9/17(日)名古屋コミティア63 名古屋国際会議場
スペースB-09 創作百合・GL小説
バームクーヘンエンド本「不幸になあれ」
本文80P 700円
以下は本文試し読みです。
「つーちゃん、どうして緑のペンでお手紙書くの?」
「これは……出さないお手紙なの。おまじないだから……」
「おまじない?」
「うん……」
サラサラと小さな音を立てながら、便せんの上をペンが走る。
不安そうな横顔。ぽそぽそと呟くように喋る声。
見るからにか弱くて、毎日何かに怯えていた、小学生の露子。
まだ小さかった幼馴染みが、精一杯、綺麗な文字で書いた願いごと。
「お父さんとお母さんが仲良く幸せになりますようにって、おまじないなの……」
私、松本沙綾と杉田露子は近所に住む同い年の幼馴染だ。
幼稚園も小学校も中学校も一緒。高校はちょっと揉めたけど、結局同じところに入学した。
中学校の先生たちも露子のお母さんも、頭のいい露子には進学校に進んでほしくて、陸上ばかりやってきてテストの結果が散々だった私では、同じ高校に行くのは無理だと言われていたのだ。
しかし幸いにも露子はスポーツ推薦があるところを志望しており、中学陸上でわりといい成績を残した私はその枠で滑り込めることになった。
進路指導室で「露子と離れたくない〜!」と大声で泣き喚いたのが効いたのかもしれない。やったぜ。
大人しい優等生の露子と、おしゃべり大好きでよく先生や友だちにうるさいって怒られている私。
性格は全然違うけれど、仲の良さでは誰にも負けない。
先生たちからも他の友達からも不思議がられたけれど、私たちは唯一無二の親友だった。
「聞いて聞いて、露子! あのねえ、彼氏出来た!」
「……えっ?」
綺麗な文字でノートを埋めていた露子が、パッと顔を上げた。
ずり落ちた眼鏡の位置を指で直す。
「彼氏って、誰に?」
「私に決まってんじゃん! 隣のクラスの中野ってやつ!」
「男子陸上部の……」
「あれ、知ってる?」
「うん、一応。え、中野くんが……なに?」
ここ最近、お昼のお弁当を食べ終わった後でさえ、露子はノートをまとめているか本を読んでいるかだ。
久しぶりに露子の関心の全部が自分に向いていることを実感して、私は得意げに自慢した。
「そうそう、さっき告白されたの! 露子には一番に伝えたくて!」
「えっ……えっ?」
いつもどんな問題にも冷静に立ち向かう露子が、華奢なシャープペンをノートの上に転がした。
やった。こんなに驚いてる露子は、久しぶりに見るかも!
「デートもすることになっちゃった〜! 今週は部活あるからダメだけど、来週の日曜日ならって」
「さーやは……中野くんのこと、好きだった、の?」
「ううん、別に!」
「別に!?」
「でも真っ赤な顔して告ってくるんだもん、嬉しいじゃん! だから付き合ってあげよっかな〜って!」
「え、ええ〜?」
露子の顔が一気に驚愕から落胆になる。
頭を傾けた拍子に真っ直ぐな長い黒髪がサラサラと揺れた。
元々茶色っぽくて癖っ毛の私とは違う、艶やかな黒髪は、いつも私の憧れだった。
長いまつ毛に縁取られた目はぱっちり二重で、眼鏡で気づかれにくいのが勿体無い。日に焼けた私の肌とは違う、色白美人に育った露子。
私の自慢の幼馴染みが、いつもの澄ました表情を崩し、呆れ返った目をしている。
「さーや、そういうとこある……。よくないよ、中野くんにも失礼だよ?」
「えー、でも喜んでたよ? それに私も一度デートってやつ、してみたかったし〜! もう私たち高二だよ? 中学でもう付き合ってる子たちいたじゃんね。いいなあって思ってたからさあ」
「そういうのはもっと良くない……」
露子が今度は頭を抱え込んでしまった。
こんな露子、高校受験の時でも見なかったなあ。
「えへへ〜! びっくりしたあ?」
「したよ。本当に付き合うの? ……デート、するの?」
「うん、するする! もうすぐ夏休みだし、予定は早めに立てたいよね! やっぱ最初は映画が無難かな? ちょっと他の友達にも聞いてみるわ! あっ、露子にはお土産買ってくるからね!」
「い、いらない。本当にいらない」
「妬くな妬くな! あ、ね〜、聞いて聞いて〜! さっき中野に告られた〜!」
私は同じ陸上部の女の子たちが廊下を通りがかったのを見つけて、大声で報告した。
「そんなデカい声で言うな」「中野が不憫」「それより次のテスト大丈夫なのか」とびっくりするほどヒンシュクを買ったが、みんな概ね驚き、そして喜んでくれたと思う。
その日、部活で再び顔を合わせた中野は、やっぱり赤い顔だった。
陸上部の男子たちも、もう私たちのことを聞いていたのか、時折面白そうに中野のことを肘で小突いていたが、中野は私と目を合わせようとはしない。
私はそんな初々しい中野の態度にわりと好感を抱いたので、良いところを見せようと張り切って走り、自己新記録を出してしまった。
恋のパワーってすごい!
