対ヨーロッパコンプレックスを払拭し、世界のリーダーとして振る舞い始めたロシアにとって・・・少なくともロシアエリートにとって・・・冷戦時代はプライドが充足されつづけた時間でした。何しろ「資本主義の間違いをヨーロッパに教えてやる」という立場で、アメリカと世界に二分する立場へ躍り出たのです。世界中が、ロシアの一挙手一投足に注目していたのです。世界のすべてが、ロシア抜きには何も決められなくなったのです。
この「人生の絶頂」状態を手に入れるに当たり、ロシアは国のすべてを賭けた二度の大博打に、オールイン(いわゆる全ベット)で連勝しました。前回最後に触れた世界恐慌と第二次大戦ですね。
世界に覇権思想は数あれど、それが実質を伴ったものは、決して多くありません。ロシアはその地位まで登り詰めることに成功したのです。残った最後の敵はアメリカ。この場でアメリカにも勝利できれば、世界で最も優れた民族はルーシであることの証明となるでしょう。こうして最後の大博打、すなわち冷戦へのオールインが始まりました。
しかし結果は御存知の通り。社会主義陣営大敗北の末、ソヴィエト連邦は消滅です。わからせるつもりが、わからされてしまった。人類の未来を先取りしていたはずのロシアは、実は道を踏み外していただけであり、「教えてやっている」はずのヨーロッパの方が、まだマシな選択をしていたことが、はっきりしてしまったのです。(個人的には、資本主義が正しいと言うつもりはありません。ロシアが世界に突きつけた、資本主義の矛盾それ自体は正当な批判です。ただ、その対案たる社会主義が、資本主義以上に大きすぎる欠陥を抱えていたというだけ・・・)
ですが、(ロシア精神史的に見れば)本当の問題はここからです。ロシア国民が、ロシアエリートが、この現実を受け入れることが果たしてできるのでしょうか?
できるはずがありません。それを受け入れれば、ロシアはソヴィエト連邦巨大経済圏の盟主ではなく、ましてや世界のリーダーでもなく、モスクワ周辺を支配する田舎国家に逆戻り。すなわち、「モスクワ大公国」にまで時代を逆行することになるからです。
先日のコメント欄に
> 現代の飛行機が飛ぶ世界観でその感覚で緩衝地帯を設定しようとするのはナンセンス
と頂いているのですが、彼らが緩衝地帯(=ロシアの周辺地域)をなくせないのは、軍事的理由(外向精神理由)だけではありません。むしろ、内向精神理由にこそその本質があります。緩衝地帯を失うということは、世界の中心にいるロシアとその取り巻きという世界観を失うことと同義であり、ましてやその周辺国がEUへと擦り寄ることは、積年のコンプレックス対象(=ヨーロッパ)の方がやっぱり正しかったと再評価されることそのものであり、それはせっかくロシアが手に入れたアイデンティティ(詳しくは前回参照)を喪失することになるからです。
いえね。客観的に考えれば、そんなアイデンティティなんてもうどこにもないんですよ。信じているのはロシア人だけ。社会主義は失敗であり、ロシアという国には世界が真似したい(こういう国になりたい)という魅力がなく、要するに、もはや誰も世界の最先端(すなわち人類国家の進むべき未来を体現した国)だなんて思ってないんです。むしろ、世界のお邪魔虫だと思われている。けど、そんなロシアの姿をロシア国民やロシアエリートが直視できるかと言えば、それは断じてノーなんです。今現在のロシアの姿は本来のものではなく、ソヴィエト時代のロシアこそが正しい姿だと信じているのです。たとえそれが、幻想どころか妄想のレベルであったとしても。(実際、ソ連時代を知っているロシア国民の中には、あの頃に戻りたいという人が一定数いますし、その辺のいきさつについては次回から3回かけて書く予定です)
この確信を如実に示しているセリフが、「(ソ連崩壊は)20世紀最大の地政学的悲劇」というプーチンの言葉。2005年の年次教書演説で語られていますね。彼の頭の中にあるロシアは、ソヴィエト連邦という巨大経済圏の盟主として各国に「教えてやる」「導いてやる」という、偉大なるルーシ民族国家の姿でしかないのです。だから、それが失われてしまった過去が悲劇に映る。そして、その栄光を取り戻そうとする。ソ連崩壊という事象そのものが、(ロシアエリートにとってみれば)歴史のバグなんですね。
