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杜若狐雨

  • @kosame_k
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  • 10時間前

    ロシア精神史⑤(内向編その3)

    対ヨーロッパコンプレックスを払拭し、世界のリーダーとして振る舞い始めたロシアにとって・・・少なくともロシアエリートにとって・・・冷戦時代はプライドが充足されつづけた時間でした。何しろ「資本主義の間違いをヨーロッパに教えてやる」という立場で、アメリカと世界に二分する立場へ躍り出たのです。世界中が、ロシアの一挙手一投足に注目していたのです。世界のすべてが、ロシア抜きには何も決められなくなったのです。 この「人生の絶頂」状態を手に入れるに当たり、ロシアは国のすべてを賭けた二度の大博打に、オールイン(いわゆる全ベット)で連勝しました。前回最後に触れた世界恐慌と第二次大戦ですね。 世界に覇権思想は数あれど、それが実質を伴ったものは、決して多くありません。ロシアはその地位まで登り詰めることに成功したのです。残った最後の敵はアメリカ。この場でアメリカにも勝利できれば、世界で最も優れた民族はルーシであることの証明となるでしょう。こうして最後の大博打、すなわち冷戦へのオールインが始まりました。 しかし結果は御存知の通り。社会主義陣営大敗北の末、ソヴィエト連邦は消滅です。わからせるつもりが、わからされてしまった。人類の未来を先取りしていたはずのロシアは、実は道を踏み外していただけであり、「教えてやっている」はずのヨーロッパの方が、まだマシな選択をしていたことが、はっきりしてしまったのです。(個人的には、資本主義が正しいと言うつもりはありません。ロシアが世界に突きつけた、資本主義の矛盾それ自体は正当な批判です。ただ、その対案たる社会主義が、資本主義以上に大きすぎる欠陥を抱えていたというだけ・・・) ですが、(ロシア精神史的に見れば)本当の問題はここからです。ロシア国民が、ロシアエリートが、この現実を受け入れることが果たしてできるのでしょうか? できるはずがありません。それを受け入れれば、ロシアはソヴィエト連邦巨大経済圏の盟主ではなく、ましてや世界のリーダーでもなく、モスクワ周辺を支配する田舎国家に逆戻り。すなわち、「モスクワ大公国」にまで時代を逆行することになるからです。 先日のコメント欄に > 現代の飛行機が飛ぶ世界観でその感覚で緩衝地帯を設定しようとするのはナンセンス と頂いているのですが、彼らが緩衝地帯(=ロシアの周辺地域)をなくせないのは、軍事的理由(外向精神理由)だけではありません。むしろ、内向精神理由にこそその本質があります。緩衝地帯を失うということは、世界の中心にいるロシアとその取り巻きという世界観を失うことと同義であり、ましてやその周辺国がEUへと擦り寄ることは、積年のコンプレックス対象(=ヨーロッパ)の方がやっぱり正しかったと再評価されることそのものであり、それはせっかくロシアが手に入れたアイデンティティ(詳しくは前回参照)を喪失することになるからです。 いえね。客観的に考えれば、そんなアイデンティティなんてもうどこにもないんですよ。信じているのはロシア人だけ。社会主義は失敗であり、ロシアという国には世界が真似したい(こういう国になりたい)という魅力がなく、要するに、もはや誰も世界の最先端(すなわち人類国家の進むべき未来を体現した国)だなんて思ってないんです。むしろ、世界のお邪魔虫だと思われている。けど、そんなロシアの姿をロシア国民やロシアエリートが直視できるかと言えば、それは断じてノーなんです。今現在のロシアの姿は本来のものではなく、ソヴィエト時代のロシアこそが正しい姿だと信じているのです。たとえそれが、幻想どころか妄想のレベルであったとしても。(実際、ソ連時代を知っているロシア国民の中には、あの頃に戻りたいという人が一定数いますし、その辺のいきさつについては次回から3回かけて書く予定です) この確信を如実に示しているセリフが、「(ソ連崩壊は)20世紀最大の地政学的悲劇」というプーチンの言葉。2005年の年次教書演説で語られていますね。彼の頭の中にあるロシアは、ソヴィエト連邦という巨大経済圏の盟主として各国に「教えてやる」「導いてやる」という、偉大なるルーシ民族国家の姿でしかないのです。だから、それが失われてしまった過去が悲劇に映る。そして、その栄光を取り戻そうとする。ソ連崩壊という事象そのものが、(ロシアエリートにとってみれば)歴史のバグなんですね。 その一方で、実は彼らも理解はしているのです。ロシアという国に、人々を惹きつける魅力などないのだということを。少なくとも、その魅力においてヨーロッパに劣っているのだということを。民族ナショナリズムも市民ナショナリズムもなく(連載第三回参照)、あるのはモスクワ中心のエリート選民思想だけ。辺境の少数民族から兵士を無理矢理かき集め、力尽くで戦場に駆り出し、後退などしようものなら後ろから銃を撃つ。そうやってモスクワ(=ルーシエリート)のために命を捧げさせる強権国家に、魅力なんてあるわけがない。暴力による脅しは、魅力のない者が弱者を従えるための人間性放棄でしかありません。 https://www.npi.or.jp/research/data/cfaa5ff055b125f14f31eb3e3b757781114b092c.pdf 一例ですが、このレポートに報告された以下の数字が一体何を意味するか。2024年段階ですらこれですからね。詳しく確認したい方は、リンクからお飛び下さい。 ①トゥバ共和国(シベリア連邦管区) 死者 48.6 人(全人口 30 万人) ②ブリャート共和国(極東) 36.7 人(98 万人) ③ネネツ自治管区(北西) 30.0 人(4 万人) ④アルタイ共和国(シベリア) 26.5 人(20 万人) ⑤ザバイカル地方(極東) 26.2 人(115 万人) ※サンクトペテルブルク市(北西) 2.5 人(539 万人) ※モスクワ市(中央) 1.0 人(1267 万人) だから、ロシア(というかモスクワ)から離れてヨーロッパに近づこうとする人々は(少なくとも相対的には)正しい。しかし、それをロシアエリート目線で見れば、「ヨーロッパ文化に誑かされた裏切者」とか「ヨーロッパと結託して偉大なるロシアに敵対する脅威」とか「ヨーロッパという敵対勢力を招き入れようとする愚か者」とか、そういう理解になってしまう。一度克服したかのように思われた対ヨーロッパコンプレックスは、自らの失敗によってヨーロッパをより強大な敵として再構築してしまったのでしょう。 たとえば、ウクライナ(コサックに起源をもつ民族国家)がEUを目指しているのは、ロシアよりヨーロッパの仲間になりたい(そちらの方が魅力がある)という判断に他ならないわけですが、それはロシアから見ると「ヨーロッパのせいで、末端が本体を無視して意思を持った」と解釈される。手足が脳を無視して動いた的な。あるいは、吸血鬼に魅了されてあっち側についたみたいな。そこにはもう、かつてヨーロッパの一員になろうと必死に足掻いていたロシアの面影すらありません。今やヨーロッパは、「ロシアが目指す世界」の敵対妨害勢力(いわば吸血鬼一族)にまで変質してしまったのです。 ですが深層心理においては、ロシアエリート自身ですら、ヨーロッパ文明に対する憧れを、未だに捨てきれずにいるのです。その象徴とも言えるのが、ゲレンジークのプーチン宮殿ってやつですね。 1400億円かけたとされるこの宮殿、内装を手がけたのはイタリア人です。アクアディスコ付きのプールにカジノ、テイスティングルームにアイスホッケー場、更にはレストランまで完備している超高級ホテル並みの設備群。しかしならが、近代スイミングプールの起源イギリスですし、アクアディスコ(照明・噴水つきプール設備)は1980年代のイタリアなどで普及したもの。カジノの起源はベネツィアであり、近代カジノの聖地と言えばモナコやラスベガスでしょう。黒海を見下ろすテイスティングルーム、ワインはフランスの文化ですね。あ、敷地内にはブドウ畑とワイナリーも当然のように誂えられてますよ。その広さ、なんと300ヘクタール。プーチンが大好きなアイスホッケーはイギリス発祥です。 ちなみに、贅沢の極みとしてロシア国民の注目を集めたのはトイレブラシとトイレットペーパーホルダーでして、トイレブラシ1本のお値段は700ユーロ、ペーパーホルダーは1000ユーロ。700ユーロという金額は、当時のロシア地方都市における平均月収を超えていました。これらも当然、内装に揃えたイタリア製であり、決してロシア製ではありません。エカチェリーナ宮殿ではスコットラント人が活躍していましたが、ロシアエリートが贅を尽くすとき、その提供元はなぜかロシアにならないのですよ。ここに、ルーシのトップでありながら、ルーシという民族それ自身を心の底からは信じ切れない鬱屈した指導者の姿が見え隠れしています。 こうして自分たちだけが豊かなヨーロッパ文化の上澄みを享受し、国民にはその姿を決して見せないよう情報統制とプロパガンダに奔走する。そして、この情報を暴露したナワリヌイ氏(すなわち彼らより遥かに情報開示とか権力批判といったヨーロッパ文化を正しく採り入れたロシア人)はきっちり殺す。この矛盾した姿勢こそが、彼らのコンプレックスの根深さを象徴しているのです。 つづく
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  • 1日前