「ふ、振られた……」
「早かったねえ……」
夏休み明け、私は教室の机の上に頭を預けていた。
「なんで!? 夏休み中は部活三昧で、結局デートも1回しかしてないのに!?」
「大声で言いふらすから……」
「普通そういうの気にするのって女子の方でしょ!? 私は全然平気!」
「いや、それはそれで性差別っていうか」
机に突っ伏して嘆いている私に、露子は読書の手を止めて付き合ってくれている。
確かに一度だけ行った映画デートでも、部活終わりに二人きりで帰る時間さえも、会話はずっとぎこちなくて続かなかった。
なんかこう盛り上げなきゃな〜とは思ってたけど、いくら何でも中野が私に見切りをつけるのが早過ぎるのでは?
「嘘でしょ!? 水族館デートってやつもしてみたかったぁ!」
「……私でよかったら、一緒に行くけど」
「ほんと!? じゃあ行こ! でもそれじゃ、いつもと変わんないじゃん」
「二人で行ったことは何気に無いよ。今まではどっちかの親も一緒だったから」
「ああ、そうかも」
そういえば前に水族館へ行ったのは、中学一年生の頃だっけ。
その時は露子のお父さんが付き添いで来てくれて、車も出してくれたんだった。
「そういやお父さんと出かけたの、あれが最後だったな……」
露子が小さな声で呟いた。
まだ小学生だった頃の露子が縋った、緑のペンのおまじない。
願いごとが叶うというそれは、結局、露子の望みを叶えてはくれなかったのだ。
電車を乗り継ぎ、露子と初めて二人きりで訪れた水族館。
そこで私は衝撃的な光景を目にした。
「な、中野……!」
「……すごい偶然だね」
デニムのリンクコーデでキメた私たちの前方を、よく知っている男の子が歩いている。隣には見たことがない小柄な女の子。
どうやら私たちと同じく、これからメインプールでイルカショーを観るらしい。
「だっ、誰よその女っ!?」
「一年の大河原さん」
「露子、なんで知ってるの!?」
「大河原さん、図書委員だから。図書室でよく会うし」
「陸上部と図書委員になんで接点あんの!? ていうか次行くの早すぎない!? 私ら、この間別れたばっかじゃん!」
混乱と衝撃が大きくて、思わず露子相手にまくし立ててしまう。
「それに中野くん、楽しそうだね」
「あんな笑顔、見たことないけど!?」
告白の言葉も会話中の表情も、中野はぎこちないのがデフォだったのに。
大河原さんとやらと一緒にいる中野は、照れくさそうな柔らかな笑顔を浮かべている。
デート相手の大河原さんは苗字に反して背が低く、どこもかしこも華奢だった。
大きな襟と胸元のリボンが歩く度に揺れる、清楚なピンクのワンピース。花びらのようにひらりと揺れるスカートから、細い足がひょろっと伸びている。
日に焼けて陸上で鍛えた私の筋肉質な足とは全く違う、白くて華奢な足。
靴もバッグも白とピンクで綺麗に色がまとまっていて、ちょっとあざといくらいだ。
当たり前みたいに中野の隣にいるその女の子の姿は、小学校の通学路に咲いていたピンクのサザンカを思い出させた。
ひたむきな健気さで日常に入り込む、主張の強くない可愛らしさ。
対して私はオーバーサイズのデニムジャケットに、動きやすいパンツスタイル。
女子ウケはわりといいと思うけど、男子ウケはどうなのか微妙な感じ。
やっぱりああいう、見るからにか弱そうな、女子っぽい子の方が、男の子は話しやすいんだろうか。中野も本当は、私にああいう服を、着て欲しかったのかなあ……。
「イルカショー、やめる?」
「え?」
ぞろぞろと動いていく入場列の中で、露子が提案してくれた。
「やめとこっか。気まずいでしょ。館内のカフェで休憩でもしよ」
「ま、待って。イルカショーは露子が見たいって言ったんじゃん!」
「うん、でも今度でもいいし」
列から外れようとする露子の腕を取り、必死で引き留める。
「いや、いい、いいから! 私も見たいからイルカ! それにここで引くの、なんかイヤ!」
「難儀な性格」
「いいでしょ!? 露子は私に最後まで付き合ってよ!」
「はいはい」
露子が呆れたような諦めたような顔で笑う。
「……私なら、最後まで付き合うよ」