1月13日の午後早く。
北日本短大付属は午前中に翌日の決勝戦のスケジュール確認をして、最後に軽めの練習にとりかかっていた。
その様子を眺めながら、夏木は日本サッカー協会からの使者を待つ。
1時過ぎにリムジンと続く車両が来た。
「FIFA?」
後ろから出て来たクルーの腕章に驚き、リムジン後部座席からの人物に更に驚く。
「昨日は高踏高校にも一緒に行ってきたんだけどね。大分世代は違うけれど、天宮君も驚いていたよ」
峰木はしてやったりという顔だ。
高踏の時と同じく、練習を眺めながら夏木とヘーゲルが話を始める。
「準々決勝の試合運びは対コウトウの作戦と見ましたが、どうでしょうか」
「もちろん、その通りです」
「試合中に変幻自在に動くコウトウに対して、対応して動きながら同じ形を維持する……非常によいかみ合わせだと思います。ただ、これを準々決勝で見せたのはどうしてでしょうか? 明日、いきなり採用した方が良かったのではないかと思いますが」
「私もその方がいいかなとは思ったのですが」
夏木は苦笑した。
天宮陽人がU17日本代表でニンジャシステムをスペイン戦で突然使ったことは多くの者が知るところである。強豪スペインも、完全に未知の戦い方をいきなりぶつけられたことに戸惑い、結果前半の大量失点となった。
仮に同じことを北日本が高踏にやっていれば、さすがの高踏も戸惑ったのではないか。
「ただ、選手達がいきなり高踏相手だとやりきる自信がなかったので」
「なるほど……」
練習でできていてもいきなり高踏相手に出来る自信はない。
もし、何らかのミスで失点を喫したとすれば選手が一気に自信を失い、チームが瓦解する危険性がある。
「相手に分かることで研究されるだろうということはありましたが、選手が落ち着いてプレーできないとなるのも問題です。ですので、準々決勝で一度試すことにしました」
ヘーゲルも頷いている。
「分かります。選手がプレーできるという環境が大切です。不安があったり、気持ちに乱れを抱いていてプレーできないようでは本末転倒です。そこが戦術家の難しいところです」
私は幸い、いつも似たシステムでしたが、とヘーゲルは笑う。
ヘーゲルが話を切り替えた。
「2年前、残念ながら日本はワールドカップをPK戦で敗退してしまいました。その後、日本の知り合いから聞いたのですが、この高校サッカーを経験した選手はPKを成功していて、日本のユースから来ていた選手は失敗したらしいと。非常に面白いと思いました。育成は一つのルートでなされるべきものではなく幾つかの選択肢があった方が良い。しかも、以前はユースに比べると戦術的には保守的だと言われていた中から、急に発展したものが出てきている」
「いやあ、もちろん皆さん努力していますが、戦術に関しては高踏高校の出現によるものが大きいんじゃないかと思います。ニンジャシステムを初めて見た時には、こんな無茶苦茶なサッカーがあって良いものかと思いました」
「そういうものです。ある時に革命的なことが起きる。しかし、人は当初は驚いても次第に慣れていきます。この大会もそうです。準々決勝ではブシュウソウゴウが限定されたとはいえニンジャシステムをなし、あなた方もまた新しい対策を考えだしている。トップが上がることで食い下がる者も進化するし、ユースにも良い影響を与えるでしょう」
その後、ヘーゲルを伴って練習風景を確認する。
「私が現場を離れてまだ10年経っていませんが、今や日本の高校も遥かに先進的な練習をしている。凄い時代になったものです」
「そうですね。今や配信などを通じて、色々な練習方法が入ってきます」
人数が違う練習、異なる条件下でプレーさせて認識力や把握力を鍛えるような練習。
そうしたものを織り交ぜた中に、高踏や北日本のような戦い方が可能となっていく。
一時間ほど周り、時間が来たらしい。
「これからフクシマに行き、女子サッカーの見学もしてきます。日本サッカーも回るところが増えて素晴らしいことです」
「そうですか」
ヘーゲルが右手を差し出してきた。
「明日の試合が良い試合になることを期待しています。頑張ってください」
「……はい。何とか良い試合ができるよう、頑張ります」
夏木はそう言って握手に応じた。