    訂正の補足みたいな話

    *************** *************** 【ロシア精神史③】の冒頭に、訂正とお詫びを書かせて頂いたのですが、その続報です。思ったより長くなったので、連載の隅っこに載せるのではなく、近況ノートとして独立させました。日本のメディアが報じないロシア経済に興味のある方だけ御覧下さい。 なお、元記事はアメリカの大手金融メディアであるブルームバーグが報じたものなのですが、(おそらく有料記事ですので)その内容をフィナンシャルポストがまとめてくれたものの方をご紹介します。 (元記事) https://www.bloomberg.com/news/articles/2026-05-08/russia-s-budget-gap-widens-to-record-despite-oil-revenue-boost (フィナンシャルポスト版) https://financialpost.com/pmn/business-pmn/russias-budget-gap-widens-to-record-despite-oil-revenue-boost 以下が記事の要点をAIで翻訳したもの。 > イラン戦争の混乱により、ロシアの4月の石油収入は6カ月ぶりの高水準に達した。しかし、2026年最初の4カ月間の石油・ガス収入総額は、2026年初頭のロシア産原油の大幅な値引きが重荷となり、前年同期比で38%減少した。 ちなみに、上記記事はロシアの予算全体を俯瞰したものですが、石油に焦点を当てたこんな記事もあります。 (モスクワタイムの関係記事) https://www.themoscowtimes.com/2026/05/06/russias-oil-and-gas-revenues-miss-expectations-despite-higher-crude-prices-a92699 というわけで、イラン戦争によってロシアの石油収入は好転に転じる傾向を見せたものの、2026年最初の4ヵ月間というスパンで見ると、まだまだ減収という状態のようです。 もう少し詳しく見ていくと、ロシアの財政赤字はこの4ヵ月間だけで5兆8800億ルーブルに達しており、これは年間予算の3兆7900億ルーブルを、早くも超過していることになります。このペースが続くと、赤字は年間15~18兆ルーブルになりますので(しかもロシアで特に赤字が増える12月を残している)、予算の4倍くらいまで膨らむことになりますね。 内訳として、税収が前年比4.5%減(増税しているのに減収なのは不況の影響です)、石油・ガス収入38.3%減、非石油(貴金属・資産没収等)収入10.2%増、支出(福祉を削減して戦費に回している)15.7%増となっています。非石油収入以外いいところなしですが、この規模自体が石油に比べて圧倒的に小さいので、全体への寄与は大きくありません。 これまでのロシアは、こうした赤字を国民福祉基金(NWF)の切り崩しによって賄ってきました。しかし、それも残り4割を切っています。この辺もちょっと調べると出てきますが、開戦前が1415億ドルに対して、2026年4月現在は約478億ドルだそうでして、これはあくまで「ロシアの公式発表」ですからね。どこまで信じるかはあなた次第な数字です。 余談ですが、現在のロシアでは経済分析に対して箝口令が敷かれており、食料・ガソリン価格の高騰が続くという予測は「出すな」とされています。(以下元ネタ) https://ru.themoscowtimes.com/2026/05/06/rossiiskim-ekonomistam-zapretili-prognozirovat-rost-tsen-na-produkti-i-benzin-a194709 野菜類(特にロシア人の好きなキュウリとか)は、日本の米みたいになってるんですけどね。出せば刑事罰や精神病棟行き、あるいは窓からの転落が待っている世界。同様に、経済成長がマイナスになるという予測も出すことができません。そんな空気感の中で、政府系のマクロ経済分析・短期予測センター(CMAKS)はウクライナの空爆による石油収入減を認めており、「経済成長率が半減する」(たしか1.1%見込みが0.5%になった、みたいな感じだったはず)と公表しました。 イラン戦争による石油価格の高騰でこの収支が改善するか(1/3時点で年間予算赤字を上回る赤字を叩き出しているのに、それを取り戻せるか)については、皆様で御判断下さいませ。 *************** ***************
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  • 2日前

    ロシア精神史④(内向編その2)

