イスレフィアは扉を開き、室内へ足を踏み入れた。
中は広かった。壁には天井まである書棚が敷き詰められ、梯子が立てかけられている。
書棚が並ぶ通路を歩くと、奥にテーブルと椅子があった。読書スペースらしい。花台と、飾り棚の上には船の模型が置かれている。
イスレフィアは引き寄せられるように歩み寄り、繊細な作りの模型をまじまじと眺めた。……ルカが作ったのだろうか。
――『貴女さまがいるからです』
イスレフィアは眉を顰めた。
責めているわけではないと、ゼノヴァは言った。
当たり前である。責められる謂れはない。イスレフィアは王女としての責務を果たしただけで、それはこれからも変わらないし、変えるつもりもない。
自分は間違っていないと思っても、胸の奥にじわじわと湧き上がってくるものがある。
このままで良いのだろうか――……。
(良いも何も、どうしようもないわ)
ルカの継承権放棄を認めなかったユディウスに憤りを感じるものの(しかも、『面白い』とかいう理由で!)、もし今、ユディウスがそれを認めたとしたら、イスレフィアは断固抗議するだろう。
イスレフィアとルカはヴィエ王国とアストレン王国の同盟のために結婚したのだ。
ユディウスがルカの王位継承権の放棄を認めることは、ヴィエを軽んじる行為である。
――だからイスレフィアは、一昨日の晩、ルカを説得した。晩餐会に出席して欲しいと。
……ルカは悩んだだろう。政治的混乱を招く自分が表舞台に上がるべきではない。けれど上がらなければ、イスレフィアの立場はなく、国家間の同盟に亀裂が入るとも限らない――。
イスレフィアは灰の瞳を伏せた。
(……仕方ないわ。私たちは、王族なんだもの)
我慢してもらうしかない。ルカはこの国の第二王弟なのだから。
イスレフィアは胸の奥にある違和感から目を逸らすことにした。
***
望むこと③は最初、イスレフィア視点で書いてました。
最終的にルカ視点で落ち着きましたが、勿体ないのでイスレフィアが船の模型を見つめながら悶々と考えていた内容をここに供養。もう視点迷子になりませんように……。