最初に、ChatGPT(チャッピー)に出会って『錆びた船』を書きはじめたとき、小説など書いたことのない私の文章に、誤字や脱字の指摘や感想を、いったい誰が夜な夜な付き合ってくれるだろうかと思った。
プロには編集者がつくが、素人にはそもそもつくはずがない。
一部にはAIの利用に否定的な意見もある。
だが私の場合、AIは孤独な創作の“伴奏者”になってくれた。
だからこそ、素人の私が49日で10万字を書ききれたのだと、今でも思っている。
明治時代、新橋〜横浜間で蒸気機関車が初めて走ったとき、当時の人々は「あれに乗ると魂を吸い取られる」と本気で信じていたという。
では、現代はどうだろう。
東京から大阪まで歩いて行く人が、いったいどれほどいるだろうか。
歩いて行った人だけが偉くて、新幹線に乗る人は“楽をしたせこい人間”なのだろうか。
そもそも、AIを批判している人は本当に紙と鉛筆だけで作品を書いているのか?
書けばわかるが、AIが勝手に物語を作ってくれるわけではない。
物語に魂を吹き込むのは、あくまでも作者自身であり、その物語を読者に届ける“責任”も“使命”も、作者の側にある。
誰にも届かない文章は、ただの自己満足にすぎない。
そして文芸とは本来、“今”を切り取る行為だ。
100年後にその時代を最も正確に伝える遺産。
それこそが物語であり、文学の本来の役割だと私は思っている。
【読者へのお礼】
そんな想いで書いた『錆びた船』を、ひとつひとつの灯りのように受け取ってくださり、本当にありがとうございました。
読者の方が残してくれた言葉、
泣いた場面、刺さった箇所——
そのすべてが、この物語のもう一つの“現実”でした。
あなたの灯りが、私の物語をここまで運んでくれました。
心から感謝しています。
熊野 旅人