    前回はロシアの対ヨーロッパコンプレックスについて、その歴史を解説しました。特にロシア帝国時代にそれが強化されてしまったところを詳述しましたが、今回はそのつづき、彼らのコンプレックスが払拭される瞬間についてです。 もうおわかりだと思いますが、千年続くコンプレックスの末に、彼らがようやく掴んだアイデンティティこそが「社会主義」だったんですよ。その栄枯盛衰の歴史と、その途上で生まれてしまったロシア固有のメンタリティこそが今回のテーマです。 ロシア帝国末期と言えば、クリミアで負け、極東(日本)で負け、国家のプライドはボロボロ。遅々として進まぬ農奴解放に経済は冷え込み、そんな国家と貴族支配に対する国民の怒りは頂点でした。 日露戦争の最中に発生した「血の日曜日事件」(1905年1月)は、労働者の権利、彼らの待遇改善、立憲政治の実現、自由の拡大などを、皇帝ニコライ2世に訴えたデモ行進で起きた惨劇ですが、この要求内容は、まさに国の西欧化そのものなのです。国民は「自分たちもヨーロッパに追いつきたい」「ああいう国になりたい」と願っていたわけですね。デモ自体は平和裏に行われたものだったのですが、皇帝側はこのデモを武力鎮圧。発砲により数百人~千人(ただし当局発表では百人)の死者を出した凄惨な事件となります。 この事件の核心は、国民側にあった希望を完全に打ち砕いたことでした。国民が「皇帝ニコライ2世を相手に」訴えを起こしていた理由は、彼らの中に「自分たちを苦しめているのは貴族や官僚であり、それを救ってくれる唯一の権力者こそが皇帝(ツァーリ)である」という幻想があったからです。これが最悪の形で打ち砕かれたことは、ツァーリズム終焉の始まりとなります。 こうして、数百年つづいたツァーリへの(幻想的)信仰は終わり、労働者は自分たちの政府を作り出さねば殺されるという危機感を抱くことになりました。そんな重苦しい空気の中、9月にポーツマス条約が結ばれてロシアは日本に敗北。翌月にはニコライ2世の名前で「10月宣言」が出され、市民の参政権が認められるとともに、国会(ドゥーマ)の開設が約束されましたが、遅きに失した感があります。この9月から10月にかけて、各地では評議会(ソヴィエト)が設立され始め、これが次なる革命の伏線となりました。 ここで当時、血の日曜日事件を聞きつけて激怒した一人の革命家が、その言動を急速に激化させていったことに、触れないわけにはかないでしょう。ロシア社会民主労働党のレーニンです。彼はこの事件を契機に市民に武装することを呼びかけ、その暴力を政府に向けることを訴え始めました。もっとも、この時点でのボリシェヴィキ(後のロシア共産党)はまだ圧倒的少数だったため、レーニンも監視対象程度の扱いに留まっていました。 1914年7月、ロシアは不凍港を得るべく第一次世界大戦に参戦。しかし戦況は奮わず敗色濃厚(死者160万人!)な上に、国内では深刻な食糧不足が発生します。ツァーリへの幻想も消え失せていた国民は、今度こそ(皇帝への陳情ではなく)皇帝廃位そのものに向けたデモを開始。これが1917年の二月革命です。2月27日、ニコライ2世は退位し、弟のミハイル大公に譲位しようとしましたが、ミハイルがこれを拒否したため、ロシア帝国は終わりを迎えました。 この後を継いだ臨時政府では、内政的には国内の要望に応える民主化政策を打ち出したものの、外交的には戦争継続路線をとったことが致命傷となり、同年10月に労働者や兵士たちの離反を招きます。これが十月革命。実質的にはレーニン率いるボリシェヴィキによるクーデターですが、これでついに社会主義国家が実現してしまいました。反戦労働者と反戦兵士の手で作り上げられた国が、戦争継続などできるはずもありません。ロシア帝国は第一次大戦に参加したことによって国ごと消滅し、レーニンを指導者とするロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国として生まれ変わったのです。そして、そのレーニンの後継者となったのが(レーニンは決してこいつを後継者にしてはならないと語っていたようですが)、スターリンでした。 こうした流れを見てくるとわかると思いますが、この体制(社会主義体制)は、ルーシがはじめて「下からの意思と力」で獲得した国家体制だったのです。輸入文化でも外圧でもない、国民自身が力を合わせて作り上げた、世界初にして唯一無二の国体です。そして、この革命には精神的に非常に大きな意味がありました。それが、「ヨーロッパ文明の失敗を正す」ことでした。 経済史的に見れば、社会主義革命とは資本主義の矛盾を正すものだと言われます。しかし、これをロシアの精神史的観点で見ると、これは千年にわたるコンプレックスを上書きする、千載一遇のチャンスでもあったのです。これまで甘んじてきた「ヨーロッパの後進国」という立場を逆転させ、「ヨーロッパ資本主義の失敗を正して、彼らを教導する最も進んだ国」へと躍り出ることを正当化する理論こそが、社会主義思想だったからです。 結果どうなったか。 前回の冒頭にも書いた通り、自分たちこそが世界の中心だと勘違いし始めちゃったんですよ。自分たちが頂点、周囲は属国。中味だけ見れば中国の華夷思想に似ていますが、これを指導者だけでなく国民までもが共有しちゃったんですね。こうして、ベラルーシもウクライナもチェチェンもアルメニアもカザフスタンもウズベキスタンもエストニア・リトアニア・ラトヴィアも、すべては偉大なるロシアの属国(周辺地域)という考え方に染まっていく。この考え方は、「ヨーロッパと関係して世界の歴史に関与できるルーシの国はロシアだけであり、周辺地域は周辺地域に過ぎない(=独立した国家意思を持ってはならない)」という結論を導きます。これこそが、ソヴィエト連邦によって獲得され、現代ロシアにも引き継がれているアイデンティティそのものなんですね。彼らが手に入れたアイデンティティは、「ロシアこそが世界の進むべき道を指し示すリーダーである」という魅惑的すぎる麻薬だったわけです。こうしてソヴィエト連邦は、世界の歴史に華々しく名乗りを上げました。 運がいいのか悪いのか、ソヴィエト連邦は当初快進撃を続けます。まずは世界恐慌時代。資本主義陣営が(勝手な自爆で)不況に苦しむ中、計画経済(第一次五カ年計画)を推進していた社会主義連合は、この不況の影響を受けずに、重工業を発展させることができました。そして直後に始まった第二次世界大戦。先日コメントにも頂きましたが、ロシアは焦土作戦と自国の兵士を消耗品のように使い捨てるという無茶苦茶な戦術を駆使して戦勝国へと躍り出ます。 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/19/Yalta_Conference_1945_Churchill%2C_Stalin%2C_Roosevelt.jpg この写真を見たことのある人は少なくないでしょう。チャーチル、ルーズベルトという欧米のリーダーに並んで写るスターリン。ヤルタ会談のこの写真こそは、ロシア国民の承認欲求が満たされた・・・すなわち、世界第一線のリーダーとして認められたロシア人という、ロシア千年の夢を実現した瞬間の記録だったのです。 つづく
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  • 3日前

    ロシア精神史③(内向編その1)

    *************** *************** 訂正です。 以前、イラン戦争によってロシアが原油高の恩恵を受けていることに対して、ウクライナからの港湾設備空爆による損害でその恩恵は帳消しになっているのではないかと書いたのですが、最近カーネギー国際平和基金から統計結果が出まして、ロシアは原油高でかなりの得をしているようでした。石油収入が2月から3月で倍くらいに跳ね上がり、3月の収入は190億ドルとされてますので(つまり2月は100億ドル程度だったと推定される)、開戦前後で100億ドルほどの増収を得た形です。これに対して、ウクライナによる石油施設への空爆が与えた損害は数十億ドル規模と推定されており、これを差し引いても数十億ドル得してますね。今後ウクライナが更に石油関連施設を叩き、月額100億ドルの損害を与えるところまでいけば、増収分が吹き飛ぶ計算です。お詫びして訂正致します。 *************** *************** 今回からは、ロシアという国が内向きにどんな感情を抱えているかをまとめて参ります。結論を最初に書いておくと、ヨーロッパへのコンプレックスを拗らせまくり、その反動で自分たちこそが世界最高の民族であるという自意識過剰から抜け出せなくなってしまった残念集団、それがロシアのエリートです。 自分たちこそが世界の中心という思想は、別にロシアだけのものではありません。選民思想を掲げるユダヤ人、産業革命期のイギリス、そのイギリスから生まれた現在のアメリカ、あるいはナポレオン時代のフランスにも見られますし、漢民族の「華夷思想」、更にはその影響を受けて朝鮮半島に広まった「小中華」にも近いものがあるでしょう。しかし、ルーシの覇権思想にはこれらと決定的に違う点がありました。今回はその辺に注目しながらお読み下さい。 連載1回目で解説した通り、ルーシの起源は9世紀です。もうこの時点で、キリスト教に対してさえ800年以上の遅れをとっているわけですね。宗教(東方正教会)も輸入品であり、彼らに固有のものではありません。ルーシの文化は、そのスタート地点からヨーロッパにかぶれていたのです。 この点において、(正当性はさておき)独自の歴史観を持つ「華夷思想」「小中華」とは、民族的なバックボーンが異なります。すなわち、漢民族には儒教・道教といった道徳観、科挙などの官僚体制、漢字文化といった共通項が(よくも悪くも)独自に醸成されていったのに対して、ルーシのそれは輸入品だったわけですよ。ユダヤ教で結束されているユダヤ人のような強さもありません。遠いご先祖様の時代に、内から生まれ育った宗教・文化には民族ナショナリズムを支えるだけの強さがありますが(この点では日本も同様)、ルーシの東方正教会にそれはないんです。力で制圧してから宗教を輸入して宥和を図り、原住民との同化を果たしていったそのプロセスは、民族ナショナリズムの国家として成立する難しさ(基盤的脆弱性)を最初から抱えていました。 かといって、市民ナショナリズムを醸成できたかというと、そちらの道にも困難を抱えていました。市民ナショナリズムの成功国とは、上述の例で言えばイギリス、アメリカ、フランスなどです。市民ナショナリズムの根幹は、そこに暮らす者たちがそれぞれ同等の自由・平等・権利を享受することで生まれる連帯感にあるわけですが、これを達成するには経済的な豊かさ、すなわち社会全体で循環する資金の流れ(=富の分配)が必要不可欠です。ロシアの土地は貧しかった上に、不凍港(すなわち海上輸送路)を持てず、経済を発展させる余地が小さかったせいで、この構造を作り出すこともできませんでした。 こうして、ロシアはヨーロッパへのコンプレックスを強めていくことになります。ヨーロッパの真似に突き進むんですよ。異国文化の真似という意味では朝鮮半島の「小中華」にも近いところはありますが、「小中華」は漢民族が満州族に制圧されてしまったという失敗を目の当たりにして生まれた思想(すなわち中国に見切りをつけて生まれた思想)であったのに対し、ロシアのコンプレックスはヨーロッパの成功を見せつけられ続けた結果であった点が、決定的に異なります。 連載第一回で、 > 「ロシア・ツァーリ」時代と「ロシア帝国」時代で最も大きく変わったことについては、連載三回目で書く予定 と書きましたが、この答えは、ロシア帝国時代に入りヨーロッパへの憧れが色濃く出たという点に尽きます。たとえば18世紀から19世紀(日露戦争の頃まで)のロシアでは、上流階級で使われていた言語はフランス語です。この頃のロシア(帝政ロシア時代)は、ヨーロッパの真似に奔走していました。何しろ、産業革命や帝国主義が成功し、ヨーロッパ諸国が世界の中心にいた時代です。自分たちもその制度や文化を採り入れようと必死だったんです。すなわち、彼ら自身が「欧州列強」の一員であることにアイデンティティを求めていたということです。 わかりやすいのが、18世紀のエカチェリーナ2世(在位1762年~1796年)でしょう。彼女は西欧人を多数招き入れ、自国への取り込みを図りました。スコットランド人の建築家チャールズ・キャメロンを招いて有名なエカチェリーナ宮殿に「瑪瑙の間」を作らせ、文化人を気取って楽器演奏したり、フランスの思想家であるヴォルテールと書簡のやり取りなんかまでしていたわけですよ。これが俗にいう「啓蒙君主」ってやつ。教育現場では「国民の教育や法制度の近代化に力を注いだ」程度で済まされちゃう話ですけどね。そこにはヨーロッパ文化に対する強烈なコンプレックスが滲み出ているのです。 結果、どうなったか。1773年にプガチョフの反乱(いわゆるコサックの反乱)が発生し、これ以降は国民への弾圧へと舵を切ることになります。民族ナショナリズムも市民ナショナリズムも育つ土台のない国土では、高度な教育は独立機運の上昇にしかなりません。ヨーロッパの真似をしようとして、見事に失敗しちゃったわけです。そして学んだことが「国民に知恵をつけさせてはいけない」「国民に自由を認めてはいけない」。啓蒙活動は誤りだったと反省することになり、近代化は極めて中途半端な状態で放置されることになります。 こうしてロシアには、貧困と近代化の遅れがそのまま残り、ヨーロッパ(すなわち世界)の歴史の流れから取り残されていきます。その象徴が農奴制の残留でした。国民は、職業の自由も移動の自由も教育も十分に与えられないまま、土地に縛り付けられ続けました。それは軍隊を近代化できないということ。ヨーロッパの軍隊が近代化した一因は、農村から都市に移動してきた人員による労働力が、工業を促進したことですからね。貴族の利権のために農民の移動を制限していたロシアでは、近代化など起こりようがないのです。そんな農奴を徴兵してイギリス・フランス連合軍に挑んだクリミア戦争では、必然的に惨敗。この敗戦から近代化の遅れを痛感させられた時の皇帝アレクサンドル2世は、1861年にようやく農奴解放令を出すのです。 それから約40年後の1897年、ロシア帝国初となる国勢調査が実施されました。結果、農奴身分の名残とも言える農民の割合は、なんと77.8%。安西先生がいれば「まるで成長していない」と絶望を吐露する場面です。そして1904年から始まる日露戦争で、再び惨敗。1700年代からずっと、ヨーロッパの産業革命を目の当たりにして、それを採り入れようとしてきた国家が、1850年を過ぎてからようやく近代化に乗り出した極東の新興国に、まさかの敗北を喫してしまったのですよ。 近代国家を自認していながら、その実体はまるで伴っていなかった後進国ロシア。憧れ続けたヨーロッパから、「野蛮」「田舎者」「非ヨーロッパ」「時代遅れの専制君主国」と後ろ指をさされる屈辱。いつまで経っても見えてこないアイデンティティ。ここに、彼らのコンプレックスは頂点を極めることになります。 つづく
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  • 5日前

