いつも遊びに来て下さってありがとうございます。
悪役令嬢の運命打破論。作者の四季です。
短いですがSSが書けたのでこちらに置いておきます。
(なお二人の会話内容は私の覚書のようなものなので、本編に直接関わるものではありません)
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年明け早々の王城。
彼――ラルフは普段より早足で回廊を進んでいた。
あまり負の感情を露にしない青年のはずだが、今日ばかりは少々剣呑とした様子で眉間に皺を寄せたまま。
すれ違う人間の多くが、彼の常ならぬ不穏な様子に驚いて通路の端に寄る。
真冬の厳しい寒さは王都も例外なく襲っていく。
自然という大敵を前に人間は無力で、自衛することしかないことは大昔から変わっていない。
日中だというのに吐く息が真っ白に煙る寒さが彼にとって不快な要素なのか? などと日頃の彼を良く知る職員達は怪訝顔で彼の後姿を見送る。
彼は王城内であたりをつけた目ぼしい箇所を回った後、溜息を一つ落とした。
もう心当たりと言えば、一つしかない。
彼はあまり気が進まない様子だったが、それよりも苛立ちの方が勝ったようだ。
「――アーサー、いるか?」
コココン、と素早く彼の執務室の扉をノックする。
楽器演奏を嗜む人間として厚手の手袋は欠かせないが、それを一旦取って己の存在を主張せざるを得ない程やり場のない想いに襲われていた。
入室の許可を得ると同時に、ラルフは間髪入れず扉を開ける。
「……どうしたのかな、ラルフ?」
入って良いとは返答したものの、いつにない不機嫌な様子のラルフ。
彼を見たアーサーは多くの人間と同じように瞠目してしまう。
思わず二度見してしまうくらいには、珍しい状況だ。
「シリウスはどこだ」
「新年会の後は領地視察だと言っていたから、休み中は戻れないんじゃないかな」
あっさりと彼の不在を断言され、ラルフはやり場のなさを溜息に託した。
クレーム先が王城にいないのなら、ここに来た意味もない。
「……そうか。
是非文句の一つ、嫌味の一つでもと思ったがそれなら致し方ない」
「この時期と言うと……ああ、婚約者の件かな」
「話が早いな、アーサー。
ああ、まさしくその件だ」
「先日陛下から話は伺った。
君の婚約者を決めるための舞踏会を開く――随分と性急な話ではあるね」
「どうして今なんだ、面倒極まりない」
まぁまぁ、と。
釈然としないラルフを宥めるように、アーサーは広げた両手を掲げゆっくりと上下させる。
「仮にエルディム側が動いた結果だとしても、シリウスの与り知らない話だよ。
文句を言っても、事が進んだ以上どうにもならない」
「それは分かっている、僕の気持ちの問題だ。
ロンバルドが動いたとは思えない、間違いなくエルディム絡みだろう」
「肯定も否定も難しいね、私も何となく”そう”なのだろう、と思っただけだし」
余りにも予想外の出来事だ。
その認識は共有されているものの、だからと言って現実を歪めるだけの正当性があるわけでもない。
「いい迷惑だ。
婚約者選びの舞踏会? 馬鹿らしいと思わないか。
いっその事、書面で勝手に誰とでも好きなように決めてくれれば手間も要らないというのに」
「君が大々的に”選ぶ”ことに意味があるとしか思えない。後戻りさせなくする――という意図があるのだろう。
先に君がお嫁さん選びの催しまでして相手を決めてしまえば、ケルン側も君を候補者から「その気なし」として外さざるを得ないわけだしね。
ただ、エリック侯が直接関与しているにせよ――あっさりと公爵が乗るのも今一解せない……かな。
この婚姻話は、うまくいけば文字通り金の鉱脈だろうに」
彼ら三人の婚約に関しては、非常に面倒な事態になっている。
それを知っている人間はごく限られているはずだが、今回のケルンの訪問でそれがどこかしらに漏れた、悟られた――と考えるのは決して穿ち過ぎではないだろう。
人の口には戸は立てられない。
ケルンは遠い島国。遠方過ぎて誰も易々と接触できない。
だが年末、渦中側からの来訪があったのだ。
何かの動きが生じてもおかしな話ではない。
「……父上の考えている事なら、ある程度想像がつくけれどね。
面倒を被るこちらの身にもなってくれないか」
愚痴を言ったところで、回避できるものではない。
実際のところ、”異常”と言われてもしょうがない事態なのだ。
婚約者の選定に一体どれだけ時間を掛けているのだと同派閥内からの突き上げが激しくなれば、どうにかしてそれをはぐらかし続けなければいけない。
そして――
ヴァイル側がそれを躱しきることが困難になった、というだけの話だ。
だからちゃんと考えていますよ、と公にするためにラルフの婚約者選定の宴が開かれることになってしまった。
これはもう、公爵の失策としか思えない。
だがそういう状況に陥らせた誰かの意図が仮に存在するなら、エルディム側の人間だろうなぁ、とラルフが推測しているのは自然の流れだ。
三派閥はそれぞれ利害が一致している間は仲良くしているように見えるが、必ずしも一枚岩ではない。
油断すれば嫌がらせの一つや二つ、互いに直撃を食らわせ合うことは良くあった。
それを理解してもらえる相手がいるだけでも有情だ。
「……アーサーに愚痴を言ったところで事態が好転するものではないと分かっている。
邪魔をしてすまなかった」
別に気にしていない、とアーサーは変わらぬ様子で執務机に向かっている――
「ところで、アーサー」
「まだ何か?」
入室した直後、確かにラルフは違和感を抱いていた。
最初は頭に余分な血が上っていたせいで、それが何だとはっきり知覚することは出来なかった。
だが言葉を交わすことによって冷静さを取り戻してくると、その違和感が浮き彫りになりラルフの視覚にダイレクトアタックをしてきたのである。
「何故部屋の中でマフラーを?」
彼を指差し、不思議に思って口を突いた疑問。
暖炉によって暖められた室内で、何故わざわざマフラーを巻いて仕事をする必要が?
最初は気にならなかった彼の外見、一度意識に滑り込むと払拭することは困難だ。
彼は首元のマフラーを軽く指で抓んで言った。
「――今日は寒いからね」
防寒対策が必要な程室内が寒いとは思えない。
だが本人が全く意に介さず、何を当たり前の事を言っているのだ? と言わんばかりに返してきたわけで。
そんなに寒がりな奴だっただろうか……
まぁ、確かに今日の外気はとても寒い。
抱えている苛立ちを更に一層研ぎ澄ませるくらいには、足元から痺れるような寒さを感じる真冬の一日。
「………。」
別に部屋の中でどんな格好をしようが勝手な事だ。
ラルフは肩を竦め、彼の執務室を後にする。
何となく察しはしたが、言及するのも面倒くさくなってしまった。