第1話 これアニメかな?
全く迷惑な事件が発生した。
アメリカ西海岸の街並みは大地震の爪痕のように瓦礫と化し。
綺羅びやかな『元ビルだったもの』は、あちこちガラスが吹き飛び、表面は焼け焦げ、窓枠からは真っ黒な煤煙を吐き出しつつ、チロチロといやらしい炎が真っ赤な舌を出したり引いたりしていた。
建物を構成するコンクリート、こいつがじつのところ熱に弱いのをご存知だろうか。
燃えこそしなくても600℃程度で炙られ続けると強度は半分ほどに低下し、1200℃以上では溶解してしまう有様だ。
何も知らないパパが、ホームセンターで買ってきたコンクリートをコネコネして庭にピザ窯なんか作っちゃった日にゃ、ウキウキで用意したママのピザが大惨事になっちゃうから気をつけようネ!
炎に包まれた摩天楼だった都市の墓標達は建っていることもままならず
コンクリートの体がぶち割れて道路に倒れ込んで四散、ただの盛土となって横たわっている。
アメリカという国は真ん中から縦に半分に割ると、8割の人口は東側に、残りのニ割が西側に住んでいるそうな。
その2割の多くが住んでるんじゃねーか? って都市がここ、ロサンゼルス。
カリフォルニア州がそもそも北アメリカの西のはじっこ、海沿いにへばりついてる細い縦長の形をしているのだが。
ロサンゼルスはその下の方にある海辺の街だ、20キロメートル以上ある長い長~~いビーチが2つもくっついているイカした場所。
『東京』『ニューヨーク』に次いで世界第3位の都市だ。
しかし、いくらでも土地があるのにわざわざこんな端っこの、海岸と山の間のたった30キロメートル幅の狭いところにしか人が住んでいないんだから、アメリカの西側はほとんど無人地帯で出来てるんだな。(これでも同じ西海岸のサンフランシスコの10倍くらいある)
1950年代のロサンゼルスはそりゃあスゴかった。
戦後国土が荒廃して、焼け跡で食うや食わずの生活、つい数年前まで栄養失調の妹が飴のかわりに石ころを舐めていた日本とは大違い。
当時の日本人が憧れる、物にあふれる『豊かなアメリカ』がそこにはあった。 古き良きアメリカの世界だ。
降り注ぐ太陽と眩しく広がるビーチ、オレンジの果樹園が果てしなく続き
仕事にも困らず、快適な一戸建てマイホームを買うにもうってつけの安さ!
夢が実現する街。と思われてた。
今は、950ドル(約10万円)未満の万引きや窃盗は重罪に問わないという、とんでもないカリフォルニア州の新法のせいで万引きが白昼堂々と横行しまくり! 次々にお店屋さんが閉店して景気が良いと言われているのに通りはすっかりシャッター街と化し、中国が『リメンバー・アヘン戦争!』とばかりにガンガン送り込んでる麻薬『フェンタニル』の材料の影響もあって、都市のど真ん中に急にホームレスのテントだらけのアルコール中毒者やら薬物中毒者(ジャンキー)やらマフィアやらが巣食う、全米最大最悪のホームレス街、『スキッド・ロウ(Skid Rowドヤ街)』が現れる、2日に3件殺人事件が起こるハートフルなエリア。タクシーは入ってくれない。
大都会の真ん中にだよ?
東京都の丸の内や六本木をクルマで走ってたら、通りを隔てていきなり難民キャンプのテント村になる感じ。壁は落書きだらけ、沿道がアメリカでは禁止されてるはずのブルーシートテントがひしめいている。 ゾンビみたいにジャンキーが歩道でゴロゴロ寝てるから、足元注意しながらでないと歩けないよ? つまづいてコケちゃう。
またその寝てたり座ってたりするのがピクりともしないので、生きてるか死んでるかもわからない。ビルの谷間、火災で消失した店舗跡のゴミ山に、背中とケツを半分はみ出させた太った黒人のホームレスがしゃがんで一心不乱にゴミ漁りをしている、その後ろ姿が容赦なく目に焼き付く。
日本人の感覚だとまったく理解できないミラクルワールド。
外国人観光客が日本の街にはホームレスが居ないと驚く理由がよくわかる。
なんなのアレ?
おかしいと思わんの?
