※注意書き※
これは私の個人の感想であり、オタクとしての叫びであり、『野菊の墓』(伊藤左千夫)に対する愛で読書レビューであります。
解釈が間違っている場合と、多大に私の偏見が含まれている場合があります。そして、がっつり最後までネタバレしております。
それでもいいという優しい方々、是非とも頭を空っぽにしてお読みください。
登場人物
よっちゃん:語り部。雑食オタク。古典からライトノベル、絵本までもう何でも読む。
さっちゃん:辛口腐女子。CPは固定派。でも別に拒絶はしない。性描写、過激な表現大好き。
みっちゃん:純粋乙女少女漫画培養。公式設定から離れているのは嫌。あまり性描写が多いのも好きじゃない。
≪前回までのあらすじ!≫
連載時昭和だった漫画を原作にしたアニメは、平成最後の年にて異常な盛り上がりを見せ、年末に最終回を迎えた。主人公とその親友の物語を見届けた友人二人は燃え尽きた。私は彼女たちをいつものカッフェに誘い、傷心中の彼女たちを慰めることにしたのだ――。
「……何で死んだんだ主人公ぉ……」アニメ化をきっかけに、原作を読み後日談も読んだ友人・さっちゃんは机に突っ伏していた。
「ちょっと……ネタバレよしてよ……ついでに希望を費やさないでよ……」アニメしか見ていないもうひとりの友人・みっちゃんは、椅子の背もたれに寄りかかって天を仰ぐ。
「二人とも随分沼ったみたいだな」
私はと言うと、母親の蔵書にあったので、とうの昔に読了済みである。そして深夜アニメなのでまだ見ていない。我が家は最近テレビが壊れたのをきっかけに、新しいのを買った。ようやく録画機能がついた奴だ。
――今思うと、リアルタイムで見れなかった寂しさと、視なくてよかったという安堵がある。この二人を見てると。
「ホントやばい最近やばい主人公と親友のことしか考えられない。世界があの二人で回ってる大型イラストコミュニケーションサイトで生存if漁ってる日々が毎日続く怖い」
「私腐女子じゃないけどあの二人は結ばれるべきこの際性別は問わないからお願い一緒にいて欲しいでもだからこそ終わりが尊いんだよね公式しんど尊い……」
「これは酷い」
おもわず真顔になるわ。ワンブレスでどんだけの文字数言ってんの。
「このままだとまずい生活が普通に送れなくなってしまう。よっちゃんお願い、何か、別の萌えを。別カプを」
「我々を救済したまえー!」
よっちゃんとは私のあだ名である。
まあこんなことになるのは事前にわかっていることだった。そもそも私がアニメが始まる前に「原作面白いよー。……私見れないけど(ボソッ)」なんて勧めなきゃ、割と趣味に対しては保守的な彼女たちは着手しなかっただろう。
「……仕方ない」
ここは私にも責任がある。というわけで。
「今私、文豪にハマっているんだけど」
「「迷い犬か? 錬金術師か?」」
「なんでわかるし」ほんとなんでわかるし。そんで私は迷い犬から入った。
「それなら話は早い。……二人とも」
『野菊の墓』って知ってる?
という導入から、私の『文学』のプレゼンは始まった――。
「まず、主人公とヒロインが二歳差で、ヒロインの方が年上なんだけど」
「「おうっふ」」
おおーっと、さっそくダメージを受けたようだ。
「……よっちゃん、あなたはとどめを刺しに来たの?」みっちゃんが息も絶え絶えに尋ねる。なんのことでせう。
気にせず私は続ける。
「主人公政夫(数え年で15歳)と、ヒロイン民子は従姉弟なのね。政夫の母親が病気になって、民子は看病や手伝いのため政夫の家に滞在することになった。二人は大変仲が良かったんだけど、それは別に爛れた関係という意味じゃなくて、じゃれあうような、とても無邪気な関係だった――が、周囲に邪推され、母親も『仲良すぎると周りがめんどいから気をつけてね』って言いだすのだ」
「……おう」
「でもそんなこと言われたら逆に気になるのが思春期☆政夫くんなわけです。意識し始めたら止まらない、やめられない――あれ、民さんこんだけかわいかったっけ? ヤバイどうしよう……ってなわけですよ」
そして運命の時。
山仕事に出かけた二人は、途中の道で、可愛らしい野菊を見つけるのだ――。
◆
『僕はもとから野菊がだい好き。民さんも野菊が好き……』
『私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位』
『民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ』
民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。二人は歩きだす。
『政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか』
『さアどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ』
