うちの母は、情けない。
父に怒鳴られれば黙る。
言いたいことがあっても飲み込む。
家族の顔色ばかり見て、最後には「ごめんなさい」と笑う。
私はずっと、そんな母が嫌いだった。
もっと言い返せばいいのに。
怒ればいいのに。
どうして、いつも我慢するの。
――そう思っていた。
あの晩までは。
いつもの夕食。
いつもの父の小言。
いつもの母の沈黙。
ところが母は、突然立ち上がった。
「もう、いい加減にしてよ!」
食卓に響いた声。
そして、母の手には――包丁があった。
父も、私も、動けなかった。
いつも一番情けなかったはずの母が、
その夜、一番怖い人になった。
でも。
母は本当に、突然キレたのだろうか。
私たち家族が見ないふりをしてきたものは、
もっと前から、そこにあったのかもしれない。
これは、ひとりの母親がキレるまでの話。
そして――
キレたあとも、家族でいられるのかという話。
家族心理ドラマ×ホームノワール。
笑えそうで笑えない、志乃原七海流・家庭崩壊劇。