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星降る少女、宙に還る 前編

 何から話せばいいかわからない。
 でも二つだけ、話す上で欠かせないことがある。

 一つはじいちゃんのこと。
 もう一つは、星の少女のこと。

 ◯

 東京都、永田町。
 それが、僕の住む街だ。

「あれっ? おかしいな、テレビがつかんぞ」

 今朝、寝ぼけ眼でリビングに入った僕の耳に届いたのは、砂嵐になったテレビを怪訝そうに眺める両親の姿だった。

「おはよう。どうしたの?」

 両親の様子を眺めながらパンを食べるお姉ちゃんに尋ねると、彼女は肩をすくめた。

「テレビが映らないんだって」

「テレビだけじゃない。朝からどうも色々機器の調子が悪いんだよ」

 父さんが困ったように声を出す。

「スマホも朝からずっと圏外だし、電話も通じやしない」

「スマホ通じないって結構だるいよね。私のやつもなんだけど」

「ふぅん」

 テレビと格闘する両親の姿を見ながら、割と気にせず僕は朝食を取った。
 しばらくすると、登校時刻になったので、そのまま家を出る。ランドセルを背負って靴を履いていると、玄関まで母さんが見送りに来てくれた。

「ゆずる、帰り、遅くならないようにね」

「はーい、いってきまーす」

 ◯

「ゆずる、お前の家、テレビ映ってた?」

 教室に行って、開口一番、声をかけて来たのは哲郎君だった。

「ううん、全然映らなくて、父さんが苦戦してた」

「どうしたの? なんの話?」

 クラスの美香ちゃんが話に加わってくる。

「いや、今日なんか変なんだよ。テレビが映んないし、スマホの電波も入らない」

「全然気付かなかった。どうして?」

「俺たちもよくわかんねぇんだよ」

 話していると、不意にチャイムが鳴り響く。
 仕方なく僕たちは、そこで話を切り上げ、席に着いた。全員が先生の到着を待つ。

 しかし妙な事に、何分待っても先生は姿を現さなかった。
 授業モードで切り替えていた教室の緊張した空気が、徐々に弛緩するのがわかる。

「先生、どうしたのかな?」

 訪ねてきた美香ちゃんに、僕は首を振る。
 すると、不意に放送が掛かって「全校生徒の皆さんへ。本日は自習となります」と担任の佐伯先生の声がした。

 何かがおかしい。
 その予感に、クラスがどよめく。

 よく見ると、今日のクラスは何だか人が少ない。
 三分の一くらいの生徒が、欠席しているのだ。その様子もまた、僕達の心をざわつかせた。

 誰も何も分からないで入ると、やがて佐伯先生が姿を見せた。
 僕達が先生を見ると、佐伯先生は何だか浮かない顔で口を開く。

「えー、ちょっと事態がわからないんですが、今日は何だか出勤されている先生や生徒がとても少なくて。皆さん連絡が取れない状態です。そのため、先程職員会議で、授業を中止する事になりました。今から、皆さん。集団下校で帰るので運動場に集まってください」

