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異世界フードファイト!【1話】

1.

「おい、新入り! 飯の用意しとけよ」
「へーい」

頭を殴られると同時、目を覚ます。
周囲を見まわし、この生活が夢ではないとわかっているのに、夢であってほしいと何度思ったことか。

俺はこの世界に来た時、固有スキルを手に入れていた。

スキル『製パン』

レベルに応じてパンを一つ捏ね上げる。
出来立てふかふかのパンだ。

レベルが上がればもっとやれることが増える。
そう信じてレベルを上げた先に待っていたのは一日に出せるパンの量が1→2個に増えるだけと言うあまりにもあんまりな現実だった。

召喚国は雨季が遠のき、作物がまともに育たず飢餓状態。
召喚理由は戦力の増強。他国を侵略して食い扶持を獲得するための補充要員だった。

それで俺のスキルは最初こそ期待されていたものの、一日に出せるパンの制限数が1。30日を要して制限数が2にしかならないと知った時の失望した顔は今でも忘れられない。

国の抱えた兵士だけでも3000人。国民はもっとだ。
俺の固有スキルは国の期待に応えきれずに無用とされた。
むしろ喧嘩の元になるから出ていってくれとまで言われた。
柔らかく飲み込みやすいパンを食べられたことには感謝していると命だけはとらないでくれたが、俺はこの世界や土地について詳しく知らず、路頭に迷った末に山賊に拾われた。

山賊の砦での俺の仕事は飯炊係。
製パンスキルで出したパンは頭領のための特別な物。
しかし俺のスキルのレベル上げには大きな欠陥があり……食べてくれた対象が心の底から感謝しないと経験値が一切入らない仕組み。

国に召喚された時はまだ喜び勇んで食べてくれた。
が、統領は酒のつまみ感覚で口にする。なんだったら軽くつまんでそこらへんに投げ捨てる。感謝などもってのほかだ。
山賊に拾われて俺の命は助かったがレベルの方は迷宮入りした。
お先真っ暗とはこの事か。

そんなある日。

「おい、新入り。大事な商品だ。丁重に扱えよ?」

そう言って紹介されたのは鮮やかな黒髪を短くまとめた、どう見ても日本人です! と言わんばかりの美少女だった。

「お前、下手うったなぁ。奴隷なんて可哀想に」
「お腹ぺこぺこぉ〜、ねぇあなた! ここの人? 今日のご飯はなぁに?」
「あ? 奴隷にまともな食事が与えられると思うなよ?」

俺だってそこらへんの草を食って飢えを凌いでるのによ。
奴隷ではないはずなのにおかしいなぁ。

「そんなこと言って。私は大事なお客様よ?」
「大事な商品の間違いだろ」

この世界では奴隷は物扱い。
一度奴隷落ちした奴は二度と這い上がれない様に二重三重に契約を敷かれる。

「って、お前も勇者召喚とやらに巻き込まれたクチ?」
「それを聞くってことは君も?」
「めっちゃ飢えてる国に、補充戦力として呼ばれた。俺は一日一個パンを出す能力だったからレベルアップに付き合ってくれたけど」
「でも追い出された?」
「そ。レベル2で一日に出せるパンが二個に増えただけ。そんな奴に食わせる食事はないって言われてさ。自分の食事は自分で出してたのにひどくない?」
「あー、それは災難ね。私の場合は一日で城の食糧庫の1/3食べ尽くして奴隷落ちしたわ」

なんだこいつ! 思ってた以上にやべー奴だ。

「あ、そんな顔する事ないじゃない。私だって恥じらいはあるんだからね?」
「恥じらいある奴が城の食糧庫の1/3も食べるな! 常識ないのか?」

うちの召喚国だったら討ち取られたっておかしくないぞ?

「だってーお腹空くんだもん!」

もん! で済ませられるのは小学生までだぞ。
高校生になってそれで通じるやつを俺は知らない。

「燃費の悪いやっちゃな。ほれ、俺のパンで良ければ食え」
「いいの? ありがとう! うわー、これこれ! 日本のパンだー! 小麦のいい香り! 噛めば噛むほど甘味が出てきて、これぞ伝統のパン! って感じ! ごちそうさまでしたーー」

なんかめちゃくちゃ褒めてくれるじゃん。
そこまで褒められるとは思ってなかったので、満更でもない。
と、なんかピロンピロンピロンピロンうるさいな。なんだ?

意識をステータスの方に寄せると、そこにはとんでもない情報が書き込まれていた。

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NAME:物豆リク
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<固有スキル:製パン>
レベル   :3(+1up)
パン生成数 :3(+1up)
グレード  :1
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<制作パン種>
1〜コッペパン
3〜クロワッサン(NEW)
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パンの種類が増えとる!
いやいや、それよりもだ。
頭領に食わせても上がらなかった経験値がこの女に食わせただけでどうしてここまで増えるんだ?

「あんた、何者だ?」
「私? 食事に感謝を捧げて大切に食べるフードファイターだよ。さっきのコッペパンはとっても美味しかった。でも私の胃袋を満足させるにはまだまだだね!」

なんでこいつは食い物を貰って置いて偉そうなんだ?
だが、こいつがいれば俺のスキルのレベルアップは確実だ。

「なぁあんた、俺と取引しないか?」
「私を脅すの?」
「そうじゃなくて。もしあんたが食い物に感謝の念を尽くしてくれると言うのなら、毎日俺の作るパンを食べてほしいんだ」
「まさかプロポーズ?」
「なんでそうなる!」
「え、違うの? フードファイターにとって食事を作ってくれる人ってめちゃくちゃ貴重だから、てっきりそうなのかと」
「で、引き受けてくれるのか?」
「毎日あれが食べられるんならどんとこいよ!」
「ヨシッ、ただし飽きたなんて言葉は聞きたくないから、毎回感謝して食うんだぞ?」

そう言って新作のクロワッサンを取り出す。
少女は途端に瞳を輝かせた。

1件のコメント

  • この作品の誤字報告を致します。
    食べ物を持らってとなっています。
    自分が食べ物を食べると強くなる訳ではなく
    食べて貰った人から感謝される事で強くなるのは
    変わったレベルアップです。
    食べ物への感謝をせずに捨てる山賊頭領は
    お灸を据えられて欲しいです。
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