですね」
「……え?」
俺ががばりと起き上がったと同時に、メイド姿の女の子がひょっこりと顔を出す。明らかに俺よりも年下に見えた。
え、誰あの子? どうして俺の家にいるんだ?
寝起きでいきなり大パニックである。酔っぱらった拍子にいたいけな娘を家に連れ込んでしまったのか? え、それ犯罪だろ! お、俺は無実だよな!?!?!?
「もうすぐ朝食ができますからね。少し待っていてください」
俺の動揺とは対照的に、メイド姿の女の子は落ち着いたものである。
なぜ一人暮らししている男の家で冷静でいられるのか問いただしたい。ていうか何がどうなってここにいるのか教えてください!
「は、はい」
疑問を飲み下し、なんとか返事した。
冷たい汗が次から次へと流れる。 だって、俺が社会的に生きるか死ぬかの窮地に立たされているのだ。いや本当にどうしてこうなった!?
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