◇◇◇
「【|永久《とこしえ》に続く安寧を以て───】」
プルミーとクラインの距離はギルドの訓練場の端から端───およそ40メートルほどである。
つまりそれが二人の決闘の開始地点であった。
「一騎打ちでそんな悠長な詠唱をしていてどうする」
プルミーは悠々と歩を進め、パチンと指を鳴らした。
「《|灯火《トーチ》》」
彼女によって紡がれた魔法は初級魔法の中でも、真っ先に習う、最も簡単で単純な魔法とされる、灯りを灯すだけの火魔法であった。しかし───
「熱っ」
ピンポイントにクラインの手元に発生した|灯《ともしび》は、彼の詠唱を妨げるのには十分であった。
「ほらほら、そうこうしてる間に、私との距離は縮まってくぞ」
プルミーの歩く速さは変わらない。
悠々自適に、本当に散歩でもしてるのではないかというほどの速度で彼女は歩く。
「《ファイアーボール》!! いっけぇぇぇーーー!!」
上級魔法を妨害され、時間的余裕を失ったクラインは、ミニ四駆操車の如き掛け声と共に、初級魔法のファイアーボールを放った。
「仕方ないから撃ったのが丸分かりだバカタレ」
一瞬でトップスピードになったプルミーは目の前の炎の弾をひょいと避けた。その時点で彼女はクラインの正面───
「卑怯だぞぉぉッッ!」
クラインが額から滝のような汗を流して叫んだ。
「そんなわけあるか」
と、声を出すと同時に強烈なボディブロー。クラインの身体がくの字に曲がった。
「お前みたいなのには、これが一番効く」
その衝撃に彼は嚥下もできず、口の端から唾液を溢した。
「うぐぅ、ええ」
ついでに涙も溢れた。
クラインは諦めそうになった。
なのに、
「これで終わりじゃないんだろ? 麒麟児くん」
相手に煽られた。この俺が……煽られた。
膝を着いたクラインが、意地か負けん気か、何とか立ち上がりプルミーから距離を取った。
もちろんプルミーが追撃することはない。
彼女はクラインの次の手を観察していた。
「ふう、ぐぶぅ。ぉまえぇぇ、絶対に許さないからな」
まだやれるのかとプルミーは感心した。
心が折れかけても、減らず口を叩く根性は嫌いではなかった。しかし、その根性を良いように使えば良かったのに、この切羽詰まった場面で人類の足を引っ張ったのだ。プルミーは前回の封印領域で喪った者達を想った。やはり彼の愚行は死に値する。
「良いぞ、やりたいようにやってみろ」
彼の使い道はある。
だからまずは心を折ってやろう。
「殺す!!」
クラインが、上級魔法の中でも高難易度とされる火魔法の詠唱を始めた。プルミーは邪魔せずやりたいようにやらせた。
それはやがて完成に近づき、クラインの上方に巨大な火の玉が浮かび上がった。
「《フレイムストライク》!!」
豪ォォォォォォォォ!! という焰が燃え盛る音と共に、火の玉が彼から放たれた。
「これでッッ!! 燃え尽きろォォォォ!!」
しかしそうは問屋が───
「《スピットファイア》」
唱えたのはプルミー。
彼女の周りに二十の小さな灯火が浮かんだ。いずれも初級魔法《|灯火《トーチ》》である。
「【いけ】」
彼女の力ある声に従い、灯火は一斉に炎の弾へと飛び込んだ。
「そんな火の粉に何ができる!!」
クラインが力の限り叫んだ。
しかし二人は見ている景色が違う。
「できるんだな、これが」
見る者が見ればわかった。プルミーの放った灯火が次々と炎を掻き分け、核に近づき、十七つ目のそれが《フレイムストライク》の核に触れ───
「なあっっ───」
クラインは言葉を失った。
巨大な火の玉が綺麗さっぱりと消え失せたからだ───しかし戦闘中に驚いている時間はない。クラインにはそれがわからなかった。既にプルミーがそこまで来ている。
「うぐぅえばぁぁ!!」
彼女の拳がクラインの顔面に突き刺さった。
「さっきのはただの初級魔法だ」
ちなみにうちの娘なら百以上の灯火を出せたぞ───とは口にしなかった。代わりに、
「お前の魔法は、制御も甘い、射出速度も遅い、核も見えやすい……全然駄目だ。駄目駄目だ」
彼女が誰と比べてるのかは───
「それより、お前……私のこと『殺す』んだっけか?」
やってみろよ、と倒れたクラインをむんずと掴むと、無理矢理立たせて、再び魔法を放つことを強要した。
この行為は、クラインの心が完全に折れるまで……いや、完全にバッキバキに叩き折れて、ぺしゃんこのぐっしゃぐしゃになるまで続けられるのだ。この訓練場にいる者はみんな気づいた。
知らぬは|本人《クライン》ばかりなり。
ある者は目を背け、ある者は目を塞いだ。
中でも勘の良い者は、もしかすると次は自分の番なのではと、この状況に絶望したのだった。