チチチチという小鳥の囀りで目が覚めた。
『那由多、おはようございます』
(おはよう…ツクヨミ)
昨夜の晩餐では、いつもより欲張って食べたと思ったけど満腹感を与えていたのが殆ど炭酸だったのか、胃にもたれを感じず朝を迎えた。
(魚のシチュー…グラタンみたいで美味しかったな…)
アレでコロッケを作ったり、チーズを乗せてグラタンにしたらまた違った美味しさになるに違いない。
俺はムクリと起き出し、窓辺にふわふわ浮いて行くと窓をそっと開けた。朝方、小鳥の様な鳴き声は聞こえるけど姿を見たことがなかったら、ちょっと見てみたいと思ったんだよね。ツクヨミは
『やめた方が…』
と言ってはいたけど。気になるものは気になる。
▶︎ クルーシュウングラ
極めて弱い鳥型の魔獣。屍肉を漁る街の掃除屋。
肉質は筋張っており不味い。好んでこの鳥を食べるものはいない。
(…)
俺は開けた時と同様に、そっと窓を閉めた。鳴き声からしてぽわぽわなスズメの様な小鳥を思い浮かべていたが、カラス…いや、ハゲタカの様な…恐ろしげな姿の鳥だった。異世界…お前と言う奴は…。
素直にツクヨミの言葉に従えばとも思ったが、自分がこれから暮らす世界を知らないで済ますのも。しかし爽やかな朝が台無しである。今後、この鳥の囀りを聞くたびにあの姿を思い浮かべるのか…
俺が起きた気配を察知したのか、部屋付きの侍従のノックが聞こえた。許可を出すと、部屋に入ってきた侍従は俺を見てピタリと止まる。
「?」
しばらく見つめ合ってしまったが、ハッと侍従は立ち直り、
「失礼致します」
と、言いながら宙に浮いていた俺をそっと掴み、暖かい手巾で顔を拭ってくれ、着替えさせてくれた。侍従は満足げに頷くと、俺を丁寧に抱き上げ、朝食の間まで連れて行ってくれた。
今日は俺が一番乗りの様である。朝食は、胃に優しそうなポリッジだった。ミルクで炊いたピンク色の麦に、花の蜜とりんごなどの果物が小さく切られ混ぜられている甘いポリッジ。その横には白い粘度のある液体…ミルクを発酵させたヨーグルトだ。これはポリッジに入れても良い様だが、おれはそのまま収納からフォレストハネーを出してかけて食べてみた。
(完全に俺が知ってるヨーグルトだ!)
甘いポリッジは慣れないが、慣れ親しんだヨーグルトの味に歓喜し、おかわりをもらってしまった。おかわりしたヨーグルトには、この領地で採れたベルベリーのジャムをたっぷり入れて食べた。甘酸っぱくて、濃厚なミルクの味がしてうまかった。
軽めの食事が終わって、クヴァルさんを探しに行きたいと言ったら、侍従が案内してくれると言うので、後から来た俺の護衛役のエルノさんが俺を抱えてくれ、侍従の後に続きクヴァルさんの所へ向かった。
俺が先行して海に行って、ある程度魚や貝を獲ってしまおうかと思ってるんだよね。ボウズだったら嫌だし。残っても収納があるから大丈夫だろうし。後のことはお祖父様に託そうかなと。
クヴァルさんは、本日出番があると察したのか自分のグラニと荷馬車をチェックしていた様で倉庫の方にいた。
「クヴァルさん、おはようございます!」
「ナユタ様、おはようございます」
「荷馬車の準備をしてもらおうかと思ってたのですが、言うまでもありませんでしたね!ありがとうございます」
「恐れ入ります。本日、グラキエグレイペウス公爵様が来れない代わりに、ダリル辺境伯様の奥様と次男様並びに魚料理に慣れた料理人数名も同行されると言うので、念には念を…と思いまして」
え?そうなんだ?昨夜俺が眠ってしまったうちに決まったのかな?お祖父様来れないのか…
「そうですか。お祖父様には、私は先行して魚をある程度仕入れに行きますから、後のことはお願いしたいと思っていたのですが…」
「そうですね…お先にお出になる前に、アネット様に一言お声をおかけした方が良いかもしれませんね」
「そうした方が良さそうですね。ではまた後ほど…今日は宜しくお願い致します」
「かしこまりました」