    ロシア精神史②(外向編)

    前回で世界史的なことは説明し終わったので、今回から現代ロシアに連なる精神的な歴史について話していこうと思います。ただし宗教について語りたいわけではありませんので、そちらについては前回で大雑把に語らせて頂きました。現在の東方正教会は、もはやそこらのカルト宗教以上にイカレた発言を繰り返しておりますが、深入りする予定は今のところありません。この連載では、ロシアが歴史的に育んできた(というかそうならざるを得なかった)外向的・内向的精神作用が、ウクライナ戦争とどう結びついているのかを分析することを目的としており、そこに対する東方正教会の寄与は、プロパガンダ機関以上の意味を持つとは思えないからです。 さて、今回のテーマは「広大すぎる不毛な土地」です。世界最大の国土、その大半が雪原というこの特殊な環境は、彼らの精神に何をもたらしたのでしょうか。 答えを先に書きましょう。「境界のなさ」です。 どこまで行っても同じ景色が続く土地ということは、これといった目印がないってことと同義なんですよ。おまけに、ウクライナの穀倉地帯のような豊かさもないため、農耕に不向きなんですね。ということは、田畑を作るわけではないので、自分の領域ってやつを明確化するインセンティブもありません。現在では石油や貴金属といった資源に目をつける人がいるのは当然ですが、当時は永久凍土の下にそんなものが眠っているなど、知る由もなかった。 これを彼らの目線で言えば、「どこまでを自分の縄張りと言えるか」が曖昧になるということです。というか、そもそも縄張りを広げることにあまり意味がないようにすら見える。 そんな彼らの精神構造に、大きすぎる影響を与えたと思われる事象が存在します。それが「タタールの軛」です。(わからんって方は前回のノートに戻って下さい) モンゴルの騎馬民族がどうやって現れたか。「どこまでも同じに見える地平線の向こうから」「ある日突然」現れたんですよ。それを可能にしたのは、当時世界の最先端をゆくモンゴル軍の騎馬運用があったわけですが、それは趣旨が外れるのでここでは語りません。知りたい方は調べるなり、調べるなり、調べるなりして下さい。 ひとつ確実に言えることは、当時のモンゴル軍とキエフ大公国とでは、「距離感」が違いすぎたということです。モンゴル軍の馬は非常に丈夫で粗食にも耐え、樹木の葉っぱですら食糧にできました。その様子を見たヨーロッパ人が、草しか食べられない自分たちの馬と比較して驚いたという記録が残されています。この馬は武装した兵士を乗せてなお、1日20~30kmを走ることができたのでして、この馬をフル活用した軍隊と情報機関、物流網を整備した人物こそが、チンギス・ハンとその息子オゴタイです。キエフ(現在のウクライナの首都キーウ)のあたりで農耕に勤しんでいた人々とは、「近場」の意味も「遠方」の意味も根本的に違ったのです。 こうして、ウクライナのあたりで農耕に勤しんでいたルーシは、「地平線の向こうからやって来る敵」というトラウマを植え付けられることになります。そして、モンゴルの脅威が去った後のルーシには、ひとつの難題が突きつけられることになるのです。 それは「この広大すぎる土地のどこまでを支配すれば安心できるのか」でした。 先にも書いた通り、この土地には境界がありません。どこまでも針葉樹林(=生物多様性の乏しい緑の砂漠)と雪原(生物自体がほとんどいない凍土)が広がるのみです。しかし、放っておくと、いつかまたモンゴル軍のような侵略者が、「ある日突然」「地平線の向こうから」やって来るかもしれない。 そこで彼らも決断せざるを得なくなります。ここに誕生してしまった精神性こそが、「安心できるまで境界線を遠ざけよう」です。2022年、プーチンはウクライナ侵攻に当たって「守るための拡大」という安全保障理論を展開していますが、その根源はまさにここにあります。 この精神性は、ロシア史においても、すぐ目に見える形で現れました。それが16世紀のイヴァン4世に始まる「ロシア帝国(ロシア・ツァーリ国)」という国家観であり、これを実行したのが1581年に始まるシベリア遠征でした。この精神性は脈々と受け継がれ、ロシアの国土は19世紀にはアラスカにまで到達してしまいます。海を越えてなお支配地を広げようとした(境界線を遠ざけようとした)わけですね。 現代の言葉で説明すると、ロシアにとっての安全とは、他国と協定を結んで境界線を明確にすることではありません。すなわち、ルールを構築してそれを遵守することではありません。彼らにとっての安全とは「境界を遠ざけること」、言い換えるなら支配領域を広げられるだけ広げ、そこに住む者の主権を奪い、従属させ、もって緩衝地帯とすることです。境界の向こうからは危険しかやって来ないという恐怖心。そして境界は明確に線引きできるものではなく、太い帯のようになっているという世界観なんでしょう。 プーチンがウクライナのNATO加盟を拒絶して侵攻を開始したのも、ウクライナという緩衝地帯が消滅するのを恐れてのこと。これは「ウクライナの主権は認めない。お前たちの存在意義は、ルーシのための緩衝地帯として本体を守ることだ」という世界観に他なりません。そしてそのために、ロシア本土を守る従属国の樹立を目指し、独立派(親EU)のゼレンスキーを排除して、親ロシア派のヤヌコーヴィチを返り咲かせたかった。それが(失敗に終わった)キーウ電撃戦の目的でした。 といっても、ウクライナはソヴィエト崩壊でロシアと同時に主権が認められ独立した国家であり、ロシアとウクライナは国際法的に完全に対等な主権を有します。少なくとも、ロシアがウクライナに内政干渉できるルールは存在しません。あくまでロシア人的世界観に基づいたマイルールでしかないのであって、その本質は「ウクライナはロシアと同じルーシの国であり支流のようなものなのだから、緩衝地帯としての責務を全うしろ」というジャイアニズムでしかないんですけどね。「俺の国は俺のもの。お前の国も俺のもの」です。ただ、これを彼らの理論に翻訳すると「ウクライナは俺のものだから、ウクライナがNATOやEUに近づくことを防ぐのは、(ウクライナへの攻撃ではなく)自国の防衛だ」という風に変換されちゃうわけです。 では、これがプーチン(ロシアエリート層)の被害妄想かというと、実はそうとも言えないのが厄介なところ。ロシアは近代以降、ヨーロッパから二度の侵略を受けているからです。ひとつはナポレオン、もうひとつはヒトラー。現在のロシアでは、それぞれを祖国戦争、大祖国戦争と呼んでいます。特に5月9日は大祖国戦争の戦勝記念日でして、ここ最近では毎年のように軍事パレードが行われることになっています。(今年はどうなることやら) つづく
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  • 6日前