「先生、何で他の先生や生徒がいないんですか?」

 誰かが訪ねたが、佐伯先生も「何でなんだろ」と首を傾げていた。

 ◯

 何かがおかしいが、何がおかしいのかも分からず、本日の学級閉鎖が決まった。

「おい、ゆずる。帰んぞ」

「ごめん、僕、じいちゃんの家だから」

 僕の両親は共働きだ。
 そのため、日中の我が家には誰もいないのが通例であり、平日はいつも夕方になるまでじいちゃんの家に行くのが常になっていた。

「ゆずるくん、お家の人が迎えに来てくれたわよ」

「お家の人?」

 誰だろう、じいちゃんだろうか。
 そう思っていると「ゆずるさん」と声を掛けられた。
 振り返ると、立っていたのは、パーカーとデニムスカートを着た大人のお姉さん。

「イリスさん!」

 イリスさんはじいちゃんの家に居る世話係だ。
 綺麗で優しく身のこなしが軽い人で、じいちゃんも死んだばあちゃんの若い頃そっくりだと言っていた。

「先生が連絡してくれたの?」

「いえ、博士が今日は恐らく学級閉鎖だから、ゆずるさんを迎えに行くようにと」

「じいちゃんが? どうして?」

「さあ……」

 イリスさんも、不思議そうに首を傾げた。

 ◯

 帰り道をイリスさんと歩く。
 歩く街は、いつもと何か違った。
 まるで空気の流動が止まった様に、静まり返っている。

「このあたりは人が少ないんですね。駅前は何だか騒がしくて大変でした」

「何かあったのかな」

 何かがこの町に起きている。
 それは何となくわかっていたが、何が起こっているのかはさっぱり分からない。
 歩いていると、やがて小さな公園にたどり着いた。じいちゃんの家に行くには、ここを抜けるのが早いのだ。

「イリスさん! こっちこっち!」

「ゆずるさん、走ると危ないですよ」

 僕がイリスさんに手を振りながら公園に入ると、不意に足を踏み外して「うわっ」としりもちをついた。

「ゆずるさんっ!」

 イリスさんが走って来てくれる。

「いててて……」

「大丈夫ですか?」

「うん。なんか穴ぼこがあって……」

 そこで、僕達は言葉を失った。

 そこにあったのは、まるで隕石が落ちたようなくぼみだった。
 まるでそこだけを抉り取ったかのような、不自然にまるい半休体のくぼみ。

「何だ、これ」

「妙ですね、この場所にこのようなものはなかったはずですが……」

 僕達が穴に目を落とすと、その中心に、横たわる人の影があった。
 見慣れない服装の、僕と同じ歳くらいの女の子だ。

「誰かいる!」

 僕が駆け出すと「ゆずるさん!」とイリスさんが僕を後ろから追いかけてくる。
 崩れそうな足場にこけそうになるのを何とか堪えて、女の子の元へとたどり着いた。

「ねぇ、君、大丈夫?」

 声をかけるもまったく反応が無い。それに、全身傷だらけだった。

「ゆずるさん、危険です」

 そうしているとイリスさんが僕に追いついてきた。

「女の子……どうしてこんな場所に?」

「イリスさん、この子すごい怪我してる」

「ちょっと失礼します」

 イリスさんが女の子の全身をペタペタと触る。

「恐らく命に別状はないでしょう。強い衝撃を受けて一時的に気絶しているみたいです」

「病院に連れて行った方が良いのかな」

「いえ……それはやめたほうがいいかもしれません」

 イリスさんはそういうと、ゆっくりと自分の手のひらを僕に見せる。

 少女の全身に存在する、打撲のあと。
 そこからわずかに垂れる血の色は、真っ青な色をしていたから。

 ◯

「何で血が青いの……?」

「今は断言出来ませんが、ひょっとしたら、人ではない可能性があります。この子は一体……」

 僕達が困惑していると、背後からガチャリ、と何か音がして、思わず振り返った。

「ターゲット発見。この地域の民間人と思しき女性と子供も居ます」

 立っていたのは、軍服に身を包んだ男の人が二人。手には自動小銃らしきものを持っている。

「自衛隊だ。助けてもらえないかな」

 僕が言うも、イリスさんは微動だにしない。
 まるで何かを確かめるように、彼女は目を細くして目の前の男を見つめている。

「ちょっと、妙ですね。脈拍が正常すぎる……。まるでこの事態を想定していたかの様に」

「どうしたの?」

「ゆずるさん、ここから動かないでください」

 どういうこと、と尋ねる前に、片方の男の言葉が、僕に事態を悟らせた。

「了解、始末します」

 その声が聞こえるのと、イリスさんが男達に向かって飛ぶのはほぼ同時だった。
 数メートル近い高低差を一瞬で詰められ虚を衝かれたのか、男達が銃を構えるのが一瞬遅れる。