クヴァルさんと話をし、母様が現れるまで待っていると、母様は人の姿に戻っていた。帝都に行くまではこの姿で過ごすとの事だ。
母様はダリル辺境伯の奥さんと話しており、「こんな可愛い娘が欲しかった」と奥さんが言って居た。
ダリル辺境伯の奥さんと話す母様に、先に海へ行き、ある程度魚を仕入れたり獲ったりしても良いか?と聞くと、良いとの許可を得たので早速用意をはじめた。この世界には、海での密猟などの罪はないそうで安心した。
そのうちティーモ兄様がやってきて、私もナユタと行きたいと言い、更にはダリル辺境伯の次男、エイノさんまでもが、俺と一緒に行きたいと言い出した。
エイノさんは今年22歳みたいで母様より2個上だけど、ちょっと少年の様な人だ。ダリル辺境伯が、次男の事を、5回お見合いを破談にした縁組クラッシャーとか、魔法コレクターとか呼んでいたが、ちょっとわかる気がする。
俺の事をキラキラと見つめ…というか獲物を見つけた獣の眼というか…なにかある種の身の危険を感じた。護衛役のエルノさんも、彼と名前が一字違いだが、俺に対しての不穏な感情を感じたのか、失礼に当たらない様、ある一定の距離をエイノさんから保ってくれている。
エルノさんありがとう。
用意を済ませた俺、ティーモ兄様、ダリル辺境伯の次男さんは、護衛役他数名を引き連れ海辺に向かった。
朝市は人通りが多く賑やかなので、朝市の露店が建っていない人通りの少ない迷路の様な裏道を通りぬけ、海辺に出た。遠くに漁をしているのか舟が何艘か沖合に揺れていた。
砂地に日除の天幕を張り、その場所を拠点に決めた。岩場と砂地がいい具合に近く魚や貝も獲れそうだ。
俺とティーモ兄様は薄着の服に着替え、小型のナイフを片手に岩場の海へとダッシュする。
岩場には牡蠣のような貝が沢山いた。更には海苔などの海藻が生えまくっていて、テンションが上がり片っ端から採取して行った。
あと忘れちゃいけないニガリも採取せねばと無意味に両腕を上げ、空間魔法をゴリ押しして幅5M、長さ100M程海を割る。
「モーゼの海割り。なんちゃって」
「ナユタがまた変なことしてる!!」
ティーモ兄様はキャーキャーとはしゃぎ、空間魔法で開いた海底へ走り出した。足の裏が傷つくかもしれないから、足元は重装備である。護衛は勿論、何故かはしゃいでくっついてきているエイノさんと、俺も負けじと飛んで行き、海底に転がっている巨大な貝や海老、蟹、昆布などの海藻、更には珊瑚などなど…どんどん採取して、護衛に渡して行った。護衛とティーモ兄様には毒があるかもしれないから不用意に魚介に直に触るなと言ってトングを渡してある。偶に巨大な魚やイカやタコが、俺たちを餌と勘違いして海から現れ、ティーモ兄様に凍らされたり、護衛に斬られたり、俺から魔石を抜かれたりして獲れた。
「ここは夢のパラダイスだぁ」
漁師から仕入れなくとも、新鮮な魚介が獲れ放題で楽しすぎる。ある程度魚がたまったら、事切れているものは収納し、まだ生きているものは結界で生簀を作り、神経締めをして血抜きをして泳がせておいた。
ある程度獲ったらポイントを変え、同様に秘技【モーゼの海割】をし、同じ様に魚介類を獲りまくる。
お決まりの言葉はやっぱり…
『「獲ったどーーーー!」』
だよね!はじめて魚を獲ったそうなツクヨミも一緒に魚獲りを楽しんでいる。こりゃ大漁祭だよ。
ふよふよ浮く小さな俺の身体と、跳ねるティーモ兄様の身体が餌役を果たし、巨大な魚がどんどん水中から現れては俺に魔石を抜かれ、護衛の攻撃を喰らい、ティーモ兄様に凍らされ海底へ落ちる。当然1日では食べれないほどの魚介が取れて、程なくして現れた母様達女性御一行に呆れられてしまった。
血が回った生簀は浄化し、中の魚たちの血抜きが終われば海に返した。この血で魔魚が集まりすぎても困るかもしれないからね。
地元の人たちも何事かと集まってきてしまった。ちょっとやり過ぎた感も否めないけれど、大変満足し充実した魚釣り?で、楽しゅうございました。