<観劇会後の裏話>
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先日シャルローグ劇団の演劇をカサンドラと一緒に観る事が出来、とても充実した時間を過ごすことができた。
もしかしたら何らかのアクシデントで向かうことが出来なくなるかも知れないと、辿り着く直前まで冷や冷やしたものだ。
この日のためにと事前に無理をしてもぎ取った休日だ、簡単に潰されても困るのだけど。
予想以上の劇のクオリティにも驚いたが、カサンドラも楽しんでくれたようで良かったと思う。自分も目いっぱい楽しむために、事前に劇のタイトルとなった歴史の話や原作を何度も読み込んだ甲斐があるというものだ。
恋愛――それも悲恋の話ということもあって物語は彼にとって難解な読み物。
何せ自分が昔読んだような英雄譚は正義が勝って終わるスッキリした勧善懲悪ものが多かったので、一層馴染めない展開だったが。
劇では殺陣に迫力と勢いがあり見どころが多く、哀愁漂う幕引きも程良い余韻を味わうことが出来た。
一般的に女性は、こんなすっきりしない物語を好むのだろうかと不思議に想い首を捻ったのも今や懐かしい。
勿論これはアイリスの厚意で譲ってもらった鑑賞券なので、自分達が選んだ演目ではないのだけど。
……もう一度観劇の機会があるとすれば、今度はシャルローグに拘らず、カサンドラが興味がある劇を見る事が出来れば良い――
そこまで考え、ふと顔を伏せる。
”次”の事ばかり考えるのは止めようと思っているのに、勝手に期待してしまう。
次回などないし、あってはいけない。
少なくとも、次の年度には彼女との「契約」は終わらせないといけない。
居心地の良さに足踏みをしたまま、ずるずると機会を逸してしまえば余計に辛いだけだ。
だから全て一回限りだと自分に言い聞かせてきたつもりなのに。
平気で次回の事を考えてしまうことに呆れてしまった。
彼女と一緒に踊れた舞踏会の事は忘れられないだろうし、お茶会のこともそうだし――
これから起こることは全て今年限りの事。
いくらもう一回、と思っても次の機会はやってこない。
……だから、その一つ一つのイベントや会える機会がこの先にも残る大事な思い出になればいいと思っている。
来年は大手を振って彼女の誕生日を祝えない。
だから今年だけでもカサンドラに喜んでもらえるように誕生日を祝いたいものだが、中々難しかった。
一応当人には祝う予定があると伝えたものの――
行きたいところがあったとしても、本当に素直に伝えてくれるかは五分五分の確率だと思っている。
とりあえず彼女の誕生日はどこへでも行けるように、後でジェイクに会ったら打診しておくべきだろう。
それくらいしか、自分に出来る事はない。
困ったことに、他人の誕生日を自分でプロデュースして祝った事がないので全くプランが思いつかなかった。
どうしても王子という立場上外で二人きりにはなれないし、一体どうやって祝ったものやら……と、悩み続けていた。
プレゼントだって大問題だ。
彼女はとても遠慮がちな女性で、何かの物品を欲しがるとは到底思えないことも選択の難しさに拍車がかかっている。
……折角の誕生日なのだから、何かプレゼントしたい。
出来る事なら 形に残るものがいい。
贈ったものの一つでも彼女の傍に在ると思えるなら、それは未来の自分にとって少しでも慰めになるかもしれない。
……まぁ、婚約解消した相手からもらった品など、十中八九捨てられてしまうのだろうけど。
彼女は、そんな無碍な事はしないのではないか。何となく、そう思った。
※
「……カサンドラの誕生日?」
あれこれ大勢に聞いて回るのも具合が悪い。
自分がそこまで真剣に深く悩んでいるなんて噂になっても困る、それに個人的な相談の内容として訪ねるのに相応しい知人など多くはない。