 そうしているうちに、イリスさんは片方の男の首元を手刀で打った。
 瞬間、打たれた男は意識を失い、膝からガクンと崩れ落ちる。

「貴様っ!」

 もう一人の男がイリスさんに向かって引き金を引くも、イリスさんは銃口から弾道を読んだのか、首を捻ってそれをかわした。
 そのまま相手のふところに潜り込み、首を軽くつまむ。
 すると、意識が飛んだかのように首を押さえられた男はその場に倒れた。

 イリスさんは平然とした顔で、こっちに戻ってくる。

「行きましょう。ここは危険です」

「こ、殺しちゃったの?」

「いえ、意識を落としただけです。ですが、あまり長居しない方が良いかと」

「あの人たちは……何だったの?」

「分かりませんが、少なくとも味方ではないでしょう。それに……」

「それに?」

「彼ら多分、この星の人間ではありません」

 ◯

 じいちゃんの家は、古い木造の一軒家だ。
 ばあちゃんが死んでからというもの、イリスさんと二人で暮らしている。

 イリスさんは少女を抱えながら、家に到着すると「博士! 帰還しました! 博士!」と叫んだ。

「そんなでかい声で呼ばんでもわかるわい」

 イリスさんの声に呼ばれ出てきたのは、白い白衣をまとい、怪しげな機械のゴーグルをつけた老人が一人。
 それが僕のじいちゃんだった。

「じいちゃん!」

「おお、ゆずる。来たか」

 じいちゃんは僕を見て嬉しそうに微笑んだ後、イリスさんの抱える少女に気付いて表情を変える。

「どうしたんじゃ? その奇妙ないでたちの子は」

「帰りしなに見つけたんだけど、すごい怪我をしてて……」

「ふむ……病院に連れて行ったほうが良いかのう」

「いえ、それは辞めた方がよいかと」

「何故じゃ? イリス」

「私たちは、この子を見つけた現場で命を狙われました。相手は自衛隊の格好をしていましたが、恐らくこの少女を狙っていたのだと思います」

「なんじゃと?」

 じいちゃんは眉を潜める。

「その少女は何者じゃ?」

「分かりかねますが、私が解析したところ、恐らく人間ではありません」

 イリスさんが少女の青い血を見せると、じいちゃんの目が見開かれる。

「人間には含まれていない未知の物質が一割、構成物質として含まれています。また、血液中に青い色素を持った非常に高い治癒性を持った物質が存在します」

「ふむ……ちなみに、この子を見つけた場所は?」

「ビオトーブ公園です」

「なんじゃそのけったいな名前の公園は……。とりあえず、治癒促進機でその子の治療を」

「承知しました」

「ゆずるはちょっとこっちに来なさい」

「どうしたの? じいちゃん」

「ラボで見せたいものがある。ひょっとしたら、その子が関係するかもしれん」

「えっ?」

 じいちゃんの家の地下には、専用のラボがあり、そこで日々様々な物を開発している。
 イリスさんも何を隠そう、じいちゃんが開発したアンドロイドなのだ。

「ゆずる、今日イリスをお前のところにやったのには理由がある。今、永田町で何が起こっているか知っとるか?」

「え? うん。なんか、全然電波が入らないって」

「それは、ひょっとしたらお前たちの連れてきた少女が関係するかもしれん」

「どういう事?」

 僕が首をかしげていると、じいちゃんは「こいつを見るのじゃ」と近くのモニターに画面を映した。
 丸い球体の中心部が真っ赤になっている。

「これはこの星の磁場の変動を探知したものじゃが、ちょっと気になる数値が観測されてのう」

 画面に映っているのは、永田町らしき場所。
 それを包むように、ポッカリと黄色い円が出来ている。

「この黄色い部分は磁場が通常より高くなっておる証拠じゃ。今、この永田町を包んでおる磁場の数値は、通常では絶対に出ん。噴火直前の火山でもこの数値は過去に記録しとらん」

