東の出発点は敦煌。
敦煌を含む瓜州と近隣の沙州は
本来は漢人支配地域です。
しかし、作中年代では嘉峪関付近までオイラトに
押し込まれていました。
幕府同盟軍は嘉峪関から西を安定させるため、
という名目で明国に黙認させて支配。
一応の終着点はカスピ海北岸のアストラハン。
そこから、アゾフ海へ至る経路は、
ヴォルガ川やドン川を使います。
左端から3つ目の地点が
ヴォルガ川とドン川の合流地点となります。
再重要拠点は、サマルカンド近辺。
北側はカザフ、南はアフガン。
ペルシャに対しては、
カスピ海艦隊を創設し牽制します。
ヴォルガ川から木材を運搬し、
カスピ海で船を作ると…。
※最初、東西公路でしたが大陸公路に変更しました。
アルスラーン戦記風というかズバリですけど。