なんか金持ちの足元に乞食が横たわってる風刺画をそのままリアルにした感じ。
センス悪すぎるだろ。
あれがアメリカ人の「世の中こういうもんだろ?」って感覚か。
マッドマックスみたいな風景が高層ビルの下に普通にあって、クルマでも信号待ちが危ないってレベルなんだもの。
オシャレと汚ちゃない(きちゃない)の落差、隣り合わせ感がものすごい。
それが平気なアメリカ人の神経の太さにめまいがする。
だが今日は、いつもなら溢れかえっているホームレスやジャンキーらも綺麗サッパリ
居なくなっている。
ここは、中心街ロサンゼルス・ダウンタウン(日本語の『下町』ではなくアチラでは中心街をそう呼ぶ)。つい先日まで『アニメエキスポ in ロサンゼルス』で、全米から集まったオタクやらコスプレイヤーやらが行列作っていたロサンゼルス・コンベンション・センターがあるところあたり。
すぐそこには野球の大谷選手の報道でおなじみのドジャー・スタジアム。リトルトーキョー(イメージよりちっちゃい、しかも日本人は住んでいない)。
自転車で数キロ流せばすぐハリウッドにビバリーヒルズ。
映画スターや有名人と同じ空気が吸える街。
ロサンゼルスの暮らしは最高、まさに地上のパラダイス。
だったかどうかは知らんが、一応パッと見は今でもカッコイイとこはカッコイイ。
日本人の感覚として驚くのは、当たり前のことだがアメリカは戦災というのを経験していない。つまりアメリカの都市には100年以上前のビルとか普通にある。「残ってる」なんてもんじゃなくて、普通に現役でそこかしこに建ってる。
当時の粋なアール・デコっぽいデザインがすばらしいのだが、現地の人はどう思ってるのだろう?
そりゃ確かに作りは古くて不便だけどさ。日本の近代都市には空爆でほとんど残っていない近代遺産的な貴重な建物がそこかしこに、ありがたみもなく建っている。
アメリカ西海岸がドカーンと開拓されたのって、ペリー提督が日本にやってきて「開国シテ下サーイ!(言うこと聞かないとぶっ殺しますよ?)大砲ドーン」ってやってた、江戸時代の終わり、『るろうに剣心』のちょっと前(1850年ごろ、ゴールドラッシュ)が始まりらしい。まだ西海岸には軍港も無かったので、ペリーは大西洋側から東廻り、インド洋を横断して7ヶ月半かけて日本に来たけどね。
まぁ、そういうユニークな歴史のある街並みも、何の因果か、そのとき無理やり開国させた島国の子孫の女に今まさに無茶苦茶にされてる真っ最中なワケだが。
イラストレーターがよく描きたがるこの地域特有の、美しすぎる湿度のない真っ青な青空が今日もそこには有ったのに。
今日も何ごともないかのように全天に広がり世界観を覆っていたのにだ。
そんなポップな空の下。
アメリカ軍の世界最強と称されるM1エイブラムス戦車が列をなして戦陣を敷き、狂ったように砲撃を繰り返している。
こいつは強い戦車だぜ!
1991年に、はるか遠いアラブ地域のペルシャ湾にまでアメリカ軍他が乗り込んでってやりちらかした湾岸戦争。
あのときにソ連(現ロシア)製のT-64、T-72、T-80という3種類の戦車。それまで相当強いとされていた三将軍みたいな戦車たちを一方的にぶちのめしまくって有名になった強ぉ~~い戦車だ。
これが映画だったら、その能天気な空と地べたの地獄とのコントラストが激しすぎて
センスが良いのか悪いのか判断に悩むところだ。
さわやかな風にそよぐヤシの木がいっそうそういう気分にさせた。
この風に無粋な硝煙とガスタービンエンジンの排ガスのニオイが混ざってなけりゃなぁ。
戦車が砲撃するたびに雷鳴を思わせるすさまじい爆音が衝撃波となり目に見えて周囲を激震させる。
建物がきしみ、すでに割れて窓枠にこびり付いていたガラスが遅れてこぼれ落ちる。
乾いた地面の粉塵を巻き上げ、それを映している報道のカメラをカメラマンごとゆさぶり、映像が激しく乱れた。
戦車たちは重く硬い劣化ウランの矢を超音速で撃ち出している。
現代戦車が主に使う砲弾、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)は
おもしろいことに本当にお尻に羽が付いた非常に細長い矢のような形をしており。
その無数の矢が必殺の威力で向かう先は、破壊された街やクルマや戦車がもうもうと燃え上がり幾筋もの黒煙が立ち上る廃墟の向こう。
陽炎をまとって立ちはだかる白い影。
砂埃が付着した汚れたレンズのカメラがズームすると
その物体は浴びせかけられる湯水のような砲撃を簡単に弾き返し、劣化ウランを霧散燃焼させている。
それは、────
ああそれは……
『こ、これは版権的に大丈夫なのか?』
とアニメオタクなら思わずにはいられない絵面。
日本では知らない人は居ないという超有名なロボットアニメ
その主人公が操る劇中最強の巨大ロボット兵器。※注1
『機動戦機ギャンダム』
全高約20.8メートル
『七階建てのビル』と同じ大きさにも及ぶ
巨大な人型の戦闘ロボットが悠々と立っているのだ。
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※注1 後発機体はもっと強いのがいくらもいたが、主人公のモジャパーが乗ると劇中最強の活躍をした『3.5年戦争』の名機。