「じゃあ、これって何なの?」

「それは定かではないが、わしの仮説では、いま永田町は高い磁場のフィールドによって“隔離”されておる可能性がある」

「フィールド?」

「特殊な膜、とでも呼べば良いかのう。永田町は外から入る事も、内から出る事も出来ない状態になっとるんじゃ」

「そう言えば今日、登校してる生徒や先生が少なかったよ」

「やはりワシらは隔離されとる可能性が高いのう。少なくとも、連絡や他の街との行き来が出来なくなっとる」

「だれがそんなことを……?」

「ふむ……」

 じいちゃんはそういうと、奥側にある機械のスイッチを入れる。
 ザザッと言うノイズの後に、音声が入り込んで来た。

「じいちゃん、これ、日本語じゃない」

「政府が英語で救難信号を発しとるんじゃ。日本だけでなく、世界に向けて。じゃが、まるで届いておらん。ジャミングのせいじゃ」

「僕達を襲った男の人達は無線使ってたよ?」

「内部間での連絡は断絶されとらんからのう。無線なら使用できるじゃろて。どれ、翻訳機能をオンにするか」

 じいちゃんが側面のスイッチをカチリと入れると、急にクリアな日本語が流れ出した。


『こちら東京都永田町。現在我が国の中枢は連絡が隔絶されていて、アクセスが出来ない。国会は所属不明の団体が占拠しており、奴らは【星の姫】を我々に要求するも、その意味は不明。繰り返す。こちら東京都永田町――』


 音声を聞きながらじいちゃんは「いよいよ深刻な事になってきたのう」とつぶやいた。

「じいちゃん、星の姫って、もしかして……」

 すると、イリスさんが「博士」と入り口から顔を出した。

「少女が目を覚ましました」

「思ったより早かったのう。会話は出来るか?」

「はい。不思議なことに、あの子、日本語が通じます。私たちを襲った二人も、日本語を使用していました」

「なにか、裏がありそうじゃのう」

 居間に行くと、仰々しい光を放つ装置がソファに横たわる少女を照らしていた。
 この装置は見た事がある。ずっと前、僕が打撲した時にじいちゃんに当てられた光だ。

 全治一週間と言われていたのが、二日で治った記憶がある。
 少女は怪我が治ったことが不思議でならないのか、横になったまま、手を何度もグーパーしながら、見つめている。

 そして、僕らが来たことに気付くと、ゆっくりと首をこちらに向けた。
 まっすぐで、吸い込まれそうな目だった。

「博士をお連れしました。こちらはお孫さんのゆずるさんです」

「ゆずる、なんか話しかけてみい」

「僕?」

「わしらが話しかけるより安心するじゃろう」

「ゆずるさんの笑顔は天使ですからね……」

「う、うん」

 言われた通り、僕は少女の前に立つ。
 改めて見ると、彼女の髪の毛は濃い青色をしていた。
 生まれつきなのか、パッと見は黒い髪の毛だけれど、光に透かすとわずかに美しい青色が見え隠れする。
 睫毛や、その瞳もよく見ると青い色彩を帯びていた。
 改めてみると、普通の人と少し違うことがわかる。

 少女は緊張した様子で僕を見た。

「えっと、僕はゆずる。君は?」

「私は……ミアデ」

「ミアデ?」

 確認すると、少女は静かに頷く。

「あなた達が、私を助けてくれたの?」

「うん。公園で倒れてるところを見つけたんだ」

「じゃあ、味方?」

「少なくとも敵じゃないよ」

 するとミアデは、ホッと緊張を緩めたように息を吐き出した。

「ここは、どこなの?」

「東京だよ。日本の。永田町ってとこ」

「地球?」

「うん」

「そっか、ここが……」

 彼女は少しその瞳を光らせて、天井を眺める。
 よくわからなかったが、感動しているようだった。

「ミアデはどこからきた人なの?」

 するとミアデは、そっとまっすぐ、空を指した。

「私は、ここから四百六十六億光年先の惑星から来た」

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