    ロシア精神史①(基礎知識編)

    最近、ロシアの歴史(特に近代史)をざっと学び直してました。その中で特に印象に残ったことを中心にまとめておこうと思います。まあ、備忘録ですね。 今回は(次回以降書く精神史の下地を整えたいので)世界史的なことをざっとまとめていきたいと思います。 ロシアの先住民はスラブ系民族、フィン・ウゴル系民族、バルト系民族などです。6000年前の人の痕跡が発見されているようですね。基本的には狩猟民族だったと思われますが、5世紀頃から徐々に東スラブ人が定住を拡大させ、6~7世紀には農耕社会が形成されます。この頃は多部族混成の部族社会と思われます。 世界史的にロシア(ヨーロッパの東方)が注目され始めるのは9世紀。862年にリューリクというノルマン人がこの地に進出し、先住民のスラブ人を支配して新国家を樹立するに至ります。これが「ロシア領域初の国家」であり、現代ロシアの起源とも言われるノヴゴロド国です。(ちなみにここでいうノルマン人とは、いわゆるヴァイキングのことですが、特にロシア方面に進出してきたヴァイキングをヴァリヤーグと呼びます。侵略された側のスラブ語では、ヴァイキングをこのように呼ぶため、特にこの時代の侵略者を限定してこの名前が割り当てられているようです) 882年にはノヴゴロド公オレグがキエフ(現在のウクライナの首都キーウ)を占領し、これで「キエフ・ルーシ」とか「キエフ大公国」と呼ばれる時代の基礎が整います。ここで初登場した「ルーシ」とは、当初は上記のヴァリヤーグを指す言葉だったようですが(諸説あり)、その後彼らは現地の東スラブ人らとの同化を果たしていくことになります。このため、現在用いられる「ルーシ」という言葉は、この時代に成立したキエフ大公国(あるいはノヴゴロド国)の子孫的意味合いが強いように思われます。なお、ロシア(Russia)、ベラルーシ(Belarus)などの国名は、この「ルーシ」が語源です。 10世紀末(998年)にはキエフ大公ウラジミール1世が東方正教会(ギリシア正教)からキリスト教を受け入れました。(現在でもロシアの宗教が東方正教会なのは、この時代の遺産です)このキエフ大公国時代は13世紀まで続きますが、ここでモンゴルの侵略を受けて、ルーシ支配が一旦途絶えることになります。1200年代前半と言えば、チンギスの全盛期からその後継者達が暴れ回っていた時代ですからね。どうにもなりません。この、モンゴルに臣従せざるを得なくなった時代(概ね13世紀から15世紀まで。14世紀頃には直接支配は終わっており、従属国的な立ち位置となります)を「タタールの軛」と呼びます。 「タタールの軛」直前の12世紀頃から、キエフ大公国は分裂を始めてました。西方でポーランド王国とかリトアニア大公国なんかが成立したのも、大体この時代ですね。そんな中、「タタールの軛」という受難の時代にモスクワの地で成立した国家が、モスクワ大公国でした。 モスクワ大公国もまた、「タタールの軛」の中で抑圧されてきたわけですが、15世紀にはそれも終わります。そして迎えた16世紀、この大公国最後の国王にして、「ノヴゴロドの正統後継者」「現在に連なるロシア領の皇帝」的な立場を形成することに成功したのが、有名なイヴァン4世(イヴァン雷帝)です。 彼はモスクワから東に領土を拡大し、タタール系のアストラ・ハン国やカザン・ハン国をモスクワに組み込みました(後述)。これらの国が滅んだのは、それぞれ1552年と1556年のことでして、この直前の1547年1月に、イヴァン4世は「モスクワ大公国の大公」を改め、「全ルーシの王(ツァーリ)」を名乗っていました。自らの呼称や国号を改めたことと、その対外政策には、ちゃんと関係があったわけです。すなわち、この1547年1月をもって、モスクワ周辺の国王という時代は終わり、ロシアという広大な土地の支配者としての絶対王政的な時代が始まると見なすことができるため、これ以降を「ロシア・ツァーリ国」時代などと呼びます。この時代に成立した、ロシアに特有の専制君主体制を「ツァーリズム」と呼び、第一次世界大戦まで続くことになります。 上で少し触れましたが、(ノヴゴロド国やキエフ大公国の正統後継者という意味での)ルーシが領土を急拡大させたのは、まさにこの時代になります。1500年頃にはモスクワ周辺の支配者に過ぎなかった彼らは、イヴァン4世の時代あたりから急激に領土的野心を実行に移し始めており、1600年頃にはウラル山脈を越えてシベリアへと侵攻。1700年頃にはカムチャツカ半島近くにまで到達し、1800年代に入るとベーリング海峡を越えてアラスカにまで東征しています。このことは、ロシア精神史において極めて特徴的な意味を持っていますので、頭の片隅にでも留めておいて下さい。 ちなみに、「ツァーリ」という言葉は翻訳が難しく、本来は東ローマ帝国の皇帝やら聖書に描かれる王様を指す言葉でした。このため、イメージ的には皇帝という訳語を充てたいところなのですが、ロシア語には「インペラートル」という皇帝を指す言葉が別にありますので、ロシアのツァーリはそういうものだと割り切って下さい。 で、ルーシの君主がツァーリを名乗るのが当然だった時代に、初めてインペラートルを名乗ったのが、1721年のピョートル1世です。ここから「帝政ロシア」あるいは「ロシア帝国」と呼ばれる時代に分類されますが、ピョートル1世自身はロマノフ家の人間であり、ロマノフ家自体は1613年に最初の国王(ツァーリ)を輩出していますので、実のところこの辺の移行は結構曖昧ですね。「ロシア・ツァーリ」時代と「ロシア帝国」時代で最も大きく変わったことについては、連載三回目で書く予定ですが、領土的野心を燃やし続けた専制君主時代であったことについては変わりがありませんでした。ちなみにこの時代の東方正教会は非常に優遇されてました。 あとは皆様御存知の通り、20世紀初頭に第一次世界大戦が起こると、専制君主制は革命(二月革命)によって葬られ、ソヴィエト連邦(ロシア・ソヴィエト連邦社会主義共和国)が成立しました。共産主義では宗教は「人民の麻薬」ですので、東方正教会には受難の時代。この時代に各家庭の中で細々と正教会の教えを受け継いだのは、お婆さん層だったと言います。ひっそりとイコンを保管し、孫たちに洗礼を受けさせ、信仰や文化を維持していたわけですね。このソヴィエト連邦は1990年頃から崩壊し、1991年にはロシア連邦として現在に引き継がれているわけですが、東方正教会は新体制の下で復活を果たし、政権の強力な支持基盤となっています。 つづく
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  • 2月26日