『それで政夫さんは野菊が好きだって……』
『僕大好きさ』※1
◆
「「ああああああああああ!」」
発狂する友人二人。だが、悲痛からでる叫びではない。喜びの悲鳴である。
「少女漫画か! いや今時少女漫画でもこんな初々しい場面はねーわ! 清純BLかときめき重視のやつ!」がっつり腐女子さっちゃんが叫ぶ。
「ちょっとさっちゃん二人は異性!! 男の子と女の子だから!!」一方、『公式はNLなのにどうしてヒロイン置いて男同士でいちゃつくの?』派のみっちゃんはさっちゃんの言葉に食いついた。
「性別なんてただの記号だッ!!」さっちゃんは『公式では男でも女体化したって大丈夫』派である。
「いや性別って個人の性格を作る物でしょ⁉ だいじなアイデンティティでしょ⁉」一方、みっちゃんは『公式大事、設定は固定』派だ。
「あー、その主義主張はひとまず置いてくれない? 話し続けたいから」
オタクから出発するジェンダーの話も面白いけど、今は『野菊の墓』を喋りたい。
何とか二人が落ち着いた。
みっちゃんは、「正直意外」と呟いた。
「昔の文学って、もっとドロドロしてるもんかと思った」
「あー、たしかに。主人公が高圧的で、ぐだぐだ悩みまくる的な。そしてやけに悲劇」
……すごーくわかるような、偏見なような。
でも作品って多分、グダグダ悩む人だから作れるんだろうしね。あながち間違いじゃないと思う。所詮にわかだから自信ないけど。
「それで? 二人はどうなるの?」『くっつくまで時間がかかる少女漫画が好き派』なみっちゃんは目を輝かせる。
「ヤるの?」一方、『ヤるならヤレ。ヤるのが見たいんだ派』なディープ作品を好むさっちゃんは、なんだろう、目に凄みがある。というかもっとオブラートでお願いします。ほら、さっきまで輝いていたみっちゃんの目が荒んでいくから。
「……山仕事を終えるまで、二人は純粋に、ホントーにただただお喋りしていたの。ところが、楽しすぎて帰るのが遅くなってしまう。やっぱり家の人間からは邪推され、批難轟々。そしてついに、『年上の嫁なんて許さない』と、政夫の母親が二人を引き離すため、強硬手段に。町の中学に入学させるのを早めたのだ」
そして
――最大の見せ場が、友人二人を襲う!!
◆
…僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。
朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。…ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。…心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい…。
十月十六日
政夫
民子様※2
◆
「翌日の朝、民子は小雨の中、政夫を見送った。何も言葉は交わさずに。それが、生涯の別れになろうとは、二人は思ってもみなかった……。
――で、生きてる? 二人とも」
「「……」」ダメだ、返事がない。ただのしかばねのようだ。
「……手紙……別れ……ダメ絶対……」
「あああ主人公……親友ぅぅぅ……」
「……で、続けるけど」私は容赦なく続けた。
政夫は冬休みに帰省したが、丁度二日前に母親が民子を実家に帰してしまった。原因は民子に対する、兄嫁のいびり。元々しつこくいびられていたのだけど、あの一件があって激化してしまったのだ。家族の仕打ちに呆れた政夫はそれから一年、家には帰らなかった。そして翌年の冬休みに、民子が嫁に行ったことを知る。
実は、実家に帰った民子は縁談を進められるが、政夫を強く想っている彼女は拒絶していた。しかし母親の『息子の嫁には絶対させない』というダメ出しで、とうとう行かざるを得なくなったのである。
「けど、知らせを聞いた政夫は、特に動揺しなかった。というのも、民子が他所に嫁に行こうが、民子を思う自分の気持ちは揺らぎないし、民子もまた気持ちが変わらないことを知っていたから。――そう、『僕の魂は、いつだって君の「「うわあああああああああ!!!」」』……ちょっと、うるさい」
「あんた鬼か!! 新たな萌えどころか原点回帰してんじゃないの!!」
「絶対確信犯だよね⁉ 誤用的な意味で!!」
二人は思い思いに叫び、――そして、はっと我に返った。
「よっちゃん、『生涯の別れ』って言ってたよね?」
「つまり――」
「……それから数か月して、『スグカエレ』という電報が届き、慌てて家に帰ると、政夫の母親が泣き崩れながら民子の死を告げたんだな。流産のあと、肥立ちが悪くて」
彼女は死ぬ間際、『死ぬのが本望なんです』と言って、それっきり口をきかないで逝った。
死後、彼女の胸の上に乗った左手の中には、赤い布に包まれた、政夫の写真と、あの手紙が握りしめられていた――。