その一方で、実は彼らも理解はしているのです。ロシアという国に、人々を惹きつける魅力などないのだということを。少なくとも、その魅力においてヨーロッパに劣っているのだということを。民族ナショナリズムも市民ナショナリズムもなく(連載第三回参照)、あるのはモスクワ中心のエリート選民思想だけ。辺境の少数民族から兵士を無理矢理かき集め、力尽くで戦場に駆り出し、後退などしようものなら後ろから銃を撃つ。そうやってモスクワ(=ルーシエリート)のために命を捧げさせる強権国家に、魅力なんてあるわけがない。暴力による脅しは、魅力のない者が弱者を従えるための人間性放棄でしかありません。
https://www.npi.or.jp/research/data/cfaa5ff055b125f14f31eb3e3b757781114b092c.pdf
一例ですが、このレポートに報告された以下の数字が一体何を意味するか。2024年段階ですらこれですからね。詳しく確認したい方は、リンクからお飛び下さい。
①トゥバ共和国(シベリア連邦管区) 死者 48.6 人(全人口 30 万人)
②ブリャート共和国(極東) 36.7 人(98 万人)
③ネネツ自治管区(北西) 30.0 人(4 万人)
④アルタイ共和国(シベリア) 26.5 人(20 万人)
⑤ザバイカル地方(極東) 26.2 人(115 万人)
※サンクトペテルブルク市(北西) 2.5 人(539 万人)
※モスクワ市(中央) 1.0 人(1267 万人)
だから、ロシア(というかモスクワ)から離れてヨーロッパに近づこうとする人々は(少なくとも相対的には)正しい。しかし、それをロシアエリート目線で見れば、「ヨーロッパ文化に誑かされた裏切者」とか「ヨーロッパと結託して偉大なるロシアに敵対する脅威」とか「ヨーロッパという敵対勢力を招き入れようとする愚か者」とか、そういう理解になってしまう。一度克服したかのように思われた対ヨーロッパコンプレックスは、自らの失敗によってヨーロッパをより強大な敵として再構築してしまったのでしょう。
たとえば、ウクライナ(コサックに起源をもつ民族国家)がEUを目指しているのは、ロシアよりヨーロッパの仲間になりたい(そちらの方が魅力がある)という判断に他ならないわけですが、それはロシアから見ると「ヨーロッパのせいで、末端が本体を無視して意思を持った」と解釈される。手足が脳を無視して動いた的な。あるいは、吸血鬼に魅了されてあっち側についたみたいな。そこにはもう、かつてヨーロッパの一員になろうと必死に足掻いていたロシアの面影すらありません。今やヨーロッパは、「ロシアが目指す世界」の敵対妨害勢力(いわば吸血鬼一族)にまで変質してしまったのです。
ですが深層心理においては、ロシアエリート自身ですら、ヨーロッパ文明に対する憧れを、未だに捨てきれずにいるのです。その象徴とも言えるのが、ゲレンジークのプーチン宮殿ってやつですね。
1400億円かけたとされるこの宮殿、内装を手がけたのはイタリア人です。アクアディスコ付きのプールにカジノ、テイスティングルームにアイスホッケー場、更にはレストランまで完備している超高級ホテル並みの設備群。しかしならが、近代スイミングプールの起源イギリスですし、アクアディスコ(照明・噴水つきプール設備)は1980年代のイタリアなどで普及したもの。カジノの起源はベネツィアであり、近代カジノの聖地と言えばモナコやラスベガスでしょう。黒海を見下ろすテイスティングルーム、ワインはフランスの文化ですね。あ、敷地内にはブドウ畑とワイナリーも当然のように誂えられてますよ。その広さ、なんと300ヘクタール。プーチンが大好きなアイスホッケーはイギリス発祥です。
ちなみに、贅沢の極みとしてロシア国民の注目を集めたのはトイレブラシとトイレットペーパーホルダーでして、トイレブラシ1本のお値段は700ユーロ、ペーパーホルダーは1000ユーロ。700ユーロという金額は、当時のロシア地方都市における平均月収を超えていました。これらも当然、内装に揃えたイタリア製であり、決してロシア製ではありません。エカチェリーナ宮殿ではスコットラント人が活躍していましたが、ロシアエリートが贅を尽くすとき、その提供元はなぜかロシアにならないのですよ。ここに、ルーシのトップでありながら、ルーシという民族それ自身を心の底からは信じ切れない鬱屈した指導者の姿が見え隠れしています。
こうして自分たちだけが豊かなヨーロッパ文化の上澄みを享受し、国民にはその姿を決して見せないよう情報統制とプロパガンダに奔走する。そして、この情報を暴露したナワリヌイ氏(すなわち彼らより遥かに情報開示とか権力批判といったヨーロッパ文化を正しく採り入れたロシア人)はきっちり殺す。この矛盾した姿勢こそが、彼らのコンプレックスの根深さを象徴しているのです。
つづく