    投稿小説の非公開化について

    昨日につづき、受験生の皆様のご健闘をお祈り申し上げます。 さて、今投稿している作品(先月は31日間毎日更新しました)が特に読まれている気配もないので、一旦店じまいしようかなと考えていたところ、昨日はなぜかPVが一気に増えてまして、「うわ、マジか(タイミング悪っ)!?」と思っていたりします。現在の投稿時点で第二章までは完了しており、次話からは第三章に進むため、店じまいにはいいタイミングなので、様子見してたんですよね。あ、参考までにPVの様子を添付画像で載せておきます。閑古鳥ですな。 実のところ、2月末まで変動がなければ店じまいという予定でいましたので、「すげーびみょーなタイミングでPV変動来たな」という印象でしたが、以下の理由により予定通り店じまいすることに致しました。 その理由ですが、「書くのは面白いけど投稿はやりたくない」状態だからですね。毎度のことながら、数字で読まれていないことを突きつけられると、自分が面白いと思っていても、書くことそれ自体へのモチベーションにまで悪影響が出てしまう。これが最大の理由です。 だったら宣伝すればいいじゃんとも思うのですが、自分には無理。面倒。億劫。けど、読者様が増えない(というかいない)ことにはストレスが溜まる。だったら執筆が完了するまで触らない方がいいかなと。そもそも、完結してから一気読みした方が(多分)面白いタイプの作品なので、現在お読み下さっているような方々には、完結してからまとめて読んで欲しいと思っていたりもしますしね。 今のところ、100話を超えるところまで執筆が進んでいるので、執筆完了次第投稿再開するとは思います。自分で言うのもなんですが、他作品の数倍は頭使っているので(当社比)、お蔵入りにはしないはず。たぶん。盗賊ちゃんの話なんて、これに比べれば1/100くらいしか頭使ってませんからね。(その差が読者様に伝わっているかはわかりませんが) 再開は多分、年末あたりでしょうか。タイトルは(もう少し今風というか、読者ウケを狙ったものに)変えると思いますが、興味があればそちらで続きをお読み下さい。次回のカクヨムコンに間に合えばいいなくらいのつもりで書くつもりです。
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  • 2024年9月21日

    近況ノート終了のお知らせ

    タイトル通りです。 具体的な事情は伏せますが、近況ノートへの投稿を終了します。少なくともこれまでのような更新頻度で日々の所感やネタを投下することは当分ありません。一応「当分」という言葉を使っておりますが、気分的には「二度と」ですね。数日間じっくり悩んで決めましたので、衝動的というわけでもありません。 小説は今後も書き続けますが・・・まあ、色々とお察し頂けるとありがたく。 ちなみに、ID再取得後の近況ノートは、いつ間にか30万字近くも投稿しておりました。ボツや未公開の書き溜めも含めれば30万字を軽く超えています。なのに小説の方はマイナス成長という。何かがおかしい。おかしいので、よい機会だったと思っておきましょう。 今後の投稿に関しましては、これまで通り白紙です。暫く何の動きもしなくなると思いますが、裏で活動はしていると思って下さい。冬眠中とか蛹化中とか、そんな感じにご理解頂ければ。生存報告代わりに、時々応援メッセージくらいは書き込ませて頂くかもしれません。 というわけで、近況ノート目当てでフォローして下さっている方々は、さっくりフォローの解除をお願い致します。フォローバック狙いの方々も以下同文(といっても読んでないだろうけど)。 これまで駄文にお付き合い下さった皆様方には、篤く御礼申し上げます。 苔の奥底でひっそり暮らす、緩歩動物のようになりたい。水に漂うだけのプランクトンとかもいいよね。
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  • 2024年3月18日

    近況ノートは書いて消す/投稿しないから推挙する(他力本願な作品推薦)