「それを読んだ政夫の母親は、『自分が殺したも同然』と言い、自分のしたことを後悔して泣き狂った。民子の家族は、縁談を強制したことを泣きながら謝罪。でも、政夫は誰も責めはしなかった。誰も悪くないと言い、七日間墓参りを続けた後、彼女が好きだった野菊が墓の周囲に植えられた。そして、母親の気持ちが楽になるように心内を話し、学校へ戻った――」
「後日談《アフターストーリー》ぃぃぃぃ!!」
ガンっ!! と、さっちゃんがテーブルに頭を打ち付ける。
「そうして、政夫も民子と同じように、余儀なく結婚する。けれど民子を想う心は、民子が握りしめた手紙と写真の様に、やっぱり揺らぐことはなかったのでした。
――一緒にいられなくても、心はそばに。そういう話だったのさ、『野菊の花』は」
そう締めくくり、無事に私のプレゼンは終了した。
が、友人も死亡した。口から魂抜けてる。
「……私が言いたかったのは、『心を半分譲り渡すような想いって、今も昔も素敵』っていう萌えを共有したかったんですが、いかがでしたでしょう」
「うん、身に染みるどころか、もはや自分の肉体がおまけみたいにどっぷり浸かった」
「なんで今日そんなに容赦ないの、よっちゃん……」
「だって二人とも、『2000年以前の作品は古臭くて読めない』とか言ってたじゃん」
そう。アニメ化以前に、私はこの二人に原作を勧めていたんだ。なのにこの二人は、『あ、絵柄が無理』だの、『多分昔すぎて話が面白くない』だの、『古本は鼻くそついているから嫌』だの……いやまあ、後者はわかるけどね。図書館の古い本とかホントそれだよね。
それが絵がキレーな平成アニメになった途端、盛大に手のひら返しやがって。別に、作品のよさを共有できるならそれでいいけどさ。それでも意趣返ししたかったわけよ。常に流行りに踊らされているものたちに。
――古典っつーのは、愛されるから生き残ってんだということを!
「前人があっての王道なわけ。わかる? 興味ないなーと思っても、今後はもう少し、歩み寄る姿勢を見せてくれると嬉しいな」
「「はーい……」」
よしよし。二人も反省してくれたようだ。
私は雑食だから、基本的に二人が勧めてくるものは読むんだけど、この二人はそうじゃないんだよね。地雷が多いみたいで。
まあ好みなんだからその人の自由だけど、雑食人間な私はそれが寂しかった。そう、寂しかったんですよとっても。だからこれで、読んでくれる本が増えてくれると嬉しいな。
さて、丁度頼んでいたケーキも来たようだし、オタクトークは少し休憩しよう。
……ケーキを食べ終わったところを見計らって、私は再び『野菊の墓』について喋ることにした。
「ところで、野菊っていうのは総称らしいよ」
「え、ホント?」
「代表的なのは淡い紫色のヨメナらしいけど、野紺菊も秋の野菊の代表で――キク属だけじゃなくて、シオン属とかヨメナ属とかも含まれるらしいし」
だから思ったのだ。
政夫の言う野菊というのは、何色だったんだろうと。
私が読み落としていない限り、野菊の色は言及されていない。ただ作中にて、野菊のようだと言われた民子は、政夫のことを「竜胆のような人」と言った。竜胆は紫色の花だ。対を為すのは、同じ紫色の花じゃないだろうか。
……まあウィキ〇ディアで、野紺菊じゃないかって言ってるけど。あれが一番道端に生えているみたいだし。
「ちなみに、野紺菊の花言葉は『忘れられない想い』、竜胆は『あなたの悲しみに寄り添う』だってさ」
「ええ……何その完成具合……やばすぎ……」
「最初から伏線はあったってわけか……」
まー、花言葉なんて星の数程あるし、多分その当時はないだろう。
ただの偶然だろうが、それでも美味しくいただくのがオタクの性。
――だって、物語を好き勝手解釈するのが、私たちの栄養だからね。
≪おまけ オタク女子たちの総評≫
『野菊の墓』伊藤左千夫(1906年発表)
よっちゃん:伊藤左千夫は、正岡子規に師事してたらしいよ。子規は「写生文」という考えの人だったから、ひょっとすると、実話の部分が多く占めているかもね。
みっちゃん:つまり……この純愛は……ノンフィクションの可能性も……? 何それ尊い……。
さっちゃん:でもさ、周りが五月蠅いなら、二人でとっとと駆け落ちすりゃよかったのにね。
みっちゃん:いや、時代と年齢的に無理でしょ、そんなこと。親の言うことが正しいっていう時代なんだし、年だってまだ子供じゃん。
さっちゃん:関係ある? 今の世の中だって、二十歳越えても親がどーとか言って、せっかくの内定取り消しちゃうじゃん。
よっちゃん:さっちゃん、キビシー追及はそのへんで。それに文学で「うじうじすんな」って言ったら身も蓋もないから。
※1、2は青空文庫の『野菊の墓』(
https://www.aozora.gr.jp/cards/000058/files/647_20406.html)からちょいちょい引用しました。
参考文献
小川義男『あらすじで読む日本の名著』(2003年、樂書館)
遠藤若狭男『俳句でつかう季語の植物図鑑』(2019年、山川出版社)