特に友人となれば三択――しかも強制的に一択状態の強制的な選択肢を選ばざるを得ない。
たまたま王城内で顔を合わせたラルフに、話のついでを装って聞いてみる事にした。
案の定、彼は怪訝そうな表情でこちらの心中を伺おうと目を細める。
「陛下がどうしても祝うべきだと譲らなくてね」
「常識で考えればそうかも知れないけど。
それで、何をするつもりなんだ?」
王城に設けられたサロンは生徒会室の横にあるものの数倍は広く、そして使用人が常に付き従っている至れり尽くせりの一室だ。
室温は常に適温に保たれ、壁にかかる絵画やインテリアは顔を出す度に変わっている。
ここを使用する人間は限られているが、夏休み中はラルフやシリウス、ジェイクらとここでばったりと何度も顔を合わせたものだ。
王城でも中央近くに位置するので、休憩スペースとして大変便利な場所だった。
ラルフはソファに腰かけて足を汲み、冷たい紅茶の入ったグラスを手に持つ。
紅い瞳の視線を逸らすように、アーサーは檸檬味の冷水をマドラーでかき混ぜていた。
「考えも及ばないよ。
私はそういう一般ごとに疎い、ラルフなら良いアドバイスをくれるのではないかと思って。
誕生日には何をプレゼントすべきだろうか」
「……まぁ、無難に行けば身に着けるものじゃないか?
そうだな、ピアスとか腕時計とか、スカーフとか」
「そんなものを贈りつけて、迷惑に思われないのだろうか。
身に着けるものは本人の趣味趣向が反映されると思うけど」
「だからこそ自分が贈ったものを身に着けてもらえるのは嬉しい――と言うことなのでは?
……僕は贈ったものがどういう扱いを受けようが関心はないけど」
贈った以上は相手のものだしね、と彼は軽く嘯いた。
「なるほど、そういうものなのか」
確かに言われてみれば。
置物や飾りを贈るよりも、身に着けるものを贈ってそれを使ってもらった方が何倍も嬉しいと思う。
相手の好みもあることだからと躊躇したが……
自分が彼女に似合うだろうと思って贈ったものを、着けてもらえる。
想像するだけで胸がざわざわするし、落ち着かない気持ちになる。が、若干憧れの気持ちが生まれた。
あげるとすれば、腕時計が無難だろうか。
グラスをサイドテーブルに置き、うーんと小難しい顔で天井を眺めるアーサー。
その悩みをラルフはどう受け止めたのか、やれやれと肩を竦めた。
「ああ、後に残したくないなら――花を贈るのも定番だろうね」
「花?」
「そう。
出来れば薔薇が良い」
「薔薇の花……」
何だか物凄く恥ずかしい気持ちになる。
気障な人間が行うようなことに思え、非常に抵抗があった。
「女性は誕生日に薔薇の花束をもらうと、とても喜ぶものだ」
そうなのか、知らなかった。
思わず聴き入って、大きく頷くアーサー。
「誕生日だし祝う意味を込めて、歳の数だけ贈るといいんじゃないか」
「………。」
カサンドラに花を渡すのは良いとして。
歳の数、つまり十六本という本数の花束を抱えて渡す?
かなり迷惑な気がしてならないのだけど、本当に喜んでくれるのだろうか?
「彼女はごく一般の感性を持つ女性だ。
デートが終わった後に花束を渡せば、絶対に喜んでくれると思うけどね」
「…………。」
薔薇の花……?
恥ずかしいというのもあるが何より花はラルフが言う通りいずれ枯れるあとくされのないプレゼントだ。
だが出来れば形に残るものを、贈りたい。
――花束を渡せば喜んでくれる――
長い間、葛藤を続けていた。
どうしても花束を抱えて彼女に渡す自分が、素面で想像できない。
……。
「――助言、ありがとう」
笑みを少しばかり引きつらせ、アーサーはカラカラに乾いた喉に檸檬水を流し込んだ。
女性の誕生日を祝うのは大変なのだなぁ、と実感しながら。