「チラ見の美学」——作者・志乃原七海より
視線というのは、どうしても隠しきれないものなのだと思います。
じっと見つめる視線には、意志があります。
けれど、ふと逸らされた視線や、ほんの数秒だけ重なってすぐに泳ぐ視線——「チラ見」としか呼びようのないその一瞬にこそ、人間の欲望や怯え、そして無自覚な感情の揺らぎがすべて凝縮されているような気がしてならないのです。
近代美術資料館という、森とガラスに囲まれた静寂の空間。
休講になったゼミの合間に、ただ暇をつぶすためだけに足を踏み入れた「僕」。
受付に並ぶ、対照的なふたりの女性。
八重歯を覗かせて柔らかく笑う奈緒さんと、
黒髪ショートにジャケットを羽織り、隙のない空気で書類に向かう真紀さん。
ふりがなをわざと途中で残した記名用紙。
指先でくるりと回されるペン。
ガラスの反射越しに、お互いを探り合う視線。
「見ている」のか、「見られている」のか。
あるいは、「見ないふりをしている」だけなのか。
読者の皆様には、どうかこの微細でフェティッシュな空気感に油断し、心地よく酔いしれていただきたいのです。
けれど、忘れないでください。
もっとも静かな場所ほど、もっとも深い歪みが潜んでいるということを。
いちばん先に僕を見つけた人が、いったい何を隠していたのか。
その視線の「理由」に気づいたとき、あなたが立っている足場は、静かに、けれど逃げ場もなく崩れ去っていくはずです。
どうぞ、この緻密に仕掛けられた「行間の沼」へ、足を滑らせてみてください。
志乃原七海