    【近況ノートは書いて消す】(2024年3月18日投稿) 私なりの近況ノートの使い方、注意事項について書き留めておこうと思います。(2024年3月18日現在) 「いいね」を押して下さる方々には申し訳ないのですが、近況ノートはストレス解消の場として、《愚痴を垂れ流しては消す》みたいな方向性でいこうと決めました。なので、コメントもオフですし、わざわざお読み下さる価値もないですよと。 言うなれば、愚痴を垂れ流すことで自分の置かれた状況を整理しつつ、指針を得るための作業場として使うということです。あとはまあ、頭の体操。当然、人によっては腹立たしくなることも書くでしょう。 結局のところ、誰にも読まれなくて構わないというか、むしろ誰にも読まれない(読まれる可能性がある)くらいが、適度な緊張感を保ちつつ余計なストレスを抱え込まなくて済む平衡点なのですね、自分の場合。期待に応えようとか、人様のお役に立つことを書こうとか、そういうのがあかんのですわ。かといって、何のアウトプットもしないでいるのも、それはそれでストレスになる。タイトルにある利用法に至った理由を自分なりに分析すると、たぶんそういうことなのです。はい。 【投稿しないから推挙する】(2024年5月20日投稿の近況ノートを移動させました) 昨日のことなんですが、投稿していた頃の私を知るある方に「投稿してたやつアップロードせんかい、オラオラオラ!(意訳)」と言われてしまいまして。そう言って頂けることは大変ありがたいと申しますか、私ごときにそのようなお言葉を頂戴してしまい恐縮しきりなのですが・・・う~ん。 私は文章を書くのが好きです。正確には、知識を得ることと頭の中を整理することが好きなのだと思います。で、(自分にとって)頭の中を整理するのに一番適した方法が文章を書くという行為なので、文章を書くのが好きなのでしょう。 それ即ち、私が文章を書いているのは、誰のためでもなく自分のためであるということ。人様のお役に立とうなどという考えは、基本的に捨てています。なぜなら人付き合いが苦手だから。(まあ、この結論に至ったのは比較的最近なんですけどね) そんな姿勢で書いているものを、わざわざお時間とらせて読んで頂くなんて烏滸がましい話なので、現在作品公開をしていないのでして。「読んだところで時間の無駄だよ」と、毎度のように宣言させてもらっている通りです。これが時間をとらせない絵や漫画なら、構わず投稿しちゃっていた気もしますけど、駄文を長々と読ませてハズレだったというのは、良心の呵責があるわけです。 カクヨムには、私なんぞより優れた作品を投稿されている方が山のようにいらっしゃいます。私が読んだ中で一番凄いと思うのは、@jundesukedomo 様。ペンネームすら登録されていらっしゃらないので、何とお呼びしてよいのかもわかりませんが、この方が挑んでおられる「嗅覚と聴覚の共感覚を、文章という視覚入力で表現する」という試みのレベルを見てしまうと、自分なんてゴミカス以下でしてね。「(発想力が)貧弱貧弱ゥ!」「無駄無駄無駄!」と言われてしまった気がします。香水と音楽に関する知識は極めて深く(といっても私は香水に詳しくありませんが)、クラシックなんかだと「そこ突いてくるかぁ!」と唸らされる曲が次々と登場します。おまけに、ヨーロッパ(特にフランス)の街並みがこれでもかというほど生き生きと描かれている。これ、現地を詳しく知らないと書けない描写です。なんでこんな御方が、日本のフリー小説投稿サイトでひっそり活動していらっしゃるのか、わけがわかりません。この人の作品が出版されたら普通に買いますよ、私。女性向け作品らしく、登場する人物は圧倒的に女の子が多いですが、皆可愛い。主人公は育ちがよく、ふわふわしていて押しに弱いのに、会ったこともない憧れの老調香師が絡むと人が変わって面白いです。惚れる相手を間違ってますよ、お嬢様。唯一の欠点は、予備知識がないと楽しみが半減してしまうことかな。けどそれは、この作品を理解する力量がない読者の方が悪いです。いい加減な知識と妄想全開で書かれた「わかりやすいけど穴だらけ」な作品と、きちんとした知識で書かれた「勉強が必要な」作品。個人的には後者の価値が高いと思いますが、WEB小説界では逆なんですよねぇ。曲を知らなければ動画サイトですぐに聴ける時代なんですから、それくらいの手間かければいいのに。 というわけで、私の作品を読む暇があったら、もっと優れた作品は沢山あるのでそちらを読みましょうというお話でした。@jundesukedomo 様、勝手に名前を出してしまって申し訳ありません。(あとで謝りに行かねば) せっかくなので、現在私が読ませて頂いている作者さんを(これまた勝手に)紹介させて頂きましょうか。もっとも、読み専としての私はスコッパー気質ですので、メジャー作品はほとんど読まないのですが・・・以前からお付き合いさせて頂いている和泉将樹@猫部 様が、いつの間にやら★四桁稼ぐメジャー作家様になってしまわれ、びびっております。まだ読めてなくてごめんなさい。(自分の性格的に「竜殺し」に行くのは最後だと思います) 大和成生 様・・・「桃色武装」が最高に面白いです。作者様曰く「書きたいことを書いてるだけの作品」だそうですが、そういう作品に限って面白いのは鉄則ですね。涙と笑いの陰に、卓越した人間観察を潜ませていらっしゃる作家さんだと思います。 ばやし せいず 様・・・誠実な恋愛作品を多数投稿されていらっしゃいます。カクヨム界隈では文学寄りかもしれません。 立藤夕貴 様・・・幻想的で色彩感溢れる描写をされる方です。美しい文章は大変勉強になります。登場人物の名前のつけ方とか、やけに美味しそうな食事風景とか、細かなところにもこだわりがあって面白いです。(本日投稿の最新作「立夏の空の下に花は咲く」なんかは、一話完結でこの作者さんの個性がよく出ていると思います) 夜方宵 様・・・短編メインですがどれも秀逸。「アンダーハンドパス」の健全な百合っぽい世界観から「スノードーム」のひんやりとした世界観まで、非常に表現の幅が広いと感じます。 今優先的に目を通させて頂いているのは、この方々ですね。なかなか時間がとれずモタついておりますが、御容赦下さい。他にも読ませて頂こうと思っている方々は沢山いらっしゃいますので、また機会があればご紹介させて頂きます。 【立藤夕貴様の『記憶の海の渡り人』】(2024年6月19日投稿の近況ノートを移動させました) 先週、故あって〇〇〇〇様の『〇〇〇〇〇〇〇〇』という大っ変失礼な表記をさせて頂いた小説について語ってみます。立藤夕貴様、本当に申し訳ございませんでした。 立藤夕貴様につきましては、過去にも何度かご紹介させて頂いたことがあるのですが、風景画のような文章を書かれる作家さんです。日常の風景だけでなく、空想上の風景も含めて卓越した表現力で描写されます。食事がやたら美味しそうなところも特徴ですかね。それでいて、物語を書かれる時には人物描写にピントを当てて、各人の心模様をしっかり描き出されます。その筆力は素直に羨ましい。わたくしめにも分けて下さいお願いします。 そんな立藤夕貴様がファンタジー調のヒューマンドラマに挑戦された作品が『記憶の海の渡り人』、リアル調のヒューマンドラマに挑戦された作品が『夢喫茶でまた会いましょう』、短編でその個性が存分に発揮された作品が『立夏の空の下に花は咲く』であると、個人的には受け止めております。まだ読めていない作品もあるので、そちらについてはまた追々。 今回は全120話・30万字超の大作『記憶の海の渡り人』を読破しましたので、良いところも気になるところも含めて、その特徴を語ってみます。 第一の特徴は登場人物が多いこと。これ、読者さんを挫折させてしまう最大の要因になるんじゃないかなと思ってますので、先に書きますね。同じ人物が名字で呼ばれ、名前で呼ばれ、暫く登場していなかった子がいきなり会話の中にひょっこり名前だけ出てきたりするんですが・・・読者の中では覚え切れていないことも多く、読み解くのに結構苦労させられます。実は、私自身ちゃんと把握できていた自信がありません。なのに、脇役に見える人たちが、割と端々で大事な役割を果たしていたりするんですよ。というわけで、これから読まれる方は、人物整理をしながら読まれることをお勧めします。人物把握ができてくると、伏線の張り方や回収が実に見事であることに気付かされますが、逆にそれができないと、何が何だかわからないということに。この点は本当に要注意。 第二の特徴は、物語の濃淡が次第に濃くなってゆくということですね。まあ、長編らしい特徴と言えます。作品概要にも書かれている程度のネタバレでまとめてみると、子どもの頃から他の人には見えない「透明な魚」が見えていた主人公が、ある日その魚に触れることで、非日常の世界に巻き込まれてゆき、そこで彼と同じものが見える人たちと出会うというストーリー。ここでいう「透明な魚」というのはファンタジー的な記号ですので、実のところ他のものであっても良かったわけですが、そこで「透明な魚」という幻想的な光景を想起させる要素に辿り着けてしまうのが、立藤夕貴様固有のセンス。しつこいけど分けて下さいぷりーず。この魚が見える人は次第に増えていくわけですが、それに応じて描かれる内容も少しずつ変化してゆき、出揃う頃に次のステージへ・・・といった感じです。 第三の特徴は、登場人物の設定がしっかりしていて、それらが人間模様や伏線にちゃんと反映されていること。きちんとした情報整理が出来ている作者さんでないと、これはできません。頭の良い方なのでしょう。友だち想いの人、冷静に物事を見つめる人、感情をコントロールしきれない人・・・各人に背景があり、役割があり、そうした設定の緻密さが物語をきっちり支えている印象です。 第四の特徴は、登場人物たちのヒューマンドラマが主軸でありつつ、作品全体としては謎解きや異能バトル、時には残酷描写なども採り入れた欲張りセットとなっていることでしょうか。ファンタジー小説なので、推理小説のように謎解きできるわけではありませんが、それでも衝撃的な展開が待ち受けており、ところどころで「やられた」と思いながら読むことになるかと。こうした作風を活かすためか、基本はシリアス路線でギャグ要素はほぼありません。作者さんが書きたかった要素が、ほぼすべて組み込まれているのではないかと思われます。 最後に読み終えて思うこと。振り返ってみると、一貫したテーマがちゃんと物語の根底に流れていたことに感銘を受けています。それが何であったかはネタバレになるので書きませんが、長編小説としての柱はしっかりしています。タグに「ヒューマンドラマ」「青春」とあるのも、看板に偽りなしです。 総評としては、「書かれていることをちゃんと追いかけることができれば」とてもよく出来た作品だと思います。それを妨げる最大の要因は、第一の特徴で挙げた登場人物の多さであり、次なる要因は第二の特徴で挙げたゆっくりめの展開ってことになるんでしょうか。その展開も、謎が暫く謎のまま放置されて先に進んでしまいますので、頭の片隅にそのことを留めながら読む必要があり、情報整理は結構大変でした。初読の人と設定がわかって読む人とで、受ける印象はかなり変わるだろうと思われます。後半から終盤にかけての追い込みは、WEB小説で好かれそうな展開なのですけど、そこまで辿り着ける読者さんが少なくても、不思議はありません。作者様の作品が持つ、独特の空気感が気に入った方であれば、読み続けるのは苦でないと思うのですが、作者様の筆力の高さを感じ取れない読者さんだと、途中で投げ出しちゃうのも致し方ないのかも、と。そういう意味では、まず『立夏の空の下に花は咲く』あたりの短編から入ってみる方が無難かもしれません。 WEB小説の読者さんは、とにかく「第1話からクライマックス」みたいな作品しか受け付けないところがあって、緩急つけながら盛り上がっていくタイプの作品は流行らないという印象があります。食事でいうと、いきなりステーキみたいなのが好まれているんでしょうか。コース料理のメインディッシュが出てくるまで待てないって人が多いように見受けられます。本作は、どちらかと言えばコース料理に寄っているので、じっくり読みたい方向けになるかと思います。 なお、これは個人的な恨み節になりますが、WEB小説時代の読者さんって、飽食の時代の若者に似ている気がするんですよね。一口食べて美味しいと思えなければ吐き出すみたいな。まあ実際、無料の小説が大量に転がっているんですから、そうなるのも当然といえば当然なんですけど、味覚が未成熟というか、食材を美味しく食べる方法を知らないというか、はっきりした味付けじゃないとわかってもらえないというか。万人受けする小説などないことが示すように、同じ文章でも受け取り方は読者に委ねられるわけですが、WEBではそうした感受性の多様性が失われている気がします。流行以外のものを味わえる読者さんが極端に少ないと言いますか、作者に流行り物ばかり書かせるような圧力がかかっていると言いますか。なので、立藤夕貴様のような作者さんには頑張って頂きたいなと思います。 【大和成生様の『桜梅桃李シリーズ』】(2024年6月21日投稿の近況ノートを移動させました) 今回も前回の〇〇〇〇様(立藤夕貴様)に引き続き、□□□□様の『□□□□□□□□』と表記させて頂いた方をご紹介させて頂きます。大和成生様、失礼な書き方してしまってごめんなさいごめんなさい。 現在、私がお金を払ってでも読みたいと思える作品を書いておられる作者様は二人おりまして、そのうちのお一人にはギフトをお贈りさせて頂いております。 で、もう一人が今回ピックアップさせて頂いた大和成生様なのですが、ご本人様にはそういう野望が一切ないらしく、ギフト受付すらされていないという徹底ぶり。いやまあ、私もギフト受付していない(というより、そもそも小説公開の予定すらない)ので、お気持ちはとてもよくわかるんですが・・・お陰で現在、ギフトが1ポイント余っておりまする。どないしましょ? ま、それはさておき、このたび『桜梅桃李シリーズ』を読破したので、その魅力をネタバレなしで語ってみたいと思います。 このシリーズは石田家の三姉妹+末弟を中心に、彼らの幼い頃から大人になるまでの半生を、それぞれの視点で描いた連作です。恋愛成分多め。三姉妹の名前が上から順に桜・梅・桃であり、末弟が信であり、石田姉弟の従姉妹に当たるのが李(通称スーちゃん)ですね。なのにシリーズ名には信が入っていないという。男の子だからって仲間ハズレにしないであげて。(笑) この作品に「お金を払う価値がある」と思える理由は、人間の成長に必要な葛藤がズバッと描かれているからです。それも、かなりシビアな女性目線。そしてそれらは、それぞれの登場人物にうまく分散して配置されており、様々な角度から様々な人間像が浮かび上がってくる仕掛けになっています。更に面白いのは、そうした人間像の多くが、実は作者様ご自身の投影であり分身でもあるということ。すなわち、異なる人間像はひとつの人格に統合されたとしてもよいのでして、人間という矛盾に満ちた存在が見事に表現されています。 (ついでに言うと、作者様的に好きじゃないキャラが超重要ポジに就いていたり、あるいは作者様的に大嫌いであったはずのキャラがいつの間にか格好良く成長してしまっていたりするところも面白いのですが・・・作者様はその辺の情報を小説内で一切書かれていないというね笑) 全員が違う人格をもち、全員が違う人生を歩んでいながら、読者という一人の人間の中ではそれらすべてを教訓として糧にすることができる作りになっている。まったく同じ体験をしていながら、まったく違う選択をしてそれぞれの人生を歩む二人の姿が描かれていても、それらは「どちらもあり」と納得できる。こういったところが非常によくできています。 ただ、そのよくできている部分が「よく出来すぎている」きらいがありまして・・・複数のストーリーを読み進めることで、初めて見えてくるものが沢山あるわけですよ。「あの話のあれってそういうことだったのか!」みたいな。なので、単品で読むとなんだかアッサリ風味と言いますか、他作品との相乗効果でいきなり面白さが爆増すると言いますか、噛めば噛むほど味が出てくるスルメ的な魅力があると言いますか。それゆえ、早計な判断を下されてしまう可能性は、決して低いとは言えません。そういう意味では(立藤夕貴様の作品同様)じっくり丁寧に読む人向けなんですよね。ぶっちゃけ、作者様は設定集や解説書を書くべきレベル。多分、三回くらいは読み込まないと、情報を整理しきれません。(笑) なので、WEB小説のニーズに合っているかと問われると・・・すみません。自信ないです。せめて読む順番くらい指定して頂ければ・・・。 (ちなみに自分のお薦めは信→桜→梅→李→桃かな。信を最後に回すという読み方もアリですね。こんなこと書いてる私自身、梅を最初の方で読んで、この作者さんは只者じゃないと思った記憶があるため、結局はどんな順番でも構わない気がします。というか、読む順番にこだわりが出てくるのは、全体像が見えてきた2周目以降のことだと思うのです。なので、読んだことない人は、とにかく全部読み尽くすつもりで手当たり次第読んでみて下さいと申し上げておきまする。あと、外伝的な短編もいくつか用意されていますので、そちらもどうぞ) ともあれ、こればっかりは声を大にして言わせて頂きたいのですけど、「パッと見面白いけど中身スカスカ」な作品ばかりが読まれ、「パッと見地味だけど中身が詰まっている」作品はまったく読まれないというこの状況、ほんと何とかなりませんか。ちょっと顔がよくて口が上手いだけのヒモ体質DV男がモテて、地味だけど真面目に仕事をしている男は見向きもされない、みたいな?別に自分の見る目が確かだなどと言うつもりはないのですが、所詮は顔(タグとタイトルとジャンルと第一話)で決まるのかと思うと、色々とこう、アレでアレがアレなわけですよ。うがあぁぁぁ! すみません。つい鬱憤がダダ漏れになりました。 単品でどれかひとつと言われれば、桃を推します。先日のノートで□□□□様の『□□□□』という謎表現させて頂いたのは、これですし。こういう毒々しい作品は大好物でございます。じゅる~り。あと、武士君が何ともいえず格好いいんです。じゅるじゅるじゅる~り。ちなみに、読む順番で桃を最後に回しているのは、私が「お楽しみは最後にとっておく派」だからです。(おい) 梅と李に関しては、予備知識として「雪の女王」のあらすじだけでも知っておいた方がいいかな。注意点はそれくらいかと。 まあ、なんでしょう。流行とかテンプレとかに辟易していて、しみじみと「そうだよなぁ」と思えるような作品群に触れたい方、子ども時代の体験が人格形成に与える影響を、大人になった今だからこそ様々な角度から振り返らせてくれる、そういう作品群を読みたいという方々にお薦めでございます。ポジション的には、純文学に近いといいますか、純文学からWEB小説に読者さんを引っ張ってくることのできる作者さんというイメージを持っています。あとはこう・・・女社会のリアルみたいなものを、味付けなしに表現してくれているところもいいですね。天然天使ちゃんから嫉妬に狂った横恋慕ちゃんまで、色んな「女」がご登場なされます。はい。 こういう出会いがあるから、隠れた名作の探索はやめられないんですよ。いつも言ってますが、お星様なんて何の参考にもなりません。だって、売れたい売れたいと思ってる人より、自分の気持ちに素直な作品を書かれている作者さんの方が、優れた作品生み出すなんて当たり前じゃないですか。芸術ってのは、自分の内面の表出なんですから。 とはいえ、商業ベースにはない良さを持ったこういう作品が無尽蔵に眠っていることは確かであり、その場を提供して下さっていることについては、カクヨム運営様にはいつも感謝しております。自分に合った作品に出会いたければ、濫読するしかないっていうのは、仕方のないことなのかもしれませんね。 ではでは。
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