https://kakuyomu.jp/works/1177354054882081464/episodes/1177354054882497015 熊木宗四郎は霧の濃い夜の街を歩いていた。
霧の中で薄らぼんやり光る街灯を頼りに人気のない道を静かに歩く。
トレンチコートの襟を立てて寒気に耐える。吐く息が白い。
「今日は一段と冷える」
虚空に向けて呟く。ふと霧の中でネオンが輝く看板が目についた。
そこには《BAR》の三文字があった。
「一杯……ひっかけていくか」
BARは地下にあるようだ。階段をゆっくり降り、その先の木製の扉を開けて中に入った。
中はアンティークな造りの洒落た雰囲気だった。他に客は見当たらない、もうすぐ閉店時間だからだろうか。
カウンターに座るとバーテンダーが前に立った。まだ若い。
「今日は一段と冷えますね」
さっき同じ事を言った。
「ご注文はお決まりですか?」
熊木は指をピンと立てて答える。
「マスター……いつものを頼む」
「お客さん今日が初めての来店ですよね?」